起動

第2話 ベクト・ワーカイ

壁を作る。壁を作る。壁を作る。魔法を駆使し、壁を作り続ける。土魔法しか取り柄のない僕にはこれしかできることはない。魔力量も少ないから水分補給代わりのポーションは必須だ。


「おいベクト!次はこっちだ!」

「はい」


自分より年上のセーデキムに指示を受け、全ての荷物を持って……ポーションを持って移動を始める。それ以外に荷物が無いのはドカタと呼ばれる職だからだ。


ここは多民族都市国家ガウトリア。その都市を守るための城壁に、ドカタの僕はいる。ドカタの職業がやることは修理すること全般であり、城壁の修理・増強も担っている。


それだけ聞けば立派な職業にも聞こえる。だが実態はただの便利屋だ。それも荒事があった後専門にも近い。この職業にしか適性がないと言う者もいるが、総じて社会基盤の最底辺にも等しい。土魔法なんて誰でも使えるのだから。


さらにの世界には災害獣という災厄の権化が存在する。姿形はどいつもこいつも違うが、奴等がもたらす被害はだいたいが町を壊すことだ。地震で壊す、津波で壊す、マグマを降らす、森林へと変化させる、どれも結果として町を壊すことに違いはない。つまり僕達の役割はその復旧が大半であり……仕事が無くならない職業なのだ。


仕事が無くならない上に誰でもできる職業。それらの要素は足すと社会の役に立たないやつらに任せるような仕事です、そう言っている以外にない。


「セーデキム、次ってどこですか?」

「少し歩くぞ」


先行してあるくセーデキムについていく。城壁はなにも町を中心に円状に作られている訳ではない。川に近い方では堤防のように土地の高さがあり城壁もせいぜい一枚あるだけだ。対して平原に近い方は何枚もの城壁が重ねられている。


これは災害獣がその方角からやってくるものがいるからだ。理由こそ不明だが、ガウトリアは災害獣が中心の町には襲ってこないという場所に立地している。そのため住人は中心の町を基盤に周囲に町を広げていっているのだが、広げた先で災害獣が襲ってくることはあり得ることなのだ。


結果として、襲ってきた方向には城壁を何枚も置いておくことで人が住めないようにし、災害獣が襲っても問題ないように町を作っていた。代わりにドカタの仕事が大量に増えることになったが。


「ここだ。城壁をもう一層増やすらしい」


さっき居たのは中心から南東の方角のところだったが、さらに南寄りの場所だ。南は草原が見え、その先には荒野がある方角だ。災害獣が頻繁には来ないが、数キロ先が災害獣の通り道のため影響が出るような場所だ。定期的に復旧作業がある場所だが、それ以上の価値はないはずだ。


セーデキムも同様の感想を抱いているようで、渋い顔をしていた。


「冗談でしょ?壁を作るにしても所詮障害物に過ぎないんですよ?無駄もいいところだ」

「障害物が厄介なら迂回してくれるかもしれないだろ?お上にそんなアホな考えのやつがいるらしい」

「馬鹿げてる。災害獣がそんなこと気にするわけないでしょ。避難を急ぐように魔法の教育でも進めた方がマシだ」


災害獣は災厄の権化だ。いや、そんな言葉ですら生温い何かだ。遠くから見かけるだけでも、山脈が動くだとか、湖が干上がるだとか、動くだけでも地形的影響があるのが分かる化け物だ。


山を背負う亀は歩けば地震が起きるし、川の下流の先にある湖の魚は泳ぐだけで河川に逆流を引き起こす。近くの川より土地が十数メートル高くなっているのはそれが原因だ。土地の低い方から高い方へ流れる河川だなんて考えもつかないが、不定期でよくあることなのだ。


そんな災厄の権化が僕みたいな人やセーデキムさんみたいなドワーフまじりを気にするか?あり得ないと言い切れる。彼らは生物としての格が違うのだ。だから避難は重要なのだが、お上の行動は遅い。亀の方が早いと思うくらいだ。


あり得ないことだが格の違う災厄から……例えば僕の命と引き換えに災害獣を撃退できることがあれば、英雄として扱われるのは間違いない。

底辺にいる僕程度でも言い切れる事実だ。


「俺もそう思うよ。けどやらないといけないのが現場なんだ」


お上というのはガウトリアを統治する三人の偉いやつらのことだ。国家の一番上が災害獣に殺されたらマズいからと保険のために三人いる。もっとも、三人が三人全員災害獣の認識が違うから派閥がどうこうって話があるらしい。

で、今回は災害獣を一番楽観視してるアホ、パンク・エルレ―ドの指示のようだ。


こんな仕事呆れてやってられない。けれどこれ以外に僕の仕事はないのだ。まったく……、ストレスが溜まって仕方ない。


「はぁ……帰りに酒飲みますか」

「ん?、まだ昼過ぎたばっかだが。あ、お前のオゴリか?それならいいぞ」


ハッと鼻で笑い否定を示す。セーデキムとは三年近い付き合いで、かなりの酒豪であることも知っている。一度奢ることになって酒代にブチ切れたこともある。

その時は次の日から一週間僕に酒を奢るよう要求して成立した、なんてこともあった。


「んなわけないでしょ。こんな仕事やってんだから、酒でも考えないとやってられない」

「ははは、全くだな。最近お気に入りの酒場だろ?お前あそこの嬢ちゃん、リリアンだったか?に惚れ込んでるもんな」


ピシリと石のように固まる。なぜ知っているのかと問い詰めたいが、それより先に否定が先だ。お気に入りの女がいるなんて、セーデキム達ドカタ同僚からすればからかういいネタなのだ。


「そ、そ、そんな訳ないじゃないですか」


ところが僕は動揺していると、吃る口が答えていた。クックックとセーデキムは笑い、僕の肩をバシバシと叩く。


「ルーバスに聞いたぜ?友達は選ぶことだな」

「あんの野郎!」


思わず目の前の城壁に拳を叩きつける。僕の非力では壁がびくともしないのは、壁を作る僕自身が一番よく知っている。


ルーバスはドカタの同僚だ。口が固いからと漏らしたような覚えは確かにある。自分がお気に入りの女と同棲しているから、何かアドバイスでもないかと聞きに行った時にポロッと言ったはずだ。


「今度あいつの家の壁増量してあげます」


ただドカタの僕にできる嫌がらせなんてたかが知れている。ルーバスは長身で偉丈夫といった風貌だ。身長も一回り低い僕だと、肉体言語でやりあえる訳がない。やれるのはせいぜい少ない魔力で地味な嫌がらせするくらいのものなのだ。


「地味だが悪質過ぎるぞ。お隣さんにも迷惑だろ」


笑いながらセーデキムは答えるも、やってはダメとは一言も言っていない。この辺りがドカタの同僚らしいところだ。

喧嘩するなら勝手にやれ、でも他人は可能な限り巻き込まないようにしろ。それがドカタ同士が喧嘩する時のルールだ。


「あいつもドカタだから実行犯なんて分かりませんよ」

「だから悪質過ぎるって言ってんだよ」


同じ職業のやつが二人いたらどっちが実行犯なのか分からない。気まぐれに壁を増やすなんて、仕事で区画整備でもしていればよくあることなのだ。


「そろそろ始めるぞ。お前はあっちから。俺は逆側から作っていく」


セーデキムが西側の方を指さす。僕が西側から壁を作り、セーデキムが東側から作っていく形だ。

ドカタは基本的にツーマンセルだ。壁作りはミスすると頭上から石が落ちてくるなんてこともよくある。

一人だと動けないが、二人いればもう一人が助けてくれる。そういった保険と、効率性のためだ。一人ではどこからどこまで壁を作ればいいか分かっても、意外と距離があったり、角度が間違うことも多かった。だから二人で両側から作り、角度調整を行いつつ作るのだ。


「分かりました」


セーデキムの指示を受けて西の方へと歩いていく。軽く振り返るとセーデキムが東の方へ歩いていくのが見えた。

今回は外壁じゃなく、既にある壁に追加して厚みを増すための壁だ。六層にもなる壁の厚さに、さらにもう一つ加える作業になる。


「さて始めよう」


いつも通り壁を作る、それしか僕にできることはないのだ。ポーションを飲みながら土魔法を行使し壁を作っていく。


それから三時間程の時間が経った。セーデキムは中央まで作りきり、僕はあと二百メートルの位置まで壁を作っていた。セーデキムはこちらが終わってないことを見、すぐさま眠り休息に入る。


「日が落ちる前には終わるかな……」


昼過ぎから始めた作業だがこのペースならあと一時間程度で終わる。そして日が落ちるのは早くても二時間後なので、壁の確認を一時間かけて行えば作業は完了する。

ペース配分から問題ないと判断した、その時―大地から轟音が鳴り響いた。


「っ!?」


即座に城壁から離れ、地面へと身体を伏せる。目を向けるとセーデキムも同じように行動していた。


「地震が来るぞ!警戒しろ!災害獣かもしれん!」


地面が揺れる。少しずつ勢いが増し、城壁の一部分が欠けて城壁の真下に落ちる程に強くなる。この程度で収まれば災害獣が近くを通っただけで被害も特にないはず。

地震の最中、二人は匍匐前進で少しずつ城壁から距離をとる。これ以上強い地震になれば揺れの力で城壁が飛んでくる可能性があるのだ。


だが二人を割いたのは城壁という上からの衝撃ではなかった。地面に亀裂が走り、城壁を上から斜めに裂くように地割れが走った。その延長線上に──ベクトがいた。


「地っ割……!」


ゴゴゴという音と共に亀裂が開く。二人には三秒あれば立ち上がり逃げることはできた。しかし匍匐前進で逃げていたこと、城壁の上へと気をとられていたことが逃げるため立ち上がる時間を奪った。


ベクトは重力のままに地割れの中へと吸い込まれていく。


「ああああああああああああああ!!」

「ベクトォ――!!!」


ベクトの悲鳴とセーデキムの喉が避けそうな程に張り上げた大きな声。それらが重なり地割れの中に消えていく。数瞬後、声は消えていた。





代わりに、地震すら届かぬ遥か地下深くで、一人の声が響いていた。

「これは……!?」

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