第6話 アースVSダイガード 前編

一分ほど前のことだ。アースが転移した先は地上から数百メートルの空の上だった。五十メートル近い巨体が転移するのに、アース基準で細々した物が多い地上は転移しづらいのだ。


転移魔法はベクトを地割れから助けたときから解放されている機能だ。現代では存在すら失われている魔法だが、アスエル・ミーアが創られた時代では在って当然の魔法だった。


「おわっ!?いきなり何が起き、ってガウトリアかここ!?」


アースの中に入り暗転したら空の上にいた。視界はアースのものになっているらしく、眼下にはガウトリアが見える。

何を起こしたのか分からないが、アースがやったのだ。僕が地割れから助かった時と同じ魔法だ。任意で使えるとしたらとんでもない魔法だ。


「あれがダイガード?」

「はい。これより撃滅に入ります。」


両手に白い手袋という武装を展開したアースは眼下に見える災害獣を睨みつける。ダイガードもアースを認識したらしく、こちらに向かって咆哮していた。


「アース、威力は真下に逃がすか、東か南に逃がせ」

「では初撃は真下に流し、南から都市の外へと追い出します」


アスエル・ミーアという種族においてパートナーとは生体パーツだ。パートナーが操縦するようなものではなく、動くことさえできはしない。パートナーとはあくまでアスエル・ミーアが動くための鍵の一つ。アースにはベクトの意思さえ無視して行動できるのだ。


「分かっ」


ベクトの了承を待つ必要もないということだ。浮遊魔法を解き、身体を下へと向けたアースはダイガードへ両の手の平を向けて落ちていく。重力を強化する魔法や風を操作する魔法を使い、一秒と経たず地上へと堕ちていく。


「死になさい」


手袋から緋色の魔力が放たれ、アースの全身へと纏われ槍の穂先のような形状へと変わる。槍の穂先は向けられていた口からダイガードの身体を貫き、大地に突き刺さった。


槍の穂先は大地を掘り進みガウトリアがの南の地上に出る。ダイガードの注意を十分に引けたらしく、進行方向が荒野である南へと向いていた。


「武装展開、天帝アーラスの剣」


ガウトリアから三キロメートル程離れた場所でアースは魔法陣を手の平に展開する。魔法陣からアースの体長はありそうな、武骨な剣がズズズと這い出るように出てくる。


体長程もある剣をアースは片手で振るう。魔法により物理法則には捉われない剣だ、軽く振るうだけで風が真空に引き裂かれ、周囲の空気が戻ろうと強風が巻き起こっていた。


巨体のダイガードは蜘蛛のような体躯をしている。口が真上に付いていることや足が数十本あるという違いこそあるものの、体躯そのものは蜘蛛なのだ。全長で言えば五百メートル近いものの、身体に比べて足や口は遥かに小さい。

小さいというのは、災害に等しい力を持つ者たちからすれば弱点もいいところだった。


「まずは足です」


物理法則に囚われないのは何も剣だけではない。アース自身もその気になれば自在に操作できるのだ。

向かってくるダイガードに向け、アースはロケットのように風魔法で加速する。剣先を後ろに下げ一撃で振りぬく姿勢のまま、ぶつかっても構わない加速で前進する。


「左からですね」


直撃する瞬間、アースは転移した。ダイガードの後方へと。物理的加速はそのままに。


加速を保ったまま別の場所に現れたのだ。ダイガードは足の間に目を持っており、全方位に向けられる。しかし全方位の目を持ってしても、突如現れたアースに対応することはできなかった。


ダイガードの左側の足が斬られていく。突き進むアースは振るった剣をそのままに、加速の勢いで貫くように裂いていく。


「GII」


口を貫かれ、再生もできていない。ダイガードの口からでた音がアースの表情を綻ばせる。斬った足が大地に散らばるも、二つに別たれたものは全て発火し、燃え尽きて灰になって居た。貫き穴が空いたものはなんとか繋いでいたものの、次々と巨体を支える足が貫かき斬られ、自重により千切れかけていた。


「これで左は全部」


剣を振り切り、視認していたダイガードの左側の足を全て斬った。アースの認識は間違っていなかった。


ダイガードにあった左側のあしは大半が灰になって風に吹かれて消えており、残った足は自重を支えるのにプルプルと震えていた。貫いた足の中には再生し始めている足もあるが、まともに歩けるようになるのには数分から十数分は必要だった。


ここまで動いてアースはハッと気づく。ベクトから返事が全くないこと、その原因に。


「……しまった。知覚速度同期」


アースとベクトの知覚速度は違う。仮に音速のボールが飛んでくればベクトは何もできずに死ぬが、アースは認識してキャッチボールすらできる。


今はベクトがアースに搭乗しており、痛覚以外の五感は共有できる。しかし共有できてもベクトの中で処理速度が追い付かないのだ。ベクトからすれば何が起きているのか、理解さえできていなかった。


「アース、何がどうなって目の前の光景になってるんだ?」


僕の認識ではアースが地上から堕ち、南に移動し、ダイガードに剣を構えたところまでしか分からなかった。まるで時が飛ばされたような感覚だ。


アースの巨体を人のように動かそうとすれば魔法が必須なのだろう。僕には魔法が分からないためにアースが何をしたのか理解ができない。


アースはフッと微笑んでベクトの問いに答える。仕方ないと言いたげだが、ベクトとは視界が共有されているためベクトには知ることはできなかった。


「剣で左側の足を斬りました。南に寄せているので問題ないでしょう?」

「倒した後に寄ってくる災害獣が町に近づき過ぎるのは面倒だ。もっと南に行けないか?」

「善処しましょう」


僕の言葉に答えるも、アースの声は可能ならば行うくらいの声色だった。

既に二キロメートル近くはガウトリアから離れている。ダイガードの巨体も町から離れ、動くだけで起きる地震も弱くなっていることだろう。被害を減らすという意味では既に十分とすら言えた。


「GIIIIIAAAAAAAAAAAAAA!!!」


再びダイガードが吠える。体毛がうねうねとうねり、生きた鞭のようにアースへと殺到する。魔法によって伸縮自在になっているのか、空に浮かぶアースの真下や真上からも襲い掛かる。


アースの視線は蔑むようなモノに変わっていた。アースの思考回路では既にどうやって討伐するかが決まったのだ。


「毛は邪魔ですね、燃えなさい」


アースが邪魔だと言わんばかりに軽く剣を一振りする。影響はすさまじく、周囲の温度が灼熱染みた暑さまで引き上げられた。そして空いている手で指をパチンと鳴らした。


温度が熱に収束するように、向かってきた毛が全て燃えていく。燃えている毛は体まで燃え広がり、ダイガードの身体が灼熱の炎に呑まれていく。


「次は右です」


先ほどと同じ攻撃をアースは仕掛ける。ダイガードは左側の足がマトモに動かず、身体は炎で燃え盛っている。無数の目も灼熱の炎の影響で開けることはできなかった。


加速し、剣を構え突進する。加速を保ったまま転移し、後方に周りダイガードの右側の足を斬り貫き突き進む。


ダイガードの身体が自重に耐え切れず、地面へと落下する。巨大過ぎる身体を支えるのは足だけではない、魔法を使って重力を弱めてもいた。足の全てが斬られても支えられる程のものだ。今のダイガードのように、左右で数本しか残って居なくても自重に耐え切れないということはないはずだった。


原因は相手が悪かったことだ。アースは物理法則を魔法で捻じ曲げて戦闘を行う。その気になったアースには音速を超える衝撃も干渉できない。アースは魔法を応用し、ダイガードが自らの周囲に展開している重力魔法を解いただけだった。


後は身体を破壊すれば討伐は終わりだ。アースはぼそりと呟いた。


「……知覚同期、解除」


ベクトの知覚速度が落ちる。アースと同じ速度だったのが、ベクト本来の速度へと変わる。アースはこれから行う、戦いですらない行為を見せたくなかった。

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