第14話 アスエル・ミーアの建造目的

小一時間程足元の青光に沿って歩いた先に、大きな扉があった。遺跡に入る時にもあった、アース基準であろう巨大な扉だ。


遺跡に入る時は恐る恐るだったが、今回は怯える必要はない。すり抜けると分かっているのだ。扉へと歩を進め、すり抜けて扉の中へと入っていく。


扉の中は不思議な光景だった。まるで塔のように円筒の形をしており、灰色の壁には同じように灰色の小さな球体が所狭しと並べられている。天井は見えない程高く、しかしアースの巨体は数歩程度しか歩けない広さしかない。


何より一番目が惹かれるのは空中に浮かぶ薄紫に光る球体だ。あれが魔水晶というやつだろうか?

ベクトが部屋の中に入ったからか、球体が少しずつ高度を落としてベクトの目の前まで降りてきた。光りも目に優しい程に治まっていた。


「ここに人が来るなんて想像もしてなかったわ」

「これが魔水晶?」


ベクトの声に応えるように球体は光りを少しだけ強める。意思疎通を図ることができるのだと示すように、


「そうね、魔水晶に意識をインストールしてる。……まぁ話ができる本とでも思って頂戴。初めましてベクト・ワーカイ。アースを作ったのは私達よ。ディローとでも呼んで」


目的としていたモノで合っていたらしい。後はディローに話を聞き出せば遺跡に来た理由も終わりだ。簡単に終わってくれればいいが、直感的にはそんな気は全くしない。


「アースの目的って何だ」


遺跡にも行ったが、念のためディローにも聞く。求める答えは最初に目的を決めた者に聞くのが一番だ。

ベクトの質問にディローは光りを弱める。部屋が暗くなったのかとベクトが錯覚するくらいには弱まっていた。ディロー自身も遺跡の一部だ、故にアースが何をしたのか分かっていた。


「……はぁ、あの子は。まったく何をしているのかしら」

「は?」


だからこそ、アースの生みの親ディローは落胆する他なかった。結果的にだが無理やりに近い形でベクトを乗せたことも、その後のフォローも杜撰なアースへ向けた批難だ。


ベクトへと申し訳なさそうな声でディローは声を向ける。光りもどこかしょぼくれているようにも感じた。


「未来を繋ぐ。それが目的だけど、手段に関しては任せてるのよねぇ」

「はぁ!?」


ベクトも驚かざるを得なかった。目的が明白なのに手段が考えられていないなど、思いもしなかった。所有している戦力が大き過ぎるのにそこが考えていないなどあり得ないのだ。


災害獣を討伐できる程の戦力を有しておきながら、目的に達成する手段として認識していない。信じられないことだ、まるでアースが選ぶ手段に全て委ねているようですらある。


「私達は人、エルフ、ドワーフ、フェアリー、ジャイアントから成る国家だった。だから五種族が集まった国家があればアースは守ろうとするでしょう。目的はそれだけ」


アースの作られた目的が一言で語られる。余りにも単純な目的であるがゆえに、ベクトは単純な疑問をぶつける。何故今なのか、という疑問を。


「五種族いればどこだって守るってんなら以前だっていたんじゃないのか。探索者からですら聞いたことないぞ」


ガウトリアの歴史は浅い。国家として成り立ったのも二、三十年程前であり、ベクトが生まれたかどうかという程度だ。


が、遺跡は別だ。明らかに文明だったものがあり、遺跡内に記載された情報だけで五百年以上の歴史を持ったものすらあった。遺跡程の文明があって、アースが現れていない理由が無いのだ。


「場所が悪かっただけでしょう。アースが起動するには一定の範囲がある。アースがこの遺跡から探知できる範囲っていうものがね」


ディローはにべもなく言葉を吐き捨てる。五種族を助けるためのアースだというのに、どこにいるのかで区別する。範囲外に千年続いた多種族国家があったらどうするつもりなのだと言いたくなる。


ベクトは拳を力強く握るも、ディローは無視して話を続ける。


「それに、国家ともなれば中々できるものではないわ。災害獣が暴れているのだから分かるでしょう。知性を持つ災害獣すら現れていないのだから国家などできていないと見るのは当然だけれど」


理解はできる。ガウトリアの歴史が浅いのもそれが理由だ。災害獣が暴れている世界では国家を作るなんてこと自体が困難極まりないことだ。ガウトリアが国家として成り立っているのも、災害獣が比較的襲ってこない土地だからだ。


「知性を持つ災害なんてのもいるのか……」


一度だけ中枢を襲ってきた災害獣がいたが、それも建国始めに通りがかっただけだった。それ以降中枢を襲う災害は一度も現れていない。故に、比較的安全と判断され、国家に至ったのだ。知性を持つ災害などいるはずもない。


「ディロー、アースの目的ってのは……国を守るだけなのか。五種族が揃った国家を守るだけなのか」

「最終的な目的はそうなるわね」


未来を繋ぐことが国を守ることであるかと問うなら、その通りだ。国家が災害から守られているなら国の未来は安泰とすら言える。少なくとも防衛という点だけで言えばだが。


しかし、だ。それだとアースの行動と一致しない。アースが災害獣と戦えるならずっとアースを動かせればいいだけだ。


そうだ、適性が合うだのと言っていた。それさえ有れば関係ないんじゃないのか?


「適性がどうだとか言っていたのは」

「アースに乗れる適性。それは災害獣と対等以上に戦える才能を、……そして何よりも意志を持っているのか」

「意志を?」


強固な意志など僕にあると思えない。才能も僕なんかよりセーデキムや親方たちの方が遥かに豊富だろう。選出機能が壊れているのだろうか?


才能はアース曰く災害獣を倒したから倒せるくらいにはなるとは言っていた。信じてはいないが、千年生きることでもあればあり得るのかもしれない。けれど大事なのは意志の方だと言う。信用がないを通り越して何か罠にでも嵌めようとしてるのでは?とすら考えてしまう。


「未来を繋ぐ。そのためには災害獣を寄せ付けない意志が無ければ話にならない。力があろうと振るわない者はいらない」


力があっても振るわない、その言葉にベクトは俯く。初めてアースに会った時、要らないと言った。明確にベクトは意志が無く不適格と言われていた。


「僕は」


アースに乗るべきではないのか。そうベクトが口に出そうとした先を、ディローが遮るように声を出した。俯くベクトにも刺さるような輝きと共に。



「そしてそのための機工がアース。才能あるものへ強固な意志を持つように促す機工種族」



俯いていた顔が上がる。アースに乗るには不適格と言われたことがひっくり返されていた。

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