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第8話 ドカタと探索者

「遺跡に戻った方がいいでしょうか?」

「……いや、災害獣が寄ってくる可能性はゼロじゃない。数日いてくれると助かる」


地上に出た時は転移魔法を使った。アースはどこからでも遺跡に戻れるのだろう。ディアイには詳細は不明だが、所有者が遺跡に戻れる機能があると知識にはあった。僕も戻れるということだが、ガウトリアの様子を確認するまで戻る気は無い。アースのことを知らなければならないと言っても、僕にとってはガウトリアの方が大切なのだ。


「ではここで私は寝床を作成し、滞在します。ガウトリアに私が行くのは刺激が強過ぎるので」

「え、ダメなのか?」


今いるここはガウトリアまで三キロ近くある場所だ。僕が歩けば一時間はかからないくらいだが、アースが歩いていけば数分もかからない。急いで移動したい今は、アースに頼んだ方が早く済むのは非常に助かることだ。


首を傾げるベクトにアースは空を見上げ、目を閉じる。そして深呼吸を一つした後、呆れたような視線を向けた。


ベクトがドカタという底辺であることは、アース自身へ乗せた際に記憶を読んだため分かっている。碌な教育が為されてないと分かっていても、少しは頭を回してほしかった。


「ベクト、災害獣が討伐されたことの意味くらい分かるでしょう?」

「討伐なんて初めてなんだ。町に行って感謝されるくらいしか思いつかないよ」


学のないベクトに分かるのはそれだけだ。これまで苦しめてきた化け物を討伐した。感謝されることはあれどそれ以外の何かが起きるなど考えられない。


アースは一度目を閉じ、ふぅと一息つく。ベクトには教えることが多い、分かってはいても、これから先同じことが何度もあるだろう。未来予測演算などしなくても分かることだ。一つ一つ教えなければならないが、未来に繋げるためにしなければならないと決意を新たにする。


「今のベクトは英雄扱いです。なれば私の力を利用しようとする者が現れます。そんな奴等にベクトの邪魔されるのは嫌なのです」


アースの言葉にベクトはうーんと悩み始める。アースは災害獣を討伐できることを証明した。ベクトはそれ以上など求めていない、町を守れればそれだけでいいのだ。


逆に言えば、町を守れればベクト自身がアースに乗る必要などない。と、そこまで考えてベクトは気づいた。何も自分がアースに乗る必要は無いのだ、適性さえあればアースには誰だって乗れるのだから。

アースの力は僕が使えとアースは言うが、僕の目的は町を災害獣から守ることだ。アースの力がそのために使われるなら……利用されても問題じゃない。


「どうしても、ダメか?」

「どうしても、です」


ビシッと拒否するアースに、ベクトは一つ溜息をつく。アースはベクトのためにと言っている。ベクトからすれば配慮は面倒なものでしかなかった。


「……分かった。それなら少し距離あるから俺だけ転移させるとかできないか?」

「それくらいなら」


目の前の目的には問題ないならそれでいいやと妥協する。とはいえアースをここに置いていくのは気が引けるものがある。ガウトリアは多民族国家であり、巨人族より大きくても受け入れられるのだ。災害獣を討伐できる種族ともなれば受け入れない訳が無い。


けれどベクトはアースの意思を尊重して置き去りにすることにした。必要となればアースには転移が可能なのだから、呼べば文字通り一瞬で現れる。アースが来たくなれば来ればいい、その程度の認識だった。


「ベクト、私はあなたの未来を守る物です。それだけは忘れないでください」

「分かったよ」


アースが手を翳すとベクトの姿が一瞬にして消える。同時に、ベクトの姿はガウトリアの城壁の目の前に現れていた。


城壁は災害獣ダイガードによって無残に破壊されていた。百メートルどころではない被害を目の前にし、また復旧作業しなければならないと溜息を一つついた。


「ベクト!生きてたか!」

「親方、それにセーデキム?どうしてここに」


筋骨隆々の男性、ベクトの上司であるデンダ親方だ。それにセーデキムがベクトを見つけると駆け寄ってきた。

元々ベクトとセーデキムが作業していた場所だ。安全が確保できたのであれば、安否確認を最優先でするのは上司として当然のことだった。


「このアホからお前が地割れに巻き込まれたってんでな。死体があるなら見つけてやろうって話だ」

「むしろお前なんで生きてんだ?災害獣もどっか行ったしよ」


親方の心配に、セーデキムの質問。答えることが多過ぎて説明するにもどこからしたものかと悩みこむ。


「あー……話は長くなるんですが」


説明が下手糞なベクトは結局、全部話すことにしたのだった。


地割れに呑み込まれたこと、気づいたら遺跡の近くにいたこと、遺跡に入れたこと、遺跡の中に入ってアースに出会ったこと、ディアイを身に着けてアースの乗れるようになったこと、ガウトリアに災害獣が出るとアースから聞き、アースの言葉の通り災害獣を討伐したこと。


乗っていた時のことは話していなかったが、ベクトは状況説明は全て話した。聞いていた二人の顔は疑うような表情だった。聞き終わると頭に手を当て、どうしたものかと思案後に変わる。


「つまり何か、お前が災害獣を追い払ったと」

「作り話ならって言いたいがお前が地割れに呑み込まれたのを見たの、俺なんだよなぁ」

「だな、セーデキムが証人だ。俺がお前らにこの辺の壁作れって指示出したこともある。あとはアースって言ったか、そいつを確認できれば事実だってことだな」


親方とセーデキムはベクトの話から、これから先何をするのか検討して話し始める。一番の問題はアースの存在だから確認する必要があるのだと。

正直なところ意外だった。作り話にしか聞こえないことを、こうも素直に受け取るなんて二人らしくない。


「信じられるんですか?」


首を傾げて二人に疑問を問うベクトに、ハッと二人は馬鹿にするように笑った。


「災害獣がいなくなったのは事実だ。俺らが分かっているのはそれだけだ」

「お前がやったかなんて知ったことじゃない。作り話なら探索者に頼んで確認してもらえば済む。場所も分かってて遠くないってんなら一日もかからないからな」

「それに俺はお前を扱ってる側だ。信用しないでどうする」


二人の言葉にジンと染みるものを感じる。信用されているというのがこれほど嬉しいとは考えたこともなかった。作り話でホラ吹いて馬鹿にされるだけだと思っていたけど、言ってみるものだ。


ベクトが感動に浸っているところで、親方は顔を後ろに向けて一言口にする。感動が半ば壊れるような一言を。


「って話らしいぜ?」

「え?」


思わず驚きが声に出てしまう。ベクトの話を聞いていたのは最初から二人だけではない、という親方の言い方にベクトはピシリと身体が固まった。


筋骨隆々な親方の後ろから、ひょこっと二人の顔が露わになる。男女一人ずつで二人とも身体はがっしりとしているが、どこか洗練された姿にも見える。何より魔力量が立ち昇る程に見えている。親方の後ろに隠れていた時は隠していたのか見えなかったが、姿が見えたと同時に見せたあたり悪戯好きな人達のようだ。


そしてそれだけの力量を持っているということでもある。探索者と呼ばれる者達が、こういう謎めいた情報を好むことを忘れていた。遺跡から出てきたものともなれば飛びつかないわけがない。


「話は聞かせてもらった」

「方向も距離も分かってる上、すぐそこなら色々確認含めて二時間もあれば分かるね。えーと……セーデキムだっけ、一緒に来てくれる?」


女性の探索者が案内をセーデキムに頼む。しかし案内ならベクトの方が当事者なのだがいいはずだ。セーデキムもそう思ったのか、首を傾げて疑問を言葉にする。


「案内ならこいつの方が」

「当人なんて信用ならないから。当人が罠の仕掛け人だなんてことザラにある話だよ?」


探索者だからこそ疑う場所が違う。ドカタである僕が考えるのは復旧や、せいぜいが町を壊されない方法の模索程度に過ぎない。対して探索者はできることが非常に多い。できることが多いということは考えることも多いということだ。


ベクトは知らないが、探索者は不確かな情報で惑わされることも多い職業だった。自分自身の目以外は信じない者も多く、伝聞された情報を確かめるためだけに探索者になる者さえいるのだ。


「仕方ないか」


セーデキムが渋々と了承し、二人に先んじて歩き始める。探索者の二人は話は聞いていたがベクトのボディランゲージは見れていないのだ。あっちの方と指さしたりしても分からないため、ベクト、親方、セーデキムの誰かが案内しないと場所は分からない。


セーデキムと二人が見えなくなったあたりでボソッと口に出す。信用された後に明確に信用できないと言われると苛立つものがあった。


「ホントに決まってんだろ」


それだけを口にして何をするべきか指を顎に当てて思案する。現状からだと復旧の仕事が一番だろうか?それとも毎日朝に同僚が一度集まり指示を受ける、仕事部屋までいくべきだろうか?


そんな、本来やるべきことをほったらかすベクトの頭を親方の拳骨が襲った。


「お前はこっちだ馬鹿」

「たぁ!?」


親方が後ろ襟あたりを掴んでベクトを引きずって歩き始める。突然掴まれたことに反応しきれず、為すがままにベクトは引きずられる。


親方は元探索者だ。遺跡と全然会えなかったから体力や場所移動の能力を鍛え上げた、異色の探索者だった。嫁に会って探索者は止めて今の地位にいるのだが、実力は当然衰えていない。人一人引きずるなど朝飯前だ。

げほっと息を整えるとベクトは声を荒げた。


「何を!?」

「お前の話がホントなのかはどうでもいい。大事なのは……手首のやつだ」


親方がパッと手を放し、引きずられていた態勢からベクトは立ち上がる。なぜ引きずったのかと聞きたくもあったが、先に親方の話を聞くことにする。


「ディアイ?」

「ホントに遺跡の代物なら中身を見なきゃならんだろ。お前探索者について知らないのか?」


遺跡の代物だから見ないといけない?別の職業の安全管理だなんて知るわけがないだろう。壁作るのが仕事な奴が本の保全方法を知っている訳が無いのと同じことだ。

こういう時は知ってるフリをしても意味がない。二度手間は面倒なので素直に答える。


「酒場で話聞いてただけです」


ベクトの返事を聞き、親方は歩き始める。横に並ぶようにベクトも追いつき、親方に今から何をするのか聞いていく。


「簡単に言うと、遺跡の代物は危険かどうかも分からんから、探索者達の中の解析班ってやつらに話を通さなならんのだ」

「これもそうだと?」

「当たり前だ馬鹿」

「面倒だなぁ」


今までドカタとしか生きてこなかったから必要な知識しか持ってなかった。生きるのに十分だったからだ。だから探索者がどういった働き方をしているかなど、どうでもよかった。そのツケが今になって回ってきているのかもしれない。


ただツケというには軽すぎるものではあった。親方の言葉がそれを裏付ける。


「その面倒が終わったら遊んで暮らせるかもしれんぞ?」


驚きに目を見開くベクト。その日暮らしとまではいかないが、次の日仕事なかったどうしようというレベルの暮らしだったのだ。それがいきなり遊んで暮らせるような大金が手に入るとなれば驚かない訳が無い。


「え、何で?」


知らないことが多過ぎる上に察しも悪いベクトだ。災害獣ダイガードによってもしかしたら命を落としていたのかもしれないのだからと、答えない理由もなかった。


「災害獣を討伐だが撃退だか知らんが、被害を出させなかったんだ。報奨金があるのは当然だろ」


全て壊されれば年単位で復旧している壁なのだ。それがほんの一部だけで済んだともなれば、何かしら報奨を渡さない訳はない。直属の上司である親方でさえそう判断しているのだ、さらに上が判断しないなど許されないことだ。


「……嘘?」


あまりのことに信じられない。災害獣を討伐したのはアースがやったというのがベクトの認識だ。被害を出さずに守り切ったというのはベクトの指示通りだが、過剰過ぎる評価のようにも感じていた。


ベクト自身の手で行った偉業ではない、あくまで動いたのはアースだ。まるでアースの手柄を奪ったような形であり、分不相応と言いたかった。アースがいればベクトの手柄なのだから正当な権利だと口にするが、今この番にアースはいない。渋々ではあるが受け取らざるをえなかった。


「嘘な訳あるか。お前の月給百年分くらいは貰えるだろうよ」

「ひゃく!?」


ただ額が額だ。ベクトが一生かかっても手に入らないであろう金額がそのままベクトの下へ届くことになる。少しは増長しても許されるような感覚に、どこか特異気な気分になってしまう。


「ガハハハッ!そんだけの功績だってことだ。素直に喜んどけ」


笑いながら告げる親方の言葉にベクトは表情には出さないが浮かれていた。アースの功績だということは分かっていても、受け取るものがものだ。しかも当分は復旧のため、働くにしてもいつも通りだ。いつも通りの生活にお金を使っても問題ない日常となれば気分が良くならない訳が無い。




鼻唄でも歌うような雰囲気で親方に付いて歩いていく。親方が思案顔になって小声で話していたことにも気づきもせずに。


「アースとやらがベクト以外に動かせるなら話は変わるな。遺跡の産物ならおそらく不可能。いや、あるいは……」

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