第3話 遺跡
地割れに吞み込まれ、僕というちっぽけな存在は死んだ、はずだった。少なくとも自然落下が数瞬続いたのは覚えているし、それだけの速度なら落下した衝撃で死ぬことは確実だった。
「夢?……いや、違う」
立ち上がり、頬を引っ張って痛みを確認する。頭がよくない僕にはこれが夢である可能性くらいしか思いつかない。痛い、違うみたいだ。
周囲に見えるのは、ぼんやりと光るコケ、道を作るかのような岩の配置。洞窟の中にいるらしい。光るコケは前に進めば明らかに量が増え光が大きくなり、後ろに進めば逆に減り光が小さくなる。
「何かある?」
死ななかった理由があるなら、きっとそこにある。何故か直感で感じ取れた。魔法ではない、単純に勘がそう告げていた。
光量が多い方へ無造作に歩く。夢現のような状態であり、警戒など何もしていなかった。死んだはずが今生きている。なら警戒してすぐ死んでもさっき死んだのと同じことだ。
誘われるように──否、誘われてベクトは歩みを進める。誰に誘われたのか、歩み進んだ先に、答えはあった。
「これは……!?」
目の前に現れたるは大きな扉だ。それも十メートルを超える巨人族どころか、更なる巨体を持つ者の扉だった。
現実だと思えない、真っ先に出た印象だ。何せ見ただけで城壁の高さすら超えると分かる大きさだ。しかも扉ということは、そのサイズの何かが出入りすることを意味する。
多種族国家であるガウトリアには巨人族もいる。だが巨人族が語る最も大きい巨人が三十メートルとも聞いていた。この扉はそれすら容易に超える。
馬鹿でかいとしか形容のしようがない扉の周囲を見回すと、不自然な光景があった。
「開いた形跡がある?」
扉なのだ、開け閉めできるようにしてあるのは当然のことだ。これだけ巨大で外開きなら外の地面に跡がついてもおかしくない。
問題は跡が残っていることだ。遺跡のような設備では、作業した痕跡を風魔法で消されていることが多いと酒場で聞いたことがある。ここが遺跡なのだとしたら痕跡が消えていないのが不思議でならない。
巨人族所縁の地で巨人族が風魔法を使えなかったというなら分かる。しかし洞窟の中という時点で巨人族ではない。巨人族は狩猟民族なのだ。
巨人族を超える扉、そして風魔法を使わない者達の関与、意味不明もいいところだ。災害獣を封印している?それなら風魔法が使わない理由がない。むしろ警鐘を鳴らすような仕組みがあって然るべきだ。
警鐘を鳴らすものは周囲にない。となれば中に入っても問題はないはずだ。
「中に入るにはどうすれば」
扉を開くという選択肢はない。スケールが違い過ぎて、開くと考える方が馬鹿らしい。
もしこれが巨人族に関係ないなら、どこかに通用口のようなものがあるはずだ。だが扉の周囲には何もない。周囲を見回してもそれらしきものは見当たらなかった。
「扉を開けと?冗談にしてほしいね」
不可能と分かっているものの、扉の目の前に立ち、開けと願いつつ手を伸ばす。
「は!?」
扉に体重をかけるように手を伸ばしていたため足も一歩前に出る。しかし足もまた扉をすり抜けた。
ゴクリと唾を飲み込み、身体ごと扉へと歩を進める。身体も手や足同様にすり抜け、扉の内側へと入ることができていた。身体がおかしくなった感覚は無く、さっきまでと同じだった。
「暗い?」
扉の内側は暗闇だった。光るコケどころか灯りが一つもない。洞窟の中にある場所なのだから、準備しなければ灯りがないのは当然だ。
言い訳をするなら外に光るコケの存在だ。明らかに扉へ誘導する配置である以上、扉の内側に入れる者達が仕込んだとしか考えられない。であれば中が暗闇なのは不自然だった。
「後ろが扉。真っすぐ歩いてみるか」
どうせどこに何があるのか分からないのだ。目の前が谷で落ちて死んだとしてもさっき地割れに吞まれたのと同じこと。なら闇雲に前に歩くくらいで恐れることはない。
暗闇の中を一歩一歩確実に進む。扉で前に体重をかけてしまった時とは逆だ。今の立ち位置から一歩先が落とし穴になっていないかを確認しながら進む。
百歩程進んだところだった。進んだ足は壁にぶつかっていた。いや、足先だけは壁にぶつかっていた。暗闇に手を伸ばしても空を切るだけ。だが足先には何かが当たっている。多分台座のようなものがあるのだ。足先に手を伸ばし、壁へ指先を当てる。胸の高さまでなぞると、そこで奥行きを感じ取れた。
「何かの設備?。……あ、階段か?」
指先を奥行きの方へと向ける。まるでテーブルを掃除するように、手が遠くまで伸びきる。肩を入れてさらに手を伸ばしても同じような感触だった。
「段差ではあるみたいだ」
壁が作れるならと、階段を作ったことはある。この段差がおそらく階段ではないことはそこから分かった。階段を作った時は巨人サイズではなく人やエルフのサイズだったが、二十センチくらいだった。身長が百六十くらいだから、だいたい八等分したくらいだ。
階段だとすればこの高さの八倍がおおよそと検討はつくのだが、せいぜいが巨人サイズでしかない。扉とサイズが違い過ぎる。
「ん?」
土魔法を使って階段を作ろうとしたが、使えなかった。これも酒場で聞きかじった話だが、魔法が使えない空間なのかもしれない。遺跡で稀にあるらしいが、魔法で身体能力強化をしたりするのが行動の基本のため、遭遇したら即撤退と言われるものと聞いている。仮にここがそうなら土魔法が使えないのも納得だ。
「仕方ない。んっ!」
段差を筋力だけで無理やり上がる。一段くらいなら疲労してない身体と勢い任せでなんとかなる。これがぶら下がっている状態から筋力だけで上がれと言われれば無理だっただろう。
魔法無しでそれができるのは、探索者と言われるガウトリアの外に出て遺跡を探したりする連中だけだ。彼らは災害獣から逃れるためにどんな能力でも身に付ける。基礎能力だけで言えば巨人族とすら渡り合えると言われている化け物だ。
もちろん僕はそんな化け物ではない。筋力で言えばガウトリアでも下から数えた方が早いだろう。
段差を一つ乗り越えても暗闇は変わらなかった。数歩程確認しつつ進んでも変わる気配はない。
「どこに行けば……。……っ!?」
前へ歩くという行動は変えていない。だが、何かが起きたのは即座に理解できた。どこからか反響するような音が響いてきたからだ。
原因は分からない。段差を上がったからなのか、扉から歩いた歩数なのか、魔法を使おうとしたことなのか、はたまた偶然何かスイッチを押したからなのか。
分かることは地面に緑に発光する線が幾重にも走り渡り、周囲をぼんやりと映し始めたことだけだ。
「何がっ!?」
「起動シーケンス開始」
謎の音声が周囲に反響する。同時に緑の発光していた線が天井とおぼしき場所まで到達した。少しずつぼんやりとした光が明るくなっていく。まるで赤子がゆっくりと目を覚ますのに合わせるような、優しい光が注がれてく。
周囲を見回すとまるで草原のような緑色の風景の中にいた。壁があるはずの場所もその先に草原があるような風景しか見えない。
どういうことだ?ここは洞窟だったはずだ。扉の中は暗闇でありそれは明らかだった。人為的な光からこの風景は生まれた。なら魔法だろうか?こんな魔法があるのか?見ただけで高位なものだと分かる魔法だ。ガウトリアでは見たこともない。
「一体何が?!」
周囲の風景は草原のまま、進んでいた正面の方向だけ景色が変わっていく。草原から荒野へ、そして暗い星空の下へ。
「シーケンス第一段階『ミライノカタチ』完了。第二段階に移行します」
星空が爆発したかのような強い光が照らされる。光は一瞬だったが、あまりの強さに目を閉じてしまう。
そして目を開くと、目の前に巨大な人型の何かが座っていた。力無く座る人形のようだが、座っているだけで天井に付きそうなほどの巨体、正面からはほぼ足しか見えない姿。人型であり顔があるが、それだけでは人であるとは言えない。背中に大量の管らしきモノが見えるのだ。災害獣が人の形をしているだけかもしれない。
けれどこの人らしきモノが災害獣でないのはこのあとすぐに分かった。
「こ……れ……は…………」
「シーケンス第二段階『アスエル・ミーア』完了。第三段階に移行します」
右手首に衝撃が走る。何かが飛んできて思い切り後ろに引っ張られたような衝撃だ。吹き飛ぶほどの衝撃ではなく、少し態勢を崩す程度のものだった。
右手首へと目を向けると、そこにはリストバンドが着いていた。綺麗に一色で染められた布のようなもので作られており、まるで重さを感じない。手首の外側に緑に光る円状の印が描かれている。それはいつの間にか足元に印されていた印と同じモノだった。
印が光り、リストバンドが熱を持つ。火傷したかのような熱さに思わず左手で抑え込んでしまう。
「っ!?」
熱さは一瞬で収まった。代わりにまるで魂に刻み込むような熱さが胸に届く。同時に彼女が災害獣などという存在ではないことを確信する。
魂同士が繋がるような感覚。魔法ですら魂に干渉するものは見つかっていないというのに、何故かこれが魂の繋がりなのだと理解する。さらにはアスエル・ミーアという種族が、災害獣と戦うために存在するという知識が無理やり頭に叩き込まれた。
「シーケンス第三段階『カントラクト』完了。最終段階に移行します」
周囲の風景が再び切り替わる。謎の音声が鳴る前の緑色の発光した線が走る光景だ。だが初めの時とは違い、暗闇ではなく真っ白い空間だった。白い空間には銅像が一つ立てられていた。人、エルフ、ドワーフ、フェアリー、ジャイアントの全ての特徴を持った人型の銅像だ。
銅像が姿を現すと共に、アスエル・ミーアの背中に繋がれていた大量の管がバシュという音と共にどんどん外れていく。まるで囚人が付けていた枷が外れるように、少しずつ彼女の肌の血行が良くなっていく。
同時にリストバンドが少しずつ熱を持つ。彼女の鼓動と同期しているかのように、熱が起きたり収まるのが繰り返される。
恐ろしい、本当ならそう思うはずだ。これだけの巨体が動けば僕は踏み潰されて死ぬだろう。けれどそんな感情は全くと言っていい程無い。彼女が僕に害を為すことだけは絶対に無いと言い切れるのだから。
「シーケンス最終段階『デイブレイク』完了。起動シーケンス完了。アスエル・ミーア、起動します」
右手首を彼女へ掲げる、僕はここにいるのだと示すために。
アスエル・ミーアは少しずつ目を開いていく。眩しい光から少しずつ目を慣らすように、少しずつだ。目を開いた彼女は微笑みながら僕へと口を開いた。
「初めまして、ベクト・ワーカイ。私は機工種アスエル・ミーア。名はアース。あなたの未来を繋ぎます」
靡くような黒髪、整った顔立ち、大きな胸にくびれた腰、大きいお尻。それにスラッとした足。五十メートル近い大きさという一点を除けば、ベクトにとって理想の女性像のような存在が目の前に現れた。
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