第10話 迷い
次の日、酒場でぶっ倒れた僕は探索者達に水魔法で綺麗にしてもらった後、アースの下を訪れていた。
アイディに少しだけ魔力を通せばアースがどこにいるのか、視界内に矢印のようなものが現れる。それに従って歩いていけば問題なくアースの下へと辿り着くことができるのだった。
「アース、いくつか聞きたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
聞きたいことは多い。アスエル・ミーア専用施設とは、アースの使命とは、昨日聞けなかったアースの本来の姿とは、僕の身に何が起きているのか、他にもたくさんだ。
かといって昨日みたいに一つ一つ聞いていくには遺跡に行った方が都合が良いことは多いはずだ。一番聞きたい内容から三つほど取り上げて聞いていく。
「とりあえず三つ。一つ、アスエル・ミーアの使命に駆られたアースの姿って何だ?。二つ、俺の身体に変化が起きてる、何か知らないか?。三つ、ディアイにもあった……『未来を繋ぐ』。漠然とし過ぎて理解できない、教えてくれ」
聞き損ねて忘れてしまいそうなこと、僕自身の変化という身近な危険性、アースの目的、どれもアースが知っていることのはずだ。どれも重要で、緊急性も高い。この後、探索者ギルドへ行って身体検査するけれど、アースの方が詳しく知っている可能性は十分ある。
「では一つずつ答えましょう」
アースの腕が持ち上がり人差し指を立てて一つ目と示す。
「一つ目。私の姿は災害獣を討伐するためだけに最適化されます。好戦的になり、撃滅するためだけの存在と化す。戦いなど知らない者が見れば怯えて当然とすら言える姿です」
昨日の戦いの前のことを思い出す。強大な力に怯え、戦う意志などなかった。あるのは戦いの後のことばかりであり、半ば現実逃避だった。アースは配慮して見せなかったとしたら納得がいくが、胸に燻るものが残りはした。
ベクトは黙ってアースの言葉を受け取り、続きを聞いていく。アースもベクトの様子から次だと中指を立てた。
「二つ目。ダイガードの討伐により、ベクト自身の魔力が成長したからです」
「は?」
思わぬ言葉が返ってきた。ベクト自身、二日酔いもなく随分と調子がいいとは感じていた。ただそういう日もあるだろうくらいに考えていたのだ。
アースは違うと言った、魔力が成長したから今のベクトになっているのだと。魔力は成長するものであり、昨日の戦いで明確に為されたのだと。
「試しに土魔法を使ってみてください」
アースに言われるがままに土魔法を行使する。いつも通り、目の間に壁を作る魔法だ。限界まで行使するのが癖になっているせいか、ついついポーションが必要なレベルまで壁を作ってしまう。限界といってもせいぜい縦十メートル横二メートル程度のもので限界なのだが。
そこで始めて気づいた。
「……っ!。ポーションもいらない!?」
限界のはずだった。いや、昨日までだったら間違いなくそこまでしか作れていなかった。
今目の前にある縦に二十メートル以上はある壁、これを昨日までの限界までで作れてしまったのだ。しかもまだまだ魔力が底をついた感覚はしない。十回以上は同じ真似ができるとすら感じ取れた。
ベクトの成長は凄まじい成長だった。アースもベクトが成長することは予想していたが、ベクトは元々が弱すぎるため未来すら予測するアースでも成長幅は判断できなかったのだ。
とはいえまだまだ災害獣には抵抗すらできずに屠られる程度であり、比較できるのは探索者レベルだ。それでも一般人より遥かに下から、一般人より上程度のレベルまで一足飛びではあった。
「魔力を持つ者は戦いの中で成長します。基礎が十分であり極限の戦闘ともなれば成長も著しい。ポーションを飲みながら魔法を行使など基礎が出来過ぎているレベルですよ」
頬をかく。直球で褒められたことが少ないベクトには照れくさ過ぎた。アースという災害獣すら討伐する存在から、ともなれば一入だった。
アースの言葉は理解できた。僕の魔力は成長した、ならアースは?僕程度でも貢献でも成長するなら、アースは討伐のほとんどを行った。成長も著しいなんて言葉ですら表せない程のはずだ。
「アースは?」
ベクトの疑問に悲しそうにアースは首を横に振る。上げていた腕も力無く下がっており、ベクトとは違うのだと身体が言っていた。
「私単独では魔力を封印されています。遺跡に繋がっているなら話は別ですが」
アース単独では成長しない。仮にベクトが乗っていても、アースは成長できない。魔力が封印されていることもあるのだが、本質的にはアースは魔力の基礎制御能力が成長しないからだった。機工種とは作られた時から魔力の基礎的能力が非常に卓越した種族だが、それ以上成長しない種族でもあった。
遺跡で調べれば分かることだが、今のベクトには知る由もなかった。
「それで僕だけ成長したってことか」
「というかベクト程の弱さなら災害獣を討伐しただけで成長します」
「ぐっ!?」
ズバッと切って捨てるアースの言葉に、ベクトは胸が苦しくなったように拳を当てる。ベクト自身、周囲と比べて脆弱なことは分かっていたが、直球で言われると辛いものがあった。
ベクトの様子を無視してアースは話を続ける。ただの呆れた言葉に勝手にベクトが傷ついただけなのだから当たり前ではあった。
「災害獣を討伐した者は災害獣と同じ程度に強くなければならない。かつて調べ上げられたものですが、世界のルールがそのようになっているようです。ベクトは曲がりなりにも災害獣を討伐しました。成長性は既にそこまで引き上げられている」
かつてだの世界のルールだのと問い詰めたい内容が多い。ただ聞き出したとしても僕に理解できないだろうなと予想できる。世界がどうなっているかなんて探索者が調べることであって僕がやることではない。
僕にできるのは僕自身の力を把握して使うことだけだ。壁を作っていた時から変わりはしない。だから聞くことはこれだけだ。
「いつの日か僕も災害獣を討伐できるようになると?」
さっきの言葉はそういうことだ。いつの日か災害獣を討伐できるくらいの成長性を僕は持っている。きっと戦いが必要とかあるはずだけど、届く可能性があるのだ。
コクリとアースは頷く。微笑みながら再び腕を上げ、薬指を上げる。さっきまでの答えと同じように、しかし考えさせるように口を開く。
「それが三つ目の答えです」
『未来を繋ぐ』、アスエル・ミーアの目的だ。言葉の通りに受け取れば、僕が災害獣を討伐できるようになることが未来を繋ぐことになる、ということだ。
災害獣を討伐できる人が現れれば確かにガウトリアの未来は明るい。世界の根源足る恐怖そのものとすら言える災害獣の危険から逃れられるのだから当然だ。
けれどアースの言う未来は僕一人しか討伐できる人はいない。不安しかなく、それで未来が繋げるなんて笑うしかない。何人もいるなら変わるかもしれない……それが目的?。
「災害獣に負けない個人を作るってことか?」
ベクトの言葉にアースは微笑むだけだった。優しい目をして、まるで赤子を見るような視線だ。向けられたことのない視線に、ベクトは少しだけたじろく。
「合っても、間違ってもいます。ですがそれ以上答えられません。情報に鍵がかけられています」
アースの回答はどっちつかずだった。アース自身も答えられない、というのが一番近い。ガウトリアでは鍵自体あまり見ないのだ。門は内側から閂を使うだけだし、そこ以外だとそれこそお上のところくらいだ。答えること自体に鍵がかかるなんて僕自身は考えられないが、アースにはそういった機能もあるらしい。
「どうすれば鍵は開けられる?」
目的も分からない機工に魂を委ねるのは嫌だ。ベクトの視線にはそういった意思が乗せられていた。アースも微笑みながら視線を受け取る。ディアイによって繋がっている二人は、その気になれば感情さえ読み取ることもできるのだ。
「私にもっと頼ることです。いくら適性があっても、高くできるかは別です。高い適性を発揮して初めて開示が可能になります」
アースにもっと頼れ、乗って戦え。ベクトはできればしたくないことだったが、アースのことを知りたいならしなければならない。昨日の夜に探索者達に嵌められたばかりであり、アースにまで似たような真似されるのかと目の前に作っていた壁を殴りつける。
ガララと崩れる壁を前にチッと舌打ちを一つし、ベクトはアースへと口を開いた。
「なら……探索者ギルドまで転移させてくれ。一緒に来れるか?」
「探索者ギルド……分かりました。先にあなたを転移させます。場所を準備できたらディアイに連絡をください」
アースの手の平がベクトへと向けられる。昨日はアースを背中にしていたから見ていなかったが、アースの人一人は軽く握りつぶせる手が向けられると恐ろしさが滲み出る。
ブルっと身体が震え眼を閉じる。肌に擦れる風が少し砂が混じったモノから何もないモノへと変わった後、目を開いた。
キョロキョロと周りを見渡すと、ギルドの横手に転移したらしかった。昨日飲んだ樽がそこらに放置されていた。人目の少ないところに転移させてくれたようだ。こういう時は配慮してくれるから助かる。
探索者ギルドの中に入っていき、受付の人へと話しかける。昨日の酒盛りにもいたが、二日酔いと言った様子がまるで見られない。親方と同じように元探索者だったりするのだろうか?
「すまない、少しいいか?」
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