第9話 宴会
親方に連れられ、探索者の集まるギルドに到着した。ギルドはガウトリアの北側にあり、僕達は南側にいたため到着した頃には日が落ちてきていた。
移動がかなり遅かったこともある。親方がベクトの歩調に合わせた身体。二人が到着した頃にはアースの確認もとれたらしく、セーデキム達もギルドに到着していた。
探索者達は身体強化の魔法を使って移動を行う。使っていない者に比べれば三倍以上の速さで行動できるのだ。セーデキムは担がれて移動し、別れてからギルドまで二時間で報告まで終わっていたのだった。
ディアイの解析が終わり、調査された部屋から出たところでベクトは驚きに固まった。
「マジか」
ベクトが驚いているのは探索者達が恐ろしい程の速度で仕事を終わらせたこと、ではない。
目の前にある家を百建ててもなお余る程の金だ。百年かけても手に入らない金と言ったが、その通りだった。
立ち尽くすベクトにセーデキムが肩をバシッと叩き、問題なかったと口に出した。
「アースってやつも確認とれたからな。ベクトの友人だって言ったら色々教えてくれたぞ」
「何て言ってた?」
「ん?災害獣討伐したのはアースに乗ったベクトだの、ベクト以外は相性良くないから乗ってはダメだの、災害獣が来るのは当分先だから安心していいだのってとこだな」
口角が上がってしまう。今のベクトはアースがやったと分かっていても、自らの力だと錯覚しつつある。アースが認めたともなれば錯覚は加速する。
が、ベクトには別の意味で現実を見るように、煽るような言葉がセーデキムから飛んだ。
「ところで、奢ってくれるよな?」
探索者ギルドは酒場と繋がっている。酒でも飲まないと探索などという命懸けの旅は基本的にできないのだ。どれだけ安全に気を使っても、不意に災害獣に遭遇すれば死が待っている。死を超える程の覚悟を持つのは町の外だけでいい、故に探索者は町では酒飲みばかりなのだ。
周囲の視線が期待に満ちている。セーデキムだけではない。親方や探索者の二人どころか、関係なさそうな面子までギルドの中に入って期待の目を向けていた。
「ああもう!分かったよ!奢ればいいんだろ!」
ベクトの言葉に周囲から歓声が湧き上がる。ただで酒が飲めるとなれば喜ばない者はこの場にはいなかった。親方でさえもニヤリと口角を上げていた。
歓声とほぼ同時に酒が運ばれてくる。準備していたとしか思えない量とタイミングであり、次から次へと運ばれ、運ばれた先ですぐに飲み始める。
セーデキムや親方もすぐに飲み始めた。既に外は暗くなっており、ここにいるのは帰る気もなく飲み続けるやつや飲んでぶっ倒れることしか考えていないやつばかりだ。ベクトもいつも酒場に行った時のように酒を飲み始める。
小一時間が経ち、出来上がってきたものも多くなった頃だ。セーデキムが飲みかけの酒を片手にベクトの横に座ってきた。
「そういやアースと話した時に未来を繋ぐって言ってたな。……未来が分かるのか?」
セーデキムの言葉に釣られたように、アースのところにいった探索者二人が椅子ごと近くに寄ってきた。
「それ俺達も気になってた。あんな遺跡の代物があっただけでも驚くのに、用途が未来が云々なんて意味が分からんかったくらいだ」
歴戦の探索者でもアースは意味が分からない代物らしい。アースに乗った時でも素人の僕が分からなかったのも当然とも言える。探索者ですらそうなのだと知れただけで、少し微笑むものがあった。
未来を繋ぐ。ディアイにもアスエル・ミーアが造られた目的として掲げられたものだと知識にあった。
しかしそれだけだ。それ以上の情報はまるで出てこなかった。僕自身の魔力が弱いから知識に耐えられない、みたいなことを言っていたからその影響だろう。アースに会った時より情報が増えているのはよく分からないことではあるが。
「僕が持ってるのは虫食い情報ばっかりだ。遺跡には行けるからこれから調べるとこだよ」
「俺達探索者は連れていけないのか?」
「アースに聞いてないのか?」
ベクトの言葉に探索者たちはガクッと肩を落とした。地面に膝すら付きそうな落ち込み具合が次に出る言葉を出していた。
「ダメだって……」
やっぱりダメだったらしい。アースに会ってすぐそこまで聞き出せるのは流石と言う他ない。度胸の振り方が探索者らしい。
ディアイによるとあの遺跡はアスエル・ミーア専用施設だ。アースが招かないなら基本的に入れないのだ。例え僕でもアースに嫌われたら入れないかもしれないのだ。今はディアイがあるし嫌われもしてないから問題にはならない。
「それなら僕に言えることはない。アースの方が詳しいんだ、それに僕も遺跡に移動できるのはなんとなく分かるとしか言いようがない」
ディアイに遺跡に転移できる機能はある。けれど使い方を全部分かっているわけじゃない。感覚的にディアイへ魔力を通せば使えるんだな、くらいには分かってもどんな魔法を使うのか、刻まれている魔法陣はどんなものなのかなんてことは一つも分からない。
詳細には分からないと言うベクトに、それでもと探索者達は食らい付く。未知を探る者達の熱情は一言言われた程度で引き下がるようなものではなかった。
「それならせめていつ頃作られたかとかいった詳細な情報でも!」
ベクトの両足に縋りつく探索者が二人。目を他所へと向けると土下座している探索者の姿すら見えた。
探索者は自らが見つけたからといった誇りに思ったりはしない。むしろ危険な情報は共有するためにどんどん渡していく。その代わりに貴重な情報も隠さずに渡すのだ。最も貴重なものは情報であり、そのためなら今やっているように自らを下にする行為も平気で行うのだった。
「情報次第でお金出しますから!」
ギルドの受付嬢がガンと机に頭をぶつけて頼み込んできた。この人も酔っているなと分かっていても、初めて目にする探索者達の様子に拒否する度胸はベクトには無かった。
「それなら、今度行ったときに調べておきます。どうせ確認することだったし」
酒を入れていたとしても理性が無くなる程に飲んでいた訳ではない。さっさと飲んでおけば良かったと少しだけベクトは後悔する。
周りで頼み込んでいた探索者達は立ち上がり、タイミングを合わせたでもなく全員の声が一致してベクトへ一礼した。
「「「ありがとうございます!」」」
感謝の声が上がると、全員何事も無かったかのように酒盛りへと戻っていく。
変わり身が早い上に遺跡への執着が気持ち悪い程だ。ここにいる探索者ほぼ全員が似たような動きをしてたから、職業病みたいなものだろう。僕には理解できないが、遺跡は彼らからするとさっきみたいな反応をするほどに重要なことだったのか。
「親方、探索者って皆こんななんですか?」
いつの間にか横に座っていた親方へと声をかける。親方も元探索者だ、習性というか、職業上探索者たちがどんな性格をしているかは知っているはずだ。
「ん?そりゃそうだ。未知を探るために捜索する者なんだ、当然だろう。知られてないことだったら、しがみついてでも知ろうとしてくるぞ」
知らなかったのか?と言いたげな目をして親方は答えてくれた。何も知らない僕には助かるが、狙われているという意味では全く助けにならない答えだったが。
しがみついてでも知ろうとする、文字通り体験したから分かる。真実であり、遺跡に行ったらまた似たようなことが起きるのだと。
……あれ?遺跡に行ったらまた起きる?
「ってことはまさか今の僕は」
「宝の山みたなもんだな、しかも次から次へと宝を持ってきてくれるともなれば……まず見逃されることはないな」
テーブルに突っ伏す。泣きたくもなるが涙が出る程ではない。悲しくて泣きたいが、傷ついた訳ではないのだ。
探索者達の身体能力はここに着いた時に僕達より速かった。逃げようと思って逃げられるものではない。面倒だと逃げたら間違いなく補足されて捕まる。僕自身の身体能力はせいぜい一般的な大人レベルなのだから当然だ。
「そんなぁ」
嘆くにしても理由が理由だった。これが功績からお金がもらえないなどともなっていれば涙を流して酒浸りになっていただろう。が、探索者達の習性に振り回されたからともなれば面倒事が増えた以上は無い。嵌められたというのが近いだろう。
「ガハハハッ!明日からは俺んとこでも探索者ギルドでもどっちに顔出してもいいぞ!自由にやれ!」
親方が明日以降の話をしているが、探索者達は嬉しそうにしていた。ベクトはアースと話をもっとしたかったから助かるのだが、彼らの理由は分からなかった。
ベクトは気づかなかったが、親方の台詞は周囲に向けたものだった。探索者達はベクトの仕事がドカタであると分かっている。言い換えると上司がダメだと言ったら探索者ギルドまで連れて来れず、話も聞けないのだ。それを上司が来てもいいと言ったことで、探索者達はベクトにいつ話を聞きに行ってもいいという状況にしたのだった。
「はぁ……アースと相談でもします」
「おう!そうしろそうしろ!」
バシバシと肩を叩く親方に、為されるがままになるベクト。ただでさえアースの戦闘で疲れているのだ。さらに探索者達に振り回されて精神的にも疲れが加速したのだから、少しは休ませてくれと言いたかった。
そんなベクトを許さないかのようにセーデキムが酒の容器を頬にぶつけてきた。顔へと視線を向けると真っ赤になっており、酔っているのが明白だった。
「ヒック……おめぇ、酔ったないなぁ?」
言動もふらふらになっている、僕も酒に潰れると似たようになるから笑えない。いつも酒場で飲む時みたいに注意するのがせいぜいだ。
「セーデキム、酔い過ぎだ」
でも確かにセーデキムの言う通りだ。いつもなら真っ先に潰れるはずの僕だが、何故か潰れる気配すら無い。飲む量はいつもと変わっていないのにどういうことだ?
突っ伏しながら考え込むベクトに、ジッと親方の視線が注がれる。元探索者である勘が、ガンガンと親方の頭に警鐘を鳴らしていた。
「おいベクト、やっぱ止めだ。明日は探索者ギルドに出て検査受けてこい」
「へ?親方、何でまた」
親方の突然の予定指示にベクトは親方の方へ顔を向ける。いつもの親方はもっと豪快であり、細々とした指示は好まないのだ。仕事の指示もあの辺からあの辺まで防壁作るとか、この辺の地区一帯復旧させんぞとか。何より体調は自分達で管理しろというのが親方の方針だった。
それを捻じ曲げてでも言葉にするというのは、ベクトの身に大きな何かが起きていると言っているようなものだ。
「今のお前、手首のやつ抜いても身体検査しといた方がいい。どうするかは自由だが、念長者からの助言ってやつだ」
親方はベクトより二回り以上年上だ。それも元探索者という自らの身体を何よりも大事にしなければならない経験をしている人だ。助言としてくれるならば道標としてはこれ以上ないだろう。
「有難く頂戴しときますよ」
起き上がり、残っていた酒をグイッと飲み切る。一気に飲んだのが効いたのか、頭がグラリとふらつく。
それでも潰れるほどではない。このまま何杯でも一気に飲めそうだと馬鹿なことを考えながら、少しふらつく身体で新しい酒を貰いに歩いていく。
親方のベクトに向けた言葉も聞かないままに。
「ああ、そうだ。お前のとこに行かせる連絡役には期待しとけ。お前にはもったいないやつを送ってやる」
親方も酔っており、横にベクトがいないことに気づきもしていないのだった。
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