第12話 探索者とアース

小一時間ほど経った頃、訓練場には大の字に倒れるベクトの姿があった。息切れも激しく、訓練をした後の満身創痍といった様子だ。その横ではベクトが限界だと確認したレキサが数を数えたり、複製された石の状態を叩いて確認をしていた。


「はぁっはぁっ!」

「複製は完全が五と不完全が十の計十五、破壊は一ですか」


淡々と確認するレキサはふぅと一息ついた。疲労困憊のベクトに目も向けずに人差し指を顎に当ててうーんと考え始める。


「これはっ、どうなんっ、だっ?」


思案するレキサに息切れしつつベクトは尋ねる。ベクト自身には指標となる物差しがない。ドカタで同じ真似をしたやつはいるかもしれないが、碌な結果が出たやつはいないのだろう。一度も検査云々の話を聞いたことが無かった。


「探索者としては底辺ですが、なれるレベルですね。魔力量が多いので身体強化できるようになれば二流くらいにはなれますよ。昨日アースさんを確認しに行った人達くらいです」


思案から帰ってきたレキサの言葉だ。が、レキサでもベクトは測定しづらかった。

何せドカタである。使える魔法は土魔法と、運が良ければ身体強化ができる程度だ。肉体労働することもあるから身体強化魔法を使わずにいける、などとほざく者がたまにくるくらいである。頭もよくないし碌でもない輩が基本なのだ。


そんな輩がいきなり土魔法で完全に複製できたのが五。これだけで土魔法については探索者になれるレベルである。さらに身体強化は無意識だろうが行い、破壊が一。探索者には届かないが、訓練すれば十分探索者にはなれると判断できた。


「すごいのか、よく分からん」


ベクトの感想ももっともだった。ドカタであるベクトは頭がよくない。レキサは見た実力で判断したため、そのことが頭から抜け落ちていた。


「訓練を受けて……デンダさんに五歩届かないくらい、って言えば分かります?」

「すごいな」


怪訝な顔をするレキサ。さっきの説明よりも曖昧だったのだが、すごいと分かること自体が理解できなかった。


レキサの顔を見て、起き上がりながらベクトは何でもない顔をして口を向けた。


「親方に近づけると明言できるくらいなんだろ?僕からしたらすごすぎる」


比較対象がいることが良かったらしい。レキサも今度からドカタ相手に話す時はそうしようと考えつつ、適当に相槌を打つ。


「探索者になれるのも一握りですし、その通りではありますね」


ベクトには言い方が親方を馬鹿にされているように感じ取れた。むすっとした態度で長髪するようにレキサへと物を言う。


「探索者達からすれば大したことないって?」

「率直に言えば、その通りです」


レキサが石へと近寄り、ひょいと複製された石を持ち上げて接するように置く。四つを繋げるように置くと腰を低くし、拳を構えた。


次の瞬間、ドゴォという音と共に石が砕かれた。並べたものが衝撃を伝わるように、四つの石が粉々に破壊されていく。衝撃が無駄なく全ての石を構成する物質へ伝わる、土魔法の上位に存在する大地魔法、その一つである。


「上位の探索者はこの程度を簡単に行います。身体強化だけではないのは分かるでしょう?」


ボーっとした顔でベクトは石が壊れたのを眺める。思い出すのはアースの戦い方。

アースも似た魔法を使っていた。規模こそ違うものの、探索者達は近い真似ができるのか。今の僕には届かないが、土魔法の上ならできる可能性はある。アース曰く、災害獣を倒せる程に強くなれるのだから。


探索者はこれができる、と言葉に出して一つの疑問がポロッとベクトの口から零れた。


「……レキサさんは探索者で言うところのどの辺りの実力を?」


あっと口を手で塞ぐも聞こえていたらしく、笑っていない視線がベクトに向けられていた。


「秘密です」


人差し指を口に当て、クスリと笑う。一瞬で蠱惑的な視線になったのが分かり、ベクトの鼓動は少しだけ速くなっていた。

パンパンと服からホコリを払い、レキサはベクトに軽く一礼をした。


「検査というより本来は測定と呼んでいるのですが、これで終わりになります」

「測定?」


一区切りを示す言葉に、聞いていた話と違うなと疑問が口から出る。


「現役の頃、デンダさんにはこういう石を壊したりしてもらうのに協力してもらってたんですよ。探索者候補の測定なのですが、デンダさんからすれば石の検査とでも言うしかないわけです」


なるほど、大したことがないことだから測定とすら呼ばなかったってことか。親方らしいといえばらしい。


「後片付けってことか」


ニッコリと微笑むレキサは訓練場の出口へと歩いていく。仕事が終わったらさっさと帰る、ドカタでも同じことだ。


「数分もすれば走れるようになります。あとはアースさんのところへどうぞ」


立ち上がるのが限界だったのが歩けるくらいには回復していた。確かに数分あれば小走り程度の移動はできるはずだ。他人の体調管理まで完璧とは流石探索者と言うべきだ。


「あとは……パンク・エルレードを知っていますね?探索者ギルドとしての方針であれと話さないようにしています。注意してください」

「お上と?よく分からないけど、注意しておけばいいのかな」

「はい」


レキサは探索者ギルドに新しく入るならと警告をした。受付嬢としての義務を負え、額の横を人差し指でトントンと当てる。これで言い残しは何も無いかと頭の中で判断するとレキサは出口へと足を進め始めた。

が、出口へ向かっていたレキサはあ、と何か思い出したかのように小走りで戻ってきた。


「言い忘れてました。持ってたポーションは今のベクトさんには弱過ぎて逆効果なのでこちらで預かってました。デンダさんに返しておきます」


言い忘れていたとそう言うと小走りで出口へ走っていった。その様子を見届けると、ふぅと一息つく。成長したと言っても上がいるのは当然なのがよく分かる検査だった。ついでにまた一つ疑問が湧いたこともある。話題に尽きないのはいいことだけど、多過ぎるのは面倒なのだ。


「ポーションが弱いってどういうことだよ……アースに聞いてみるか」


十五分の回復が終わった後、ギルドの外へ出る。そこにはふふふと笑いながら探索者を上空へぶん投げるアースの姿があった。


「アース!?何を!?」


光景が強烈だったせいか、ベクトは声を荒げた。傍目から見ても探索者達を落下死させるために投げているようにしか見えなかった。

大声だったからかすぐアースも気づく。投げていたものから目を離してベクトへと顔を向けた。


「ベクト、検査は終わったのですね、魔力が成長したことが実感できたことでしょう」

「ああ……ってそうじゃなくて、何やってんだ?!」


アースの言葉につい相槌を打ってしまう。が、今はそんなことをやってる場合じゃない。アースが怒って探索者達に危害を加えていたかもしれないのだ。


焦るベクトに、どこともしれない探索者が肩にポンと手を置いた。振り返ると、そこには気まずそうな顔があった。


「あー、落ち着いてくれ。あれ、俺達が頼んだんだ」

「へ?」


ベクトの表情が固まる。当然の反応だった。

固まったまま周囲を見渡すと、気まずそうな雰囲気は目の前の探索者だけではなかった。周囲の探索者のほぼ全員が気まずそうな顔をするか、ベクトの方から顔を背けていた。


ベクトが黙っていると、目の前の探索者が事情を話してきた。


「上空まで飛ぶなんて中々できない、空は災害獣の領域だからな。今ならこいつがいるから大丈夫だって言うから、身体強化が強いやつらが試しにって頼んだんだ」

「本気は出してませんよ。落下したらここになる程度の高さです」


アースの言葉にようやく理解が進む。アースは危害を加える気など皆無であり、探索者達はいい機会だとアースに放り投げてもらっていたと。当然許容範囲内で行っており……言わば遊んでいたということだろうか?


「……えーと、遊んでたってことか?」

「端的に言うとそうですね」


アースは何でもないように言うが、微笑みが隠せていない。存外楽しかったのだろう。

はぁと一つ溜息を吐き、アースに向き直る。ここに来た用事は済ませた、遺跡に行ってアースのことを知らないといけない。


「びっくりさせないでくれ。これから遺跡へ飛ぶ、遊びはそれくらいでいいだろ?」


ベクトの言葉に、手の平へ乗るようにアースは腕を下す。促す真似をしつつ、微笑みながらアースはベクトに選択させる。


「分かりました。乗りますか?それぞれ?」

「乗っていくさ」


ジト目をアースへ向ける。手に乗れと示されておきながら拒否する、そんな意地悪な真似をする気は無かった。

手の平によじ登り立ち上がる。アースはベクトが乗った手を胸まで持ってくる。乙女が大事なものを隠すかのようだった。


アースは周囲を見渡し、探索者達へと口を開く。


「それではごきげんよう、探索者の皆さん」


アースとベクトの身体が瞬間的に消える。アースが来た時と同じ現象であり、探索者達は遺跡を探索して蓄えられた知識にある、転移と呼ばれる現象だと歓声が上がっていた。

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