転換

第23話 パンク・エルレード

明日に身体強化をダーウェに見てもらおう。今日の時点でダーウェが言っていた基準はクリアできた。次の段階に進んでも問題ないだろう。


ベクトがそう考えて探索者ギルドから出てきた時だ。初めてベクトは彼と遭遇した。アースと話す彼の様子は不穏な雰囲気すら感じ取れるものであり、ベクトがアースへ近づこうとしなかったのも正しい選択と言えた。


「直球に問おう。君の力で私達は守れるかね?」


彼──パンク・エルレ―ドは老人だ。黒い帽子を被り見えにくいが、顔の皺が貫禄を生み出しているような老人だ。後ろに手を組み、磨かれた刃のように鋭い視線を向けていた。


その向かう先は、アースの瞳だった。


人を殺せそうな視線を、何かしたのかという態度でアースは不機嫌を隠さずに言葉を返す。


「質問の範囲が曖昧過ぎます。返答できません」


眉を潜ませ、顔が引きつき、握っている拳がプルプルと震えている。明らかに話したくないけれど仕方なく話している、という様子だった。


探索者ギルドからアースがいるために人が出るも、ベクト同様に二人の様子を見守ることしかできていなかった。アースは探索者ギルドには関係ないからだ、不文律も関係ない。


周囲の様子を気にもかけず二人は会話を続ける。


「ふむ、あらゆる災害獣からガウトリアという都市を守ることができるかね?」

「不可能。複数の災害獣が現れればガウトリアに被害は出る。それに……」


一度区切り、話すのをためらうアース。その姿は何かを求めているようにも見えた。


お上との会話……僕を逃がすために?だとしたら話を引き延ばす理由が見えない。アースが僕を乗せれば解決するはずだ。


「それに?」

「私が展開できる武装は強大過ぎる。町に被害が出てもなんらおかしくはない。まして被害が狙いの災害獣ならば私でも対応しきれない」


ふぅと一息ついたアースはギロリと視線を鋭くする。さっきまでが狼狽えていたとしたら、今は敵視している程の警戒をしているというようだ。


様子を伺うベクトの様子を、アースは視界に移していた。できることなら声をかけたい、近くに居てほしいと思考が起きるも、目の前の問題が解決できないことにはそれもできない。


アース自身はこれから起きる未来を予測していた。けれどアスエル・ミーアの本能がその未来を求めていたため、目の前の存在に手出し出来なかった。できるのは敵視どころか殺意を込めた視線を送ることだけだった。


目の前の、敵に。


「分かっているでしょう?」


周囲の探索者達へ警戒を促すべく意味深な言葉をアースは告げた。パンクは何を言っているのやら、という様子だが探索者達はアースの言葉を正しく受け取っていた。


しかしベクトには届いていなかった。何をいっているのか理解できていないという顔をしていた。


「今回討伐したのは被害は出ていない」

「そう指示があっただけのこと」


パンクの言葉に即答するアース。アースの存在がバレているということは、ベクトの繋がりも知られているということだ。アースが情報を出したのも知られていること前提だった。


顎をさすりながらパンクはうんうんと頷く。しかしその表情は全く変わっていなかった。


「指示か。なるほど、報告にあったベクトという青年が指示し被害を出させなかったということか」

「肯定はしましょう」


案の定、パンクはベクトを知っていた。お上というガウトリアの上層部の者だ、情報を最も持っている人間と言ってもいい。探索者ギルドが秘匿しているアースから得られた情報を覗けば、ガウトリアの全てを知っているとすら言える。


アースと話しているのもその辺りが原因だろうとベクトは考えていた。実際、彼はアースから情報を引き出すような話し方をしていた。


「ふむふむ、ではもう一つ質問だ。災害獣がガウトリアを襲わない可能性は分かるかな?」

「間違いなく襲うでしょう。見過ごせないだけの土地を使っている」

「土地?」

「奴らは獣。獣であれば縄張りがある」


災害獣は災害の如き力を持つ、獣だ。その思考も獣と同じと言っていいことをアースは知っている。探索者ギルドでも薄々勘づいている者達もいたため、アースはギルドにも躊躇うこともなく情報を渡していた。それがパンクにも漏れようが問題など無い。


新たな情報を得、パンクはニヤリと笑う。老齢にも関わらず獰猛な笑い方は、本性から漏れ出たものだった。


「縄張りを犯しているということか。今襲われないのは?」

「中には知性を持つ災害獣もいる。一度討伐された現状で手を出すのは愚策」


アースは一度空を見上げ、目を閉じる。そして深呼吸を一つした後、パンクへ嘲笑うような目線を向けた。


ベクトには分かる。あれは呆れているのだ。以前に一度似たようなことがあった。視線がベクト自身に向けられていたが、パンクに向ける理由が分からない。パンクのことを詳しく知っていなければあんな態度はしないはずだ。


「知性がなければ私が縄張りと示しただけのこと」


その言葉にパンクの顔が歪む。歯を食いしばるような、侮辱されたような顔に一瞬で変わっていた。

だがその口調はさっきまでと変わらず、周囲には顔さえ見られなければ普通に会話が続いているように見えていた。

深くかぶられた帽子で隠れ、パンクの表情が見えていないベクトもそうだった。


「襲ってこなくする方法はないのかね?」

「無い」


アースが立ち上がる。その姿に周囲の探索者達の警戒度が急激に引き上げられていく。


アースはずっと座って話し相手になっていたのだ。緊急事態でもないなら立ち上がる必要も無いと言い、探索者に可能な限り近い距離で話していた。


そのアースが立ち上がったのだ。探索者よりも圧倒上位者であるスペックを持つアースが緊急事態と認識した事実が、探索者達の認識を一瞬で塗り替えていた。


そしてアースが放った言葉が、視線の全ての色を全く別の色へと変貌させた。



「それは何よりもあなたが知っていることでしょう?、小間使いよ」



小間使い、それは主人の身の回りの雑用をする者だ。誰がどう思っても、ガウトリアの頂点に位置するお上に放つ言葉ではない。アースもガウトリアの探索者と話しており、当然分かっている。


にも関わらずアースは言葉を放った──パンクは他所者であると。


「アース!」

「ベクト、近寄ってはいけません」


痺れを切らしたベクトがアースへと近寄ろうとするも、静止の声がかかり足が止まる。当人からの声に急ブレーキがかかるも、他所者は見逃してくれなかった。


「君がベクトか。アースの持ち主であるとかいう」


アースに向けられていた身体がベクトの方へと向きを変える。侮辱されていた表情から大きく変わっており、ベクトにはどこか晴れ晴れとしたものにさえ見えていた。


しかし視線の鋭さだけは変わっておらず、ベクトは思わず息を呑む。


「何の用だ」

「ベクト、離れてください。それと身体強化を」


アースの言葉に少しずつ身体強化をかけていく。アースが警告をして理由が無かったことなど一度もないのだ。肉体強度の強化を数十分しかできないが、目の前のお上に警戒する以上しなければならない。


ベクトの肉体強化が終わったのが分かったのか、数秒程の間を置いてパンクは言葉を返す。


「いいや、アースという遺産に色々と聞きたかっただけだ」


話を区切ると同時に、パンクの雰囲気が変わった。さっきまでの老齢だが獰猛な視線から、明らかに危険な光を放ち始めた。まるで獣のような生存本能から、血を振りまく災害のような殺意へと変わるかのように。


周囲に風が巻き、パンクの帽子が飛んでいく。魔力を周囲へと大量に放出すれば起きる現象だ。地上で行えば竜巻のように、地下で行えば地震のように発現する。それはよく──災害獣の示威行為に使われていた。


パンクが振りまく魔力の現象に、ベクトはどこかデジャヴを感じていた。一切合切を無視して起こす、昔は感じ取れなかった感覚。身体強化を通して今なら肌身に染みて分かる。


ダイガードが起こした地割れとまるで同じだ、と。



「何故邪魔をするのか、とね」

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