第15話 進むべき道
アースは最初から目的に沿って動いていた。最後にはベクトという災害獣から国家を守る意志を持つように促していた。災害獣と戦ったのも、探索者達と遊んでいたのも、全て最終的にベクトが強固な意志をもつためだ。
ベクトは気づかない──否、気づけない。アースはあくまで自然とそれを促す機工なのだ。未来を予測できるからこそ、自然とできた状況が勝手にベクトの意志を強固になるよう促す。それこそがアースが起こしている機工だった。
当然、ベクトはそんなことを知らない。アースのことを信用はしていたのだ。強大な力を持ち、ベクトの指示には従ってくれていたのだ。故に過去の言葉が嘘だとは思えなかった。
「なら何で災害獣を討伐する種族だって言ってるんだ」
アースに会う前、ディアイから無理やり据え付けられた最初の知識だ。けれどアースが作られた目的と合っていない。ちぐはぐと言ってもよかった。
真摯な目線でディローへと口にするも、返事はあざ笑うような言葉だった。
「だって今のガウトリアに災害獣を追い払う力は無いじゃない」
まるで力がない奴は口を出すなと言いたげだった。その言葉に、ギリッと歯ぎしりが鳴っていた。必死に生きているガウトリアの皆を価値がないと馬鹿にされたことに、ベクトの瞳に怒りが灯る。
「災害獣を寄せ付けない力を、意志を示すためにアースは行動しているわ。強固な意志を持たせる最初の一歩は、弱い意志の目の前で憧れる程の力を示すことよ」
ディローの声に反発するようにベクトは声を荒げる。弱いと言われてはいそうですと答えられるほど意思はひ弱ではない。これが親方やレキサ相手ならともかく、何にも知らない遺跡の道具に言われて気が立たない訳が無かった。
「僕の意志が弱いと」
「弱いわ」
断言するディローに、怒りのままにベクトは拳をぶつける。無意識の中で身体強化がされており、そこらの石なら砕ける破壊力だった。
しかしディローには衝撃が伝わるどころか、拳が当たった痕跡すら残っていなかった。衝撃緩和と、即時修復の魔法がかけられていたのだ。ベクトの拳が砕けなかったのもこのおかげだった。
ディローは拳を向けられたとは認識すらせずにベクトの最も弱い部分を指摘する。言われたくないことだからこそ、ディローは容赦せずに言葉にする。
「何よりもアースの力を恐れている。憧れと恐怖は表裏なのだから当然ではあるけれど……、あなたしか頼れる者がいない者を恐れること程馬鹿げたことはないでしょう」
アースの力を恐れている、確かに否定できない事実だ。災害獣を討伐できる力を恐れるな、というのは誰だって難しいことだ。
だがディローは前提が違うのだと言う。災害獣を討伐できる力を有していても、信頼関係はできている以上恐れる必要などないのだと。
「僕しか頼れる者がいない……?」
ディローの言葉を復唱する。適性がある僕を転移させ、遺跡に呼んだアースは一人だった。遺跡にはディローがいたかもしれないが、僕が見た時は一緒にいなかった。
「適性がある者をパートナーだと、言ってませんでしたか?」
コクリと頷く。パートナーの魂を預かり、扱い、戦うのがアースだ。魂を渡すというのは何をしても構わないと言っているのと同じだ。双方の信頼関係がないといけない。
そう頭の中で整理し、はたと気づく。魂を預かる程の信頼関係を求めるなら、アースも同じように信頼をしているのだと。僕は魂を預ける程信頼しなくても、アースは預かる程に信頼していたのだ。
「アースはパートナーは無条件で信頼します。逆にパートナー以外は無条件で信用しない。まるで親を見つけた小鳥のように、パートナーを信頼するでしょう」
ディローに言われ、ようやく何かがカチリとハマった気がした。見えていないものがあったのだ、見えていないから疑わないとやってられなかったのだ。
アースの無償の信頼という、見なくてはいけないものを見るべきだったのだ。
「彼女にとって信頼の深さは目的への使命感とほぼ同義です。ベクト、あなたは使命感だけが見えてしまって信頼が見えていない。疑うのも仕方ないことですが、アースがあなたに裏切られたと認識したら危険ですよ?」
さっきとは違い、ただ後悔の念に押されディローに右拳をぶつける。魔力も込められていない、ただ自分を責めるだけの拳をディローはすり抜けずに受け止めた。
拳から流れる血は自分自身への戒めだ。学がないと自虐するのは構わない。けれど学ばないなんてことではないのだ。
ベクトは出した拳を下し、ディローに話すように促す。その瞳に迷いはなかった。
「……危険ってのは?」
「アースはパートナーを信頼します。ですが危害を加えないわけではありません」
血が流れた右手を強く握りしめる。ディローが言いたいことは十分に分かった。それが今までできていなかったことだということも。
アースを信頼しろ、それだけだ。信頼をきちんと返せば強固な絆が結べる。そうしなければアースは愛想を尽かす、人と同じだ。ドカタの同僚だって能力を示し、言葉を交わせば肩を組む程の仲にはなる。
アースはとっくに能力を示しているし、言葉以上に信頼を示してきた。先に信頼が来るなど経験が無かったために困惑したが、アースはやるべきことをやっていた。
「強固な意志をあなたに持たせる。そのためにアースは動きます。今までは杜撰な手段でしたが、次の手段も考えているでしょうね。でも私には思いつかないわ。アースの未来予測は私達の知れる領域ではない」
だからこそ、応えるのはパートナーである僕の番なのだ。疑惑の目を向け続けていた負い目もある。僕如きにできることなどたかが知れているが、僕なりに応えるしかない。
「アースが差し向ける試験を超えなさい、ベクト・ワーカイ。その先に未来はある」
ディローの言葉は重かった。アースへの不義理を認識したためか、足が重く感じられる程に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます