第26話 説得

自らがドカタであり、元探索者としての力を同僚のドカタに見せない親方が身体強化を使ってまでここに来た。それだけでベクトにはどれだけ重いことなのかが分かる。


信念を曲げてまでやってきた男の姿は、とても大きく見えた。


「僕が戦うからですか」

「戦ったら死んじゃう!探索者達に任せないと!」


親方への言葉を遮りベクトの両肩を揺するリリアンは、ベクトへと必死の形相を見せた。涙目になりながら訴える姿に、ベクトも真正面から見据える。


「ベクトはドカタなんだよ!力なんて無いんだから!災害からは逃げないといけないの!」


災害獣から逃げる、当然のことだ。この世界では災害獣から逃げる者ほど賢いとすら言われるのだ。ドカタであるのもその通りだ。リリアンが言ったことに間違いはない。


「力が……無い」


これも事実だ。僕には力はなく、持っているのはアースだ。だから逃げるのは当然だ。


「付き合いは短いけど……私は知ってる!疲れ果てた身体で酒場に来た時も!セーデキムに無理やり連れてこられた時も!ずっと、ずっと……自分を責めるような目をしてた」


リリアンの言葉に思わず目を見開く。リリアンはベクトが考えているよりもずっとベクトを見ていた。酒場で軽く見ていたどころか、身近な人でも気づかないようなことにすら気づいていたのだ。


「自分に力が無いから、周りに比べて弱いから!だから無理してるって知ってた!強くなったからって死にに行くような真似なんて、させないんだから!」


抱きつき、動かさないようにベクトの身体を強く抱きしめる。リリアンの腕からは、絶対に離さないという意志が伝わってきた。


抱きしめ返せば、肯定の言葉をかければ、首を頷けば、リリアンの意志に応えることができれば……以前の僕と同じだということだ。



「ごめん、リリアン」




だから僕には、突き放すことしかできない。


「親方たちと一緒に避難してくれ」

「どうして……?」


ツゥーっと一筋の涙を流し、リリアンは縋るような声を出した。


僕に向けられた信頼が脳裏をよぎる。アースへ向けた信頼が、探索者から向けられた想いが、それらに応えた僕自身の意志を思い出す。


身に付けた身体能力や魔法は逃げるためか?逃げるためだけに力を付けようとしたのか?

違う、強くなるためだ。身体が、魔法が、魔力が強くなった。力を得ても怯えて振るわないのは、負けっぱなしであるということだ。アースと出会う前の、僕自身のように。リリアンが言ったように。


今の僕はアースに引っ張られ、以前から一歩抜け出した僕だ。パンクという、僕の劣等のレッテルが無い、あり得たかもしれない未来を壊した敵だっている。だから、抱きしめ返すことはできない。


両手から力の抜けたリリアンの両肩を掴み、引き離す。えぐっと泣き出し始めたリリアンの顔へ一瞬だけ目を向け、ガクガクと震える足に力を入れて立ち上がった。


「今の僕は底辺のドカタじゃない。一歩を踏み出した、探索者だ」


女の嗚咽を背中に、一歩前へと踏み出す。親方へと目線を向け、くいっとリリアンへ顔を一瞬だけ向けた。親方もコクリと頷き、リリアンを担ぎ避難の方へ走っていった。


ディアイを口に近づけ、アースへと声を出す。


「アース、僕を乗せてくれ」

「ダメです。マトモに身体が動かせないのでは戦えません」


アースからの返事は変わらずだった。確かにまだ手は震え、走ることすらできないダメージだ。アースの能力が僕の体調にも影響されるのなら万全を期するのは当然だろう。


ガクッと膝が崩れかけるも、レキサが肩を組み支えた。身体強化をしているレキサなら図体が多少大きくても支えることに問題は無い。レキサはふぅと一息つき、ベクトへと顔を向けた。


「ベクトさん、身体強化を弱めでいいので使ってください」

「身体強化を?」

「はい。回復させる魔力を身体強化の魔力に乗せて身体全体へと循環させます。多少は快復が早くなります」

「分かった」


歴戦であるレキサに従い、包囲網を抜ける際に切れていた身体強化を再び行う。するとレキサの言った通り、さっきまでより早く回復が進んでいた。


ベクトが回復に勤しむ中、包囲網での戦闘は激化の一途を辿っていた。一体が数千を超える実体を作るという群体型と呼ばれる災害獣と戦う探索者達、一人に対して数体までなら対処できていたが、徐々に被害が発生していた。

理由は簡単だ、蜘蛛の数が途切れないからである。超長期戦になると分かっていたが、未だに増えているのだ、処理が追い付いていなかった。そして問題はもう一つあった。


気づいているのは上空から様子を見ているアースと、伝えられたベクト達だけだ。既にパンクはガウトリアにはおらず、南西の荒野に居所を移していた。そしてそこから、荒野を埋め尽くす程の勢いで蜘蛛を生み出していたのだ。


「このままではマズいですね。ベクトの回復が間に合わない。転移も今はアスエル・ミーアの本能が規制をかけている」


アースは歯ぎしりするも、手が間に合わない事実は変わらない。ベクトの回復さえ早まればと祈るアースの耳に、あり得ない声が届いた。


「なぁアース、頼みがある」


親し気な言い方、それに対して不機嫌にならないアース。何度も話したからこその態度だった。


「……聞きましょう」


その男が何故肩に座っているのか、それを棚に上げてアースは男の頼みを聞くことにした。


その結果はすぐに誰の目にも留まった。アースが届かない上空から見えるところまで降下してきたのだ。その髪は紅く変わっており、どこか好戦的な表情を浮かべていた。


「アース!?」


ベクトは知っている。姿形を変えるのは武装が解禁こそしていないものの、臨戦態勢にある証拠だ。そして臨戦態勢にあると言っても、誰かが乗っていなければそうなることさえできはしない。


誰だと叫ぼうとするベクトよりも先に、乗っている者が大きく声を上げた。誰よりもベクトが知っている、ドカタの声だった。


「ハハハッ!すまないなベクト!アース借りるぜ!」

「セーデキム!?」


親友とすら言える男、セーデキムの嬉しそうな声が周囲一帯に響いた。

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