第22話 捕捉

親方が近隣の酒場に要請し、酒やテーブル、椅子を外に持ってきて外で食べることになった。気づいたらいつの間にか酒盛りが始まっており、僕の知らないところで事が動いていたようだ。

相変わらずセーデキムが護衛しているようだけれど、酒を飲んでいるあたり割と適当なのがよく分かる。


「しかしアースは可愛いな。お前が大事にするのも分かる」


さっきまでの様子をどう勘違いしたのかは分からないが、セーデキムがそんなことを口に出してきた。思わず首を傾げてしまう。


容姿で言えば確かにアースは美人と言えるが、可愛いと呼ぶのは違う。それなりの付き合いであるからこそ感性が理解できなかった。


「アースはこいつどう思う?」

「口説かれるのは面白い体験でしたよ」

「はぁ!?」


思わず声が漏れる。持っていた酒が動揺で半分ほど地面に零れていた。アースは微笑むだけであり、セーデキムはベクトの視線にニタリと笑っていた。


「セーデキム!?」

「ベクト、いい女がいるなら口説くべきだ。違うか?」


酒が入っていながら大真面目な顔をして話すセーデキムに、ベクトは混乱が隠せていなかった。何せ情熱的な目線の先がアースだ。ベクトと魂で繋がっている者なのだ。


「いや間違っては無いけどさぁ……何でアースを。僕の所有にあるって知らないのか?」


ベクトの当たり前すぎる疑問にセーデキムはハッと笑う。まるで分かってないなという嘲笑だった。


「知ってるさ。けどな、他人のモノだから欲しいって思うやつもいるんだぜ?何よりいい女だ!泣かすんじゃねぇぞ?」


チッチッと指を立ててアースを狙うと宣言する。ムッとしたベクトは思わず買い言葉で返事をしていた。どんな感情から出た言葉かも自覚せずに。


「お前もそうだと?」

「俺だけじゃない」


セーデキムがぐるりと周囲を見回す。セーデキムの視線に顔を逸らした者がチラホラと見えた。図星だから目を背けたと言っているようなものだった。


「気をつけろベクト。アースが災害獣を倒せる、武器だと伝わってるんだ」


セーデキムは酒が抜けたかのような真面目な雰囲気をしてベクトへ詰め寄る。のほほんとした表情のベクトは、詰め寄られたことにたじろぎながらも首を傾げた。


「それがどうかしたんだよ」

「お前じゃなくてもいい。そう思うやつもいるってことだ」


僕じゃなくてもいい。アースを誰にでも使える武器だと思い込んでいるなら確かにそうかもしれない。誰だって災害獣には恨みがあるのだ。自分の手で倒してやりたいという気持ちは僕も持っていた。


けれどそれは自分の身を守ることが前提だ。何よりアースは僕以外には乗る資格はない。


「馬鹿か?僕以外が乗るなんて不可能だろ」


だからこそベクトは思いっきり侮蔑の声を吐いた。できないことをしようとしたところで時間の無駄だ。

壁しか作れないベクトは誰よりもその無力感を知っている。自身よりも多くのことができる人ならばそっちのことをやればいいだけだ。傲慢にも程がある。


そんなベクトの思考を裂いたのは、他ならぬアースの言葉だった。


「ベクト、言い忘れていましたが、適性が無くても乗ることはできるのです」

「は!?」


全力で振り返ると申し訳なさそうな顔をするアースがそこにいた。ディアイの情報には未だ無いものであり、唯一人乗れると思っていたベクトが驚くのも当然のことだった。


「でも魂の繋がり……武装が……え、まさか」

「そのまさかです。武装しなければ乗せられます」


魂を預けることでアスエル・ミーアの武装は解禁される。魂の適性が良好なら武装はどんどん解禁されていくが、良好でなくても魂を預けることはできるのだ。百パーセント合う鍵か零パーセント合う鍵なのかの違いであり、鍵であることには変わりはない。


結果、武装しなければ誰でも乗ることはできるという事実が発生する。但しそれは武装して初めて災害獣と渡り合えるアースにとっては自殺行為でしかない。


自分以外乗れないと思っていた幻想がパリンと壊れる音がした。どこかで浮ついたような感覚が、焦りという感情に消えていく。


「で、でも武装無しだと災害獣を討伐なんてできないって」

「はい、不可能です」


ですが、とアースは言葉を続ける。ホッとするベクトを横目にして。


「あり得るのは適性が多少なりともある者が乗ることです。武装を使うことは本来無いはずの負荷を百倍どころではない程に引き上げます」


負荷など受けてもいないベクトにはさっぱり想像がつかない。言っていることは分かるのだが、全くもって実感が無かった。


「……つまり?」

「搭乗者は死にますが、戦うことは可能です」


アースの言葉にベクトは目を見開いていた。災害獣という存在がいる以上、この世界で最も大事なのは自分の身を守ることだ。それは例え倒せる手段が手に入ったからといって、すぐに手を出して捨てる程のものではない。


それも自殺行為で自身も確実に死ぬなど、馬鹿な行為などと表せない愚かな行為だ。


「馬鹿じゃないのか、そんなやついる訳ないだろ」

「いるぞ」


背後から酒を飲みながら親方が会話に割り込んできていた。セーデキムも気づいていなかったのか、顔を引きつらせていた。


「親方、それっていったい……」

「英雄志望の死にたがりはいる。探索者みたいに覚悟したやつなら別だが、そうじゃない馬鹿は掃いて捨てる程にはいる。多分この馬鹿もそうだろ」

「親方ぁ!?」


セーデキムの頭に親方が持っていたコップがゴンという音を響かせる。声を荒げこそしたものの、セーデキムは否定の声を出したりはしなかった。その事実にベクトは唇が渇いたような感覚を覚える。


意外だった。セーデキムは僕より冷静な行動ができる人間だと思っていた。まさか危険に飛びついてまで災害獣を倒したがるなんて考えもしなかった。


しかしだ、それはあくまで僕がいなければの話だ。


「アースが拒否すればいいだけだろ?」

「状況によるかと」


状況?と首を傾げるベクトに、一つ例をあげるとアースは人差し指を立てた。


「例えばベクトが死にかけているなら許可します」


分かりやす過ぎる例に息を呑む。アースに何も無くても、僕に何かあればアースは動かなくなる。そうなれば後は次にアースを使うのは誰か、そんなこと考えたくもなかった。


「そういうことだ。ベクト、気を付けろ。お前を口説こうとするやつも、アースを奪おうとするやつもガウトリアにはいる」


親方も酒を飲みながら警告してきた。ベクトよりも長く、多くの人に会っている親方だ。ガウトリアで知っている人はベクトとは比べ物にならない。そんな人がいると言ったのだ、間違いなくどこかに潜んでいるのだろう。


問題はどうすればいいのか僕には全然分からないことだ。殺される可能性があると言われても何をどうすればいいのか、皆目見当もつかない。


親方へと縋るような視線を向ける。チラリと親方は目線だけで反応するも、面倒なことに首を突っ込みたくはないと、いつも以上に酒を飲み続けていた。


「どうすれば……?」

「お前が強くなれ」


が、いつも以上に一気飲みしていたせいか、親方の口が一気に軽くなっていた。元探索者であることを表に出そうとしない親方が、べらべら話すくらいに。


周囲も飲んでおり騒がしいが、一言一句聞き逃さないように親方の言葉に集中する。


「探索者ギルドで鍛えろ。探索者は買収されてはならない不文律がある。手出ししてくるやつはいないはずだ」


僕は知らないことが多い、ルールなんかもその一つだ。不文律なんて知るはずもない。だからこそ知っている人の言葉は重くのしかかる。


何より、分かりやすい解決策でもあった。アースがどれだけ強くなれるかを示し、自身で成長の可能性を、親方が必要性を渡した。ならばあとは進むだけであり、これ以上なく分かりやすい。


「明日からはこっちに来るな。リリアンとセーデキムは送るが、護衛に近いと考えておけ」

「親方、こっちに何か起きるのか?」


親方の言葉にセーデキムが口を出した。ベクトとは違いドカタで行動しているセーデキムだ、ベクトを逃がすようなことが起きると言われて怯えにも近い警戒をしていた。


「お上が出張る。探索者から話はいっているはずだ。だがギルドも情報を遅らせている。あと数日は保つだろうが……」


険しそうな顔で親方は言葉を零す。僕の知らないところで何かをしていたらしい、親方の表情はそう言っていた。けれどお上が動くなんて言われても僕に出来ることはない。既に守った報奨金すら貰っているのだ。せいぜい質問に答えるくらいだろうか?


ベクトの様子に親方は笑いながら突き放すように声を上げる。酒のお陰か、重過ぎることもなく軽く受け止めることができた。


「ガハハハッ!分からないって顔だな。面倒なことが起きるだけだ、お前がいると猶更厄介事になる。だからこっちには来るなよ!」


笑う声にフッと一息つくベクト。その顔には少しだけ自信が溢れていた。土魔法の調子がいい時にしかしない顔だった。


「じゃあ一つだけ。本当に危険なら逃げてきてくれ」

「はっ!お前に心配されるたぁ長生きしてみるもんだな!」


膝をバンバンと叩く親方は嬉しくて仕方ないようだ。親方が僕を心配することはあっても逆は無かった。

さらに親方はバシバシと僕の肩を叩いてきた。こんなところで踏ん張らないと耐え切れないような衝撃を与えないでほしい。


ベクト達の楽しそうな雰囲気に釣られ、追加の酒を両手の盆に乗せてリリアンが近づく。


「何々?何の話ですかぁ?」

「お前みたいないい女は中々いないって話だよ」


親方が盆から酒をひょいと一つ取り、リリアンに口説くような言葉をかける。ニタニタとしているあたり、からかっているのだろう。セーデキムも乗って似たような言葉を口にしていた。


照れるリリアンを横目にアースを見上げる。微笑みながらベクトに視線を向けている姿はどこか暖かくも感じるようだった。ダイガードと戦った後のような、道具のように見れていないことにベクトは気づくことはできていなかった。


夜は更けていく。ところどころで酔い潰れて地面で寝始めた人もいれば、まだまだ飲むぞと騒ぐ人もいる。面倒事が起きなければいいなぁと思いながら、ベクトは空を見上げていた。



それから数日の間、アースを連れて探索者ギルドに行き身体強化の訓練を行い、アースは知識を披露するという時間が流れた。


ようやく数十分ほど身体強化のが保てるようになった頃、そいつはアースとベクトの前に現れた。



「君がアースかね?私はパンク・エルレ―ド、この町の最高責任者の一人だ」



お上の中でも楽観者にして探索者ギルドから警告すら出ていた者、そして最も会いたくなかったお上だった。

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