第25話 探索者の抵抗

アースは上空に避難し、動けないベクトはレキサ達ベテランの探索者により担がれ、蜘蛛の波から全力で逃走していた。蜘蛛の波より身体強化した探索者の方が速く、一キロほどの地点で引き離すことに成功していた。


そして蜘蛛の波による被害はそれほど大きくは無かった。既に周囲二キロ圏内の者達は避難が終わっており、そこで探索者達が包囲していたのだ。三メートル近い蜘蛛など一対一であれば探索者には対処できる。数の波に呑み込まれさえしなければ長期戦での対応が可能だった。


「群体型の災害獣ですね。それもアースさんの言っていた知性を持つ個体」

「まさかお上がそれだとわな。だが群体型なら撃退できないこともない」


完全武装の探索者達が蜘蛛の波を正面に見据え、己が獲物を構えていく。身体強化も当然のようにされており、身体の大きさによる力の差を埋めていく。


包囲から一歩前に出た探索者……ダーウェが声を張り上げる。数々の探索者の師匠であるダーウェは親しまれており、指揮に従うものが多いことによる采配だった。


「探索者達よ!町に蔓延る災害獣の欠片を空へ吹き飛ばせ!俺達が飛ばせる半端な上空なら何が起きるか分かるだろう!」

「「「オオオオォォォォォォ!!!!」」」


包囲網から戦意高揚の声が上がる。探索者のほぼ全員がいつもの日常とはまるで違う、好戦的な表情をしていた。遺跡のために探索している時とも違う、歓喜の表情でもあった。


彼らは未知を求めるために探索者となった。遺跡を求めるために災害獣と遭遇しても生き延びる力を得た。


だが彼らは得た力を災害獣相手に試せなかった。せいぜい数人で行動する彼らが災害獣と戦ったとて、全員死ぬだけの話だからだ。得た力が研ぎ澄まされ強力になるが、それでも力を使えない。その事実は、災害獣相手に犠牲承知で逃げ切るという精神性が非常に高い彼らでもきついものがあった。


しかし今は違う。災害獣と戦える数百人規模であり力を完全に開放してもよく、その目的は自分たちの町を守るためにある。これ以上ない戦意の高まりがあった。


「一体……何が……?」


蜘蛛の波を抜け、包囲網へと到達したベクトには何が何だか分からなかった。突如パンクが破裂したと思ったらレキサに担がれ、かなりの速度でパンクがいたところから離れた。


かと思えば突然怒号のような雄叫びが周囲から放たれた。破裂したパンクは蜘蛛の波になっているし訳が分からない。


「何とか退避できました。ベクトさんはまず回復してください、時間は探索者が稼ぎます」


レキサの言葉にハッと我に返る。レキサから回復魔法を受けながら、周囲を見回す。蜘蛛の波が現れる寸前に微かに見えたが、アースの姿が見えない。


「アースは!?」

「上空に」


レキサの声にベクトは空を見上げる。そこには大きな点にしか見えないが、何かが動いているものがあった。


ディアイにある通信機能へと魔力を流し起動させ、アースへと繋げベクトは声を上げた。


「アース!聞こえるだろ!」

「敵対勢力は南西の荒野に本体が、パンクの姿でいます。そこにいるのは分体です。おそらく疲労が溜まったタイミングで襲うつもりですね」


ベクトの状態を分かっているからこそ、アースは引き離すように声色を変えていた。今のベクトは魔力こそ十分あるものの、身体は肩を貸してようやく歩ける程のダメージを負っている。

アースには乗れない程であり、傷を回復させるのが最優先だった。


「ベクト、貴方でも身体強化を行えば数回は耐えきれるはずです。死ぬことはありません」


アースがベクトに死にはしないはずだと告げると、レキサに担がれ包囲網から更に遠くへと移動されていく。一般人達の避難までにと届かないが、戦闘区域からは離れたところで降ろされ、レキサの回復魔法で少しずつ治癒していく。


傷はともかく衝撃によるダメージは身体に蓄積されるものだ。回復魔法でも即座に回復できるものではない。


「焦ってはダメですよ。あなたが戦局を変える鍵なんですから」

「分かっては……いるけど。あいつが許せないのに、戦えないなんて」


悔しい。戦う能力は身体強化くらいしかできていないし、動くのも碌にできないから盾にしかなれない。

できるのは蜘蛛が襲ってきたら身体強化を使い、逃げて時間を稼ぎ、回復してアースに乗ることくらいだ。頭では分かっているも、怒りという感情が理解してくれない。


やつがいなければ魔法教育が早く進み、もしかしたら僕が劣等者ではない未来があったかもしれない。アースと出会えなかっただろうが、それでも抑えられないものがある。


感情が追い付かないベクトは俯いて頭の中を整理することに努めることにした。一度深呼吸しようと目を閉じようとするベクトは、両肩を掴み揺らされた。俯いた顔を上げると、そこにはよく知っている顔があった。


「ダメです!」

「リリアン?それに親方まで」


しゃがみベクトに目線を合わせるリリアンに、腕を組み眉間に眉をひそめる親方の姿があった。親方の身体には魔力が纏われており、身体強化を使ってここまで来たのがベクトにも分かった。


「俺が連れてきた。嫌な予感がしてな」

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