第28話 セーデキムの戦い

セーデキムの命令に従い、上空へとアースはその姿を移した。

群体型の災害獣は一体一体はそれほどでもない強さだが、数が異常なのだ。ダイガードが一体で地震や地割れを起こす『質』が災害であるタイプであるなら、パンクは生み出す『量』が災害なのだ。


『量』だけで津波のように蜘蛛を押し寄せることも、『質』程には届かないまでも合体して協力になることもできる。群体型の災害獣とは殲滅より制圧が得意なタイプなのだ。


そしてその性質上、殲滅系の攻撃に弱かった。上空に飛んだのは蜘蛛を一体残らず索敵するためだ。


「まずはちっこい蜘蛛を蹴散らせ!」


ベクトの命令に従い、アースの手の平に魔力が集中されていく。空を見上げれば紅色の魔力光が誰に目にも留まる程の魔力の塊ができていた。


明日は手のひらを空へと翳し、魔力を魔法という事象へと顕現させた。


「了解。光よ、降り注げ」


アースの魔力が空へと吸われると、天から数えきれない程の光の熱線が降り注いだ。地上にいる蜘蛛の一体一体に直撃し、死にはしないまでも行動できない程の重傷を負わせていく。綺麗に探索者を避けていたことが、探索者に光が味方の攻撃だと認識させる。


「こりゃいい、助かるぜ」

「押し込め!今なら範囲魔法で一掃できるぞ」


熱線で行動する蜘蛛の数もガクンと減ったことで、探索者達が戦闘から掃討へと戦い方を変えていく。街中で既に蜘蛛は増えておらず、ガウトリアでの戦闘は終幕へと移っていく。


それは同時に、ガウトリアの外にいる本体との戦闘の幕が本格的に上がることを意味していた。


「外の蜘蛛へも攻撃完了。ガウトリア内部の蜘蛛は探索者に任せるがよろしいかと」


熱線はガウトリアの中にいる蜘蛛だけに降り注いだ訳ではなかった。上空から見えた蜘蛛全てが攻撃対象だった。当然、町の外にいる蜘蛛へも降り注いでいた。大津波とすら呼べる量の蜘蛛も動きを緩める程にダメージを受けており、一部は死体と化しているものさえいた。


「はっ!流石アースだ!あとは本命を殺せばおしまいだな!」


セーデキムの叫びに反応するように、蜘蛛達の瞳に力が宿る。死傷を負ってもなお動く死兵と化し、再び津波と化して動きを始めた。


同時にアースも地上付近、ガウトリアの南西の荒野へと姿を現していた。

死体を乗り越え、疲れ果てた蜘蛛を乗り越え、大津波と化した蜘蛛はまさしく災害となりてガウトリアへと矛先を向ける。


「蜘蛛の津波ってか?アース!全部まとめて薙ぎ払え!」


さっきまでと同等以上の大津波を前にセーデキムはアースへと命令を下す。しかし返ってきたのは否定の言葉だった。


「不可能。ですが全力をもって攻撃しましょう」


武装を解禁されたアースなら肯定したであろう命令に、歯ぎしりしながらアースは再び量の手の平へと魔力を集中させる。


さっきとは逆、天へと向けた魔力が今度は大地へと向けられた。ゴゴゴという地鳴りが鳴りながらも、地震が起きる様子はない。魔力を向けたのは、正確には大地ではないのだ。


「重力よ、解放されよ」


アースの実行した魔法に、ギギギと嫌な音が鳴る。音の発生源は、アースの真下からだ。つまりは、蜘蛛達から鳴っていた。少しずつ、彼らに魔法の効力が発揮していく。


「……あん?蜘蛛が浮いた?」


アースの……セーデキムの視界には地上にいる蜘蛛がどんどん空へと浮かんでいく様子が見えていた。蜘蛛から地面にしがみつく嫌な音が無くなった後、抵抗すらできずに空へ浮かんでいく。蜘蛛は地上でこそ動けるが、何もない空中では落下するだけである。魔法で浮かせれば無力化したのと同じことだ。


そしてアースが重力魔法を使ったり理由はそれだけではなかった。上空から降りてくる際、蛇竜のような空を飛ぶ災害獣を見かけていたのだ。


「タニノトーリがいて助かりました」


雲へ姿を消した蜘蛛が次々と姿を消していく。雲には蛇のように蠢く影だけが映されており、何かが浮かぶ蜘蛛を奪っていってるのが丸わかりだった。


「おおぅ!?何じゃありゃ?!」

「空を支配する災害獣が一体、タニノトーリです。攻撃するか半端に空で行動すると襲われます」


災害獣は空陸海全てに存在する。空へと打ち上げられたなら、そこは既に別の災害の領域なのだ。そしてタニノトーリが現れたのは何も偶然ではない。


ガウトリアの戦闘で探索者に打ち上げられた蜘蛛、そこから既に嗅ぎ付けて来ていたのだ。アースが最初から戦えばタニノトーリは現れなかっただろう。探索者達の戦闘は何も無意味ではなかったのだ。


「まぁいい。本命がいるんだろ?そこに全力攻撃を仕掛けろ!」


アースの視線が蜘蛛の津波の最奥、パンクが立つ場所へと向けられる。蜘蛛の死骸で小さな山ができており、その山頂にパンクは腕組みして立っていた。


戦いを始めた時と同じ瞳をしており、戦意が昂っているのは獰猛な笑みを浮かべたところからもよく分かる。


「……了解」


再びアースは大地へと手の平を翳した。今度は正しく大地に干渉する魔法だ。直下にある地面から地鳴りが響き、少しずつ大地から引き抜くように武器が姿を現す。


「大地魔法、急ごしらえの槌ですが、一撃だけなら十分です」


アースの体長程もある土でできた槌が大地から引き抜かれ、空に浮かぶアースへと飛び手の平へと収まる。ただの土塊から作った武器だ、展開した武装などとは比較すらおこがましい。


だがアースの言葉通り、一撃だけなら使える程度の耐久性は持ち合わせていた。上空へと再び飛んだアースは槌を思い切り振りかぶり、風を魔法にて操り、推進力に全ての魔力を費やす。


全ての準備を数秒と経たずに終えたアースは、パンクへと自らの持つ破壊力を文字通り叩き込む。


「やっちまえアース!」

「砕けなさい!」


音を超え、光の速度にすら近づいたアースの一撃はパンクの身体の悉くを破壊する──



「そう来るのを、待っていたぞ」



──威力は十分にあった。カウンターによる迎撃が出来る程の強さを、パンクが持っていなければ。


次の瞬間、アースの意識は暗転した。同時に、ガウトリア南西の城壁は破壊された。



アースが突撃した時、ベクトはようやく走り始めていた。横には護衛なのかレキサもいた。


ガウトリアの南西、そこにアースは向かった。ディアイに話しかけても返事が返ってこないのだ、こちらから向かう必要があった。戦場となっていると分かっていてもベクトは走った、胸から湧き出る感情のままに走ったのだ。


「っ!?」


先行して走っていたレキサが急ブレーキをして止まった。同時に後ろを走っていたベクトも足を止める。

ほぼ同時のタイミングで、突如として城壁を破壊して町に吹き飛んできた何かがあった。ベクトの瞳に映ったそれは、信じたくない者だった。


「嘘だろ……」



右上半身が吹き飛んだ、半壊したアースの姿がそこにあった。

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