第16話 信頼を言葉に

資料室から出たベクトはふらふらとしながら壁に当たり、もたれかかるように座り込んだ。命を救ってくれたアースに、信頼の一つもしない自分自身が憎くすら感じられたのだ。


自己嫌悪に裏拳が壁に振るわれる。これまでの人生でこんなに感じることなんて一度も無かった。弱過ぎる自身だった、能力が無いことが全てだった。


けれど今回、能力なんて関係なかった。必要なのは能力以外であり、問題などなかったはずだった。無償の信頼なんてものがあることを知ってさえいれば。


「質問。ベクト・ワーカイ。疑問ノ解決二至ッタカ?」

「……ああ」


この憂さ晴らしで自己嫌悪は最後だ。そう決めて両の拳を地面に叩きつける。暴力か酒でしか憂さ晴らしができないのもそれしか知らないから。知識が欲しい、少なくともアースの信頼に応えられる程の知識、そして今回のような関係性といった経験も。


「依頼。ベクト・ワーカイ。足元ノ青光二沿ッテ移動ヲオ願イスル」


遺跡の声に頷き、壁を頼りに立ち上がる。ふらつく足元に活を入れ、無理やり立ち上がる。

立ち止まるのは別にいい、でも立ち上がらないのは駄目だ。どんな生き物でも、立ち上がらなければ待つのは災害による死だけなのだ。


アースが導く試練を超えろ、ディローが言った言葉だ。アースの目的も分かったのだ、それならアース本人を知れば見えてくるものがあるはず。


「意志を強くするよう促す機工……僕の意志を強くする機工」


歩きながら言葉に出してみたが、分かるけど分からない。意志を強くするなんて僕次第だろう。未来を予測するなら、強くないといけない状況に追い込むくらいだろうか?


腕を組んで数分ほど考え込む。出た結論は一人で考えても意味がない、今は考えを切り上げる、だった。


「ん?これどこに向かって歩いてるんだ?」

「回答。元々イタ場所。アスエル・ミーア起動室」

「そうか」


相槌をうち移動先が問題ないことを確認する。ふらついた先で洞窟に放り込まれても困る。


来るときの倍ほどの時間をかけて転移してきた部屋まで戻る。既にアースは修理を終え帰ってきていた。

微笑みながら話しかけてくるアースに、少しの罪悪感が胸に刺さる。これから信頼を見ていくと決意したのに情けない。


「ベクト、疑問は解決しましたか?」

「一応は。完全にとはいかないな」


苦笑しながらアースに応える。ディローとの話は疑問の大部分が解消できた。アースがこれから僕にどんな試練を向けてくるのかという疑問だけは残ったが、アースへ信頼を寄せれば解決できるとも分かっている。


アースはコホンと息を改め、ベクトを右の手の平に乗せる。アースの顔の近くへと移動させ、ベクトを文字通り目の前で瞳に移した。


「ベクト、私はあなたの未来を守る物です。それだけは、忘れないで」


真剣極まりない言葉にベクトはゴクリと息を呑む。呑み込んだ一瞬の後、ベクトは微笑みながらアースへと言葉を返した。


「未来を繋ぐ、じゃないのか?」


アースのずっと言っていた目的は『未来を繋ぐ』だ。『未来を守る』ことではない。今になって言い間違いしたなんてことはないだろう。


「守るです。例え私が死んでも、ベクトは守り切ります」

「嬉しい限りだよ」


信頼関係が言葉を変えた、アースの言い方から察するにそういうことだ。信頼が上がったのか下がったのかは分からないが、無くなったという訳でもない。なら十分だ、今から取り返せばいい。


話を変え、これからのことを話すことにする。アースの巨体はガウトリアに滞在させるには難しいが、町の郊外なら何とかなる。ずっと遺跡にいるより、いい空気が吸えるはずだ。


「アースはガウトリアに来ないのか?」

「可能であればここにいる方がいいかと。ガウトリアには面倒なモノがいますから」


眉をひそめているのが見えているのに、何を言っているのやらと呆れてしまう。行きたいならそう言えばいいものを。


アースに来てもらうなら、ガウトリアには利点しかない。遺跡の知識を持っていることもだが、何よりも助かるのは──探索者達だ。


「探索者達は喜ぶだろうよ。もちろん僕達もだけど」

「私の魔法体系を盗むためと判断しています。許可できません」


ぷいっと顔を横に向ける。そんなアースにジト目を向け溜息を一つ付く。


本意ではあるだろう。遺跡の知識を外に持ち出したくないし、アースの魔法を盗んで悪用される可能性すらある。ガウトリアがアースに比べれば遥かに弱い戦力だとはいえ、浮足立った馬鹿がアースを攻撃することだってあるかもしれない。


けど大事なことが一つだけ抜けている、本人の意思だ。


「本当はどう思ってるんだ?」


目を見開くアースだが、口角が上がっていた。嬉しい言葉をくれた、そういう意味で予想外な言葉だったのだ。微笑んで嬉しそうに口を開く。


「魔法体系を盗むことなど些事です。いずれ到達するか否かでしかない。私はそんなことよりベクトと共に居たい」

「ならガウトリアに来れば……いや、来てくれ」


信頼を示す行為で一番簡単な方法は依頼と承諾を繰り返すことだ。アースならできると僕が頼み込み、応えることで信頼を返す。ドカタの仕事でもそうだが、依頼された時ほど自分自身を信頼されていると感じるのだ。


ベクトどころかセーデキムや親方でさえ同じように感じる感情だ。アースも例外ではなかった。


「喜んで受けます!」


ぱぁっと花が開くような笑顔をするアースに、思わず見惚れてしまう。目の前にいるということもあるが、見たことのない表情にベクトの感情は動かされていた。


周囲の景色がガウトリアの郊外に変わる。アースが嬉しさのあまり、転移を実行したのだ。遺跡とガウトリアでは、ベクトにとって馴染みが深いのはガウトリアだ。ベクトのことをもっと知りたいと、アースの行動が早くなったのも仕方のないことだった。


「ベクトはこれから何を?働く必要も無いでしょう」

「身体強化を教えてもらう。親方か探索者ギルドの人に師事だな」


アースが試練を与える者だと言っても、僕自身が努力するなりして成長していなければ意味がない。怯えるからと目を閉じさせられた時の二の舞になったらいけないのだ。

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