第7話 アースVSダイガード 後編

アスエル・ミーアが災害獣を討伐する戦闘は二段階に分かれる。無力化するフェイズと、殺戮するフェイズだ。

前者は災害獣の特性や弱点を把握しつつ的確な攻撃を仕掛ける戦い方をする。後者は……機械の如く無機的にただ有効な攻撃を叩き込み続けるだけだ。


目の前にいる災害獣は十数分は無力化されたと言っても過言ではない。アースが第二フェイズに移行する判断を下すのも当然だった。


「アース!?」

「ベクト、ごめんなさい。ここから先は見てはいけません」


ベクトの心配をアースは拒絶する。言葉からして善意からくる行動だと分かるけど、あんまりにも突然すぎる。今から惨劇を引き起こすとしても相手は災害獣だ。そんな心配されても困るだけだって言うのに、どうして?


視界共有さえも機能停止させ、アースは表情を無表情へと変える。瞳に光は消え、ただ殺戮をこなすだけの存在へと切り替わる。白い手袋は黒く変色し、髪が紅く変わっていく。


「武装変形、剣より槌へ」


アースの体長程あった剣が形を変え、槌へと変貌する。質量も増大しており、柄の長さは体長程のあるが頭の大きさが体長の半分程もあった。


槌を思い切り振り上げ、アースはその場で全力で振り下ろす。同時に転移し、倒れているダイガードの身体へと直撃した。


「砕けろ」


ガガン!と鈍い音と大気に走るほどの衝撃が周囲に走る。ダイガードの皮膚は魔法で鉄どころではない硬さをしていた。鋼鉄すらも超える硬さだ。


アースは重力魔法の解除といった、身体に関わらない外部の魔力なら解くことで無力化できる。重力魔法を解いたのがいい例だ。


それは身体に関わらない外部ならの話であり、身体の内部に関わる魔法は不可能だ。だから最初の攻撃は中心に近い身体を貫通させ、外部扱いにすることで干渉できるようにしたのだ。


大気に逃げた分以外の、直撃した衝撃は身体を通し、貫通した穴へと伝わっていく。


「砕けろ」


アースは再び振り下ろす。転移し、衝撃が同じ方向から中心に集まらないように角度を変え、同じ威力の打撃を打ち下ろす。中心へと走る衝撃は共鳴を起こし、周囲に走る衝撃を大きくしていく。


一撃目と共鳴させた形だった。今やダイガードの身体の中心はアースが支配していた。本来なら衝撃は蓄積されないはずだが、物理法則すら支配するアースの魔法が身体の中心に衝撃を蓄積させていた。共鳴も同様に、起き得ない増幅となって威力を増加させる。


「砕けろ」


アースは再び転移し槌を振り下ろす。二度目の転移と同じように別の角度から打撃を叩き込み、衝撃を中心へと走らせる。


表情は変わらない。今のアースはただダイガードを討伐するためだけの機械工具であり、使用者は本能に刻まれたプログラムだ。


「砕けろ」


再び転移し、打撃を叩き込む。中心に走る衝撃はダイガードの身体をきしませるほどの音を響かせていた。五百メートル近い身体が内側から震え、今にも弾け飛びそうだった。


「砕け散れ」


ダイガードを討伐するだけの存在が再び転移し、槌を振るった。衝撃が走り、中心に走っていく。

既に弾け飛びかけていた身体だ。更なる衝撃を加えればどうなるかは自明だった……はずだった。


「G……GI……!!」


ダイガードは動かない。代わりに身体が弾け飛んだり、砕け散ったりすることはなかった。

ダイガードとて災害獣である。災害獣には災害獣なりの矜持があった。追い詰められても、限界を超えて諦めないという矜持が。


しかしその矜持ごと災害獣を討伐する存在こそがアスエル・ミーアだった。


「弾け飛べ」


腕に毛を燃やしていた炎を纏い、指をそろえて貫手を叩き込む。槌を振るった箇所へと、矜持を貫く一撃が見舞われた。


バキリという音が鳴る。内部が衝撃で満たされており破裂限界だったところに、貫手という衝撃の出口が作られたのだ。出口の近くから身体が壊れていくのは当然だった。


「武装格納」


転移によってガウトリアの方へと近づき、バキリバキリと壊れていくダイガードにアースは備える。武器を格納したのは、持ったままだと吹き飛んでガウトリアに飛んで行った時の被害が大き過ぎるからだった。


「GI」


断末魔、ダイガードの最期が訪れる。ガウトリアとは反対側から打ち込まれた貫手からガラガラと身体が崩れていく。衝撃で身体を弾け飛ばそうとしなかったがために、身体の内部で破裂した形だ。貫手が亀裂の先駆けとなり、破裂した身体が崩れていっていた。


アースの手袋が白くなり、髪が元の黒色に変わっていく。瞳に光が戻り、ベクトとの通信も再開された。


「ベクト、見ていましたか?」


震えるようなアースの声。ベクトを怖がらせた可能性を恐れているのが見え隠れしていた。

知覚速度が同期できていない以上、ベクトに伝わっていたのはせいぜいが二秒以上留まっていたタイミングでの風景のみだ。


全ての同期を解除していたのだ、触覚も同期できていない。まるで別地点の動画を見ていたようにベクトは感じ取っていた。


「景色が何度も切り替わって気づいたら今だ。何したんだ?」


他人事のようにベクトはアースへと問いかける。アースの視界を共有こそしていたけど、切り替わる速度が速すぎた。超高速で移動したりいきなり切り替わったりと、どこにいるのか分からなくなったくらいだ。アースの中にいるのか、どこか別のところから彼女の動きを見ているのか分からない錯覚に陥ったのだ。


アースのことを信じることでアースの中にいると頭の中で理解しても、突然アースが同期を切ったのだ。安全のためになんて言って他所に移したとしても納得できるものがあった。


「アースの中にいたんだよね?」

「ベクトならずっといました。アスエル・ミーアの使命に駆られた私を見せたくなかったので、同期を切りました」


アースの事情が一言で伝えられる。本性を見せたくない、アースが言っているのはそれだけだ。会って間もない僕との関係を壊したくないということなのだろう。


僕としてもアースとの関係が壊れるのは困る。災害獣を討伐して放置でもされたらガウトリアが壊されるのだ。友人というよりも、やらないといけないから関係を作る形であり、仕事のような関係ではある。

仕事なら仕事のように叱るのもまた一つだ。僕は溜息を一つついた。


「突然が過ぎる。次があれば言ってから切ってくれ」

「はい」


しょぼくれたアースの声は反省してますと暗に告げていた。これでガウトリアに被害が出ていたら本気でアースを怒っていただろう。


僕の考えに配慮してくれたのか、視界がガウトリアに向けられた。空からガウトリアの街並みを見るのは初めてだが、土煙が起きたり火事が起きている様子はない。衝撃に驚いたのか、倒れている人は空からでも見られる程だが。


「被害はない、か。ちゃんと守ってくれたんだね」

「ベクトと、その未来のためですから」


振り返り、視界が朽ちていくダイガードへと向けられる。身体が半分以上崩れ、崩壊の速度がさらに上昇していっていた。

アースはもう何もしていない。にもかかわらず放った攻撃の衝撃は散ってすらいなかった。


「何したんだ?」

「力魔法、数千年以上の……旧時代に存在した魔法です。自身にかかる力や、干渉可能な空間にかかる力を自由自在に操ることができます。共鳴させた衝撃を威力を減衰させず、常に放ち続けるようにしただけです。ダイガードが死ねば止まります」


遥か昔、旧時代に存在した魔法。現在では失われた魔法であり、遺跡から稀に凄まじい力を持つことだけ示唆されるものだ。中には災害獣すら容易に屠れる魔法すらあったと言う。僕の知っている知識はそれだけであり、アースが使えるとは考えすらしていなかった。


戦いが終わったらアースのいた遺跡に戻って調べたいことが多い。学のない僕だが、アースが何ができるのか、できないのかを知らなければならない。突然同期解除されるなんて知っていれば、アースに信用しているか疑うような目なんて向けなくていいはずだったのだから。


ダイガードが身体の全てを崩壊させていく。再生していた部位も、走り続ける衝撃が即座に破壊を加えていた。朽ちていく身体は与えられた衝撃が粉々にし、荒野の風がさらっていく。

そしてダイガードは粉々になり、ガウトリアの南の荒野から姿を消した。


「これにて討伐完了です」

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