第19話 アースの助言

「で、お酒に溺れて私のところに来るのを忘れていたと」

「ごめんなさい」


次の日、リリアンとの会話で盛り上がり酒に溺れたベクトは、大慌てでアースの下へ訪れていた。信頼すると言ったその日に裏切るなど馬鹿極まりない行為だ。


いくらアースが知覚できる範囲におり、魔法で状況確認すらできるとはいえベクトの行動はアースのことを完全に忘れたものだった。アースが怒るのも当然である。


「別に構いませんけどね?私はサイズ的に扱いづらいですし?探索者ギルドも夕方くらいまでしか空いていないという話ですし?」


ムスッとふてくされた表情でベクトへジト目を向ける。呆れているというより拗ねているのだが、女心など分からないベクトにはどうすればいいのか分からない。


「今日は連れてくから許してくれないか?」


しかしてベクトの口から出た言葉はある意味間違っていなかった。過去の反省をどれだけしても許してくれる女性は少ない。許される者はこれから先をより良いものにすることを、行動で示す者だ。


アースは溜息を一つつく。こんな調子でいいのかと思いながらもベクトの選択を尊重する。


「はぁ……いつまで怒っていても意味がないですし、いいでしょう。探索者ギルドだけでなく、ドカタの事業所にも連れて行ってくださいね?」

「分かった」


アースの言葉に返事をすると、昨日と同様に探索者ギルドまで歩を進める。身体の疲労はいつの間にか消えていた。アースが気遣ってくれたのだろうか?


ギルドの受付に行くと、いつも通りレキサがいた。訓練場を使うことと、アースが来ることを告げておく。

ギルドに何も言わずにアースを呼ぶのは問題が起きかねない。前回も探索者達に呼ぶ場所の人通りを捌けさせたりと事が大きくなったのだ。


「訓練場で身体強化の練習をしたいがいいか?。あとアースがこの前みたく来るから遊ぶなりなんなりしてくれ」

「構いませ……アースさんが!?分かりました!」


レキサが叫んで立ち上がり、先日同様に探索者達が急いで外へと出ていく。通りの人を捌けさせ、いつでもアースを呼んでくださいと準備を終える。一度やったからか、準備する速度が随分と早くなっていた。


ディアイに来てくれと一言告げる。それだけでアースは前回と同じ場所に転移して来てくれた。一度転移したからか場所が把握できているのは非常に助かる。


「探索者が話し相手になってくれる。アースが話せる範囲で話してくれればいいよ」


アースはニッコリとベクトに微笑みかける。拗ねた時や怒っている時の微笑みではない、了承だとか、そっちの意味だ。表情を何度も見たという訳ではないが、アースの雰囲気はそう見えた。


「盗むでなく伝授なら特に問題もありません。ベクトは身体強化の修練ですか?」


コクリと頷く。今日も長くなりそうだが、アースも遊び相手は多いから問題にはならないはずだ。


「ああ。終わるのは夕方頃になるはずだ」

「では一つ助言を。土魔法の適性が高いベクトは、肉体強度の強化を優先すべきですよ」


顎に指を当てて考え込む。昨日ダーウェが言っていた内容は慣れてきたら移動速度強化を行うと言う話だった。しかしアースの言い方は優先すべきは今行っていることだと言う。


「……移動速度はいらないと?」

「いえ、速度は要りますが優先すべきは成長性が高い能力です。ベクトは肉体強度の強化は素質がかなり高いので」


アースの目をじっと見つめる。アースも目線を合わせており、その瞳に嘘が映っているようには見えない。


実際、土魔法ができると肉体強度の強化に適性があるというのはダーウェもアースも同じ意見だ。間違いではないのだ、その後に何を選ぶのかという話なだけで。


「そっか、ありがとう」


助言を受け取り、訓練場へと歩を進める。今日はダーウェはいない。レキサが呼ばなかったこともあったが、二十分も強化できない今では聞けることなど何もない。


外ではアースが探索者と遊んだり、知識を披露していた。遺跡の知識はガウトリアの歴史よりも遥かに多く、レキサがメモ書きを恐ろしい速度で行ったりしていた。


昼が過ぎて二時間程経った頃、訓練場からベクトが疲労を溜めに溜め、ギルドの外へゆっくりと歩いていた。


「三分……まだ、まだ……だな」


行った内容は昨日の同じだった。三度魔法を使い、三度疲労で倒れたのだ。疲労も相変わらずだが、回復速度はベクトが自覚できる程に明らかに速くなっていた。


静かな場所で回復魔法で受けたいと思うも、外から聞こえる喧騒がそれを許してくれないのが分かってしまう。仕方なくベクトはそーっと外の様子を覗くことにした。


「外が……?アースが何かやったか」


喧騒は探索者だけではなかった。おそらく問題ないと人流を戻したのだろう、そこから探索者以外もアースを目に留めたのだ。


ベクトの予想は当たっていた。探索者だけでも騒ぐような情報をアースがポロポロ零したのだが、人流を戻した影響で一般の人にまでその情報が流れていたのだ。


アースに人の目が集中していた中、ふっとレキサの目がベクトへと止まった。ニタリと笑い、スッとベクトの目の前まで移動する。まるで滑るような動作に、ベクトは思わず後ずさりしていた。


ベクトの腕を引きギルドから引きずり出し、周囲に向けてレキサは大きく声を上げた。


「ベクトさんが来ましたよ!皆さんこれで終わりです!」


レキサの言葉に、探索者達が率先して道を空け始める。関係ない人たちも探索者の動きにつられ、アースから離されていく。流石に人が多いからか、手間取っているようにも見えた。


不思議な光景に見えた。アースに泣かされ、でも僕には敬意を払っているように見える。アースが貴重な情報を持っているなら神聖視すればいいだけなのに、周りは協力してくれている。僕への信頼がそうしたというなら、いつ築いたのかがまるで分からない。


ボーっと様子を見守るベクトに、レキサは横に並び口を開く。


「ありがとうございました。今日だけで色んなことが聞けましたよ。魔法には魔力や想像力に加えて意志が大事だとか、昔の英雄は年をとらなかったとか、知性を持つ災害獣がいるとか」


知らなかったことを知ることができましたと、お礼の言葉だった。アースが示した知識は探索者どころかガウトリアにすら無いもの。誰かが礼をするのは当然とレキサは考えていた。


対するベクトの答えは、何もない空に向けた疑問だった。


「なぁ、何で探索者達は僕たちにこんなに融通してくれるんだ?」


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