第4話 パートナー

何がどうしてこうなった。


いや、そうしなければならないという直感に押され、行動したのは間違いなく僕だ。ただ魂の繋がりなんてものができたのだから、ちゃんと向き合わなければという強迫観念に押されたのもまた事実だ。


「ベクトと、そう呼んでも?」

「あ、ああ。いいよ」


アースからの疑問に答える。アースは力無い人形のようだった姿勢からペタン座りに身体を動かし、少し前傾姿勢になりつつ量の掌を股の間に押し付けるようにしていた。ベクトのことを知りたくてたまらないといった様子だ。


そうだ、何もかも分かっていないというのなら彼女に聞けばいいじゃないか。混乱の極みみたいな状態なのだから平静を保っている者に話を聞くのは当然の行為だ。


「このリストバンドから繋がりができた、でいいのかな?」

「はい。私とベクトを繋ぐためのデバイスです。それが無ければ私の機能を起動させることはできません」


アースと繋ぐアクセサリ?機能を起動?理解できないことが多いが、問題なく答えてくれた。嘘ではないことはリストバンドから伝わってくる。魂の繋がりというのは便利なものだ。

ということはこちらの問にはだいたい答えてくれると考えてよさそうだ。


「……一つ一つ、聞かせてもらえるかな」

「はい」


アースに考えられるだけの質問をぶつけていく。頭がいいやつならもっと質問できたのかもしれないが、僕にできるのはこれくらいだった。


問:ここはどこ?

答:アスエル・ミーア専用施設。ガウトリアの知識ベースで言うところの『遺跡』です。


問:僕を呼んだのはアース?

答:はい。正確には遺跡に搭載されている適性検査に合格したためです。


問:どうやってここに?

答:転移させただけです。衝撃も魔法でゼロにしました。


問:そんな魔法知らないよ?

答:ガウトリアの知識ベースに存在しないので当然です。


問:何で扉はすり抜けたの?

答:遺跡に搭載されている適性検査の一環です。現在は適性が無ければ入れません。


問:アースが動き出したのは何で?

答:適性がある者が扉の内側に入り、一定以上のアクティブ時間が経過したこと。そして起動コアスイッチを押したからです。


問:起動コアスイッチ?

答:今ベクトが立っている場所です


そこまで聞いて一番の疑問を口に出す。僕がここに来た理由、アースが起動された理由だ。


「適性って何?」

「私、アスエル・ミーアという種族に適合できるかという資質です。リストバンド……正式名称ディアイから種族については知識付与されているはずです」


確かにリストバンドから叩き込まれた知識には、アスエル・ミーアという種族の成り立ちがあった。しかし最低限であり、アースへの敵対心・警戒心を無くす程度のものだ。信頼がおけるかと言われると、否と答えられる。

魂が繋がっていると言われても考えまで同じになっているわけじゃない。すぐさま信頼できないのも仕方ないことだ。


「魔法機工アスエル・ミーア。パートナーとする者と共に敵対する災害獣を討伐し、未来を繋ぐ者。合っているかな?」

「はい。パートナーは私と適合しなければならない。何故なら私単独では災害獣を討伐できない」


リストバンドからの知識を一つ一つ確認していく。最低限な上に虫食いな知識だ、当人に確認しないと確信が得られない。頭が良くない僕に合わせたからそうなったのかもしれないが、元々そうだったのかもしれない。でないとアースと話そうとは思わないのだから。


「僕が搭乗することで機能が解放される」

「はい。言うなれば生体パーツが足りないので、パートナーにそれを求めるのです。具体的には──」


一瞬のためらい。それだけでアースが本当は言いたくないことなのだと理解できる。ディアイからドクンと音が鳴った気がした。



「──私にを預けてください」



心臓がドクンと脈を打ち頭が真っ白になる。何を言っているのか理解できなかった。

魂とは自分自身のことだ。肉体と精神を繋ぐモノと言われており、肉体と精神同様に傷つけば危険に陥るモノだ。それを預ける?冗談じゃない。それは遠回しにこう言っているのだ。


「……死ねってこと?」


僕の言葉にわたわたと戸惑うアース。違うのだろうか?それとも何か聞き逃しでもしていただろうか?


「あ、いや、いや違います!!一時的に魂を預けるだけです!精神・身体に影響はないです!」


預ける。アースは確かにそう言っていた。預けるということは返すことができるということだ。

慌てた様子のアースはうーんと少しだけ悩み、思い付いたように説明し出した。


「機能を解放する鍵なのです。鍵が摩耗して使えなくなることはあってはなりません」


パートナーが鍵。そこまで比喩されてようやく理解が及ぶ。

お上たちの家には主人がいない時は鍵がされていると聞いている。大事なものがあるから入れなくしているのだが、アースも同じようなものだ。ただ大事なものではなく大事にできるものという違いなだけだ。


力を手に入れることができる。それも壁を作ることしかできなかった、ここに来る前とは比べ物にならない力だ。手に入れればドカタなんぞ卒業できるだろうし、なんならガウトリアに縛られるようなこともないだろう。


単純にとんでもないなと、思わず口に出てしまう。


「災害獣を討伐できる戦力かぁ」

「はい。ベクトが邪魔だと思うならどんな災害獣でも討伐しましょう。あとディアイの説明は随分と最低限になっているようですね。魔力に最適化されるので仕方ありませんか」


欲しい。純粋な欲望に従えばアースをこのまま連れて行ってしまいたい。出てくる災害獣を悉く討伐すれば英雄にすらなれるだろう。そんな子ども染みた未来が簡単に想像できる。


「ここにいてくれないか」


でもダメだ、欲望に従うことはできない。


「……言っている意味が分かりません」


目を細めて糾弾するようにアースは見つめる。アースからすれば求められて当然の力が拒否されたのだから当然のことだった。


僕は知っている。強すぎる力と言っても災害獣には敵わない。例え討伐できる種族なんだと言っても、単独で討伐できるなんておとぎ話の世界の話なのだ。


「災害獣を刺激するだけだ。ガウトリアの皆を危険に晒せっていうのか?」


何より最低でも百メートルはある身体を持つ災害獣を討伐できるだけの力だ。そんな力をガウトリア周辺で解き放てばどうなるかなんて、馬鹿な僕でもすぐ分かる。


城壁を何度も作り、壊され、また作った僕だ。自分の手で壊せなんて考えたくもない。


「そんなことは言っていません。ただ私はあなたが災害に晒されるなら先んじて討伐するだけです」


やっぱりだ。アースは僕が災害に晒されることは考えても、その先の被害なんて考えもしていない。いや、災害からの被害だけならまだマシだ。けどそれ以上の問題があることを、きっとアースも知っているはずだ。


ずっと昔から言われてきた格言だ。アースが作られた時代にも似た言葉はあっただろう。


「災害獣は災害獣を呼ぶ。そんな格言という名の事実がある」


ガウトリアの中心にある礎に刻まれている言葉だ。それが真実であることもガウトリアの歴史に載っている。

僕が生まれるよりか百年以上前だ。ガウトリアが開拓地を広げようとしていた時があった。その時開拓民達は災害獣同士が戦っているところを見た。戦いは開拓民が逃げるより早く決着が着き、負けた災害獣を勝った災害獣が食べようとしていた。弱肉強食を垣間見た開拓民達は災害獣を視界に入れながら逃げ始め、逃げ切る直前に新たな災害獣が空からやってきて襲ったのを目視した。


まるで狩った獲物を掠め取るような行為だが、災害獣も行うのだ。つまり自然の弱肉強食は災害獣にも当てはまるのだ。弱った災害獣を食いに災害獣は現れる。戦いが連鎖した時の被害など考えたくもない。


「それは……」

「災害獣を討伐できても、呼び寄せた災害なんて求めてない」


死骸が残るのが問題だ、災害獣を粉々に消滅させれるというなら話は変わる。けれどそこまでの力を放てばガウトリアが国ごと滅んでもおかしくない。


僕が一番求めていないことがそれだ。アースの力があっても僕自身はただのドカタに過ぎない。僕だけが生きてても僕だけでは生きていけないのだ。


アースの顔が真摯的なものに変わる。さっきまでどこか余裕があったように見えたが、それが無くなっていた。


「ベクト、一つ教えましょう」

「何を?」


アースの視線がベクトの瞳へ向けられる。大きすぎてベクトの身体を見ているようにしか見えないが、ベクト自身はそう感じていた。


「恐れをなした獣は襲いません。知性すら持つ恐れない獣だけは寄ってきましょうが」


ニコリと笑いベクトへと告げる。自信に溢れた表情であり、誤魔化すような気配は微塵もない。


災害獣を討伐できる能力があるだけでこんなに自信が出るものなのだろうか?災害獣一体を討伐できるどころか、それ以上の力を持っていないとこんな言葉は出ないはずだ。


「どんな災害獣でも倒せる力があると?」


試すように僕は問い掛けた。アスエル・ミーアがどんな種族なのかは分かっている。でも不安なのだ。僕が生まれるよりも昔から一度も討伐されたことのない災害を祓うなど、信じられるはずがない。十回百回聞いてもなお不安は拭えないとすら思える。


アースはそんな僕の不安をばっさりと切り捨てた。ある意味最悪の形で。



「あなた次第です」



息が止まる。手足が震え、動悸が激しくなる。

これは怯えだ、感情が分かるのに抑えられない。どんどん大きくなっていく怯えが、僕自身を飲み込むかのようだ。


僕の選択で災害獣を討伐できるかも、その後被害が大きくなるかも、更なる災害獣を呼び寄せるかも決まる。アスエル・ミーアはただ選択を渡すだけの存在だ。


こんなに大きな事を僕だけで決めなければならない。重圧が重すぎて潰れてしまいそうだった。

しかしアースは僕の様子を見て、更に爆弾を投下してきた。


「それに、時間がありません」

「時間?」

「ガウトリアが襲われます。あと三十分程でしょうか?その意味はベクトが一番良く知っているでしょう?」

「なっ」


怯えている時間などないとアースは言葉にする。災害獣が来る三十分前というのは被害が出始める時間だ。修繕が可能なら災害獣がガウトリアに近づく前線の手前辺りに出る僕には分かってしまう。


怯えも戸惑いも、混乱も僕には許されない。許されるのは選択だけだった。


「あなたを地割れに落とした災害獣です。あの地割れは地下から近づき、地上に上がろうとした影響で起きたものですよ」


僕がここにいなければ死んでいたのは確実だったらしい。地割れに呑み込まれ災害獣に襲われるなんて、よくある被害の一つだ。当たり前のような死を回避した先にある選択肢が、僕が壊せなんて神様は意地が悪い。


項垂れるベクトの様子に、アースは目をつむり上を向いた。まるで独り言のように、誰にも話していないかのようにアースは口を出した。


「私はベクトのことを知りません。だから私を出したくない理由も分からない」


機工種アスエル・ミーアの言葉だ。造られた種族であるアースは感情を持っているが、パートナーとする相手の感情を察するような真似をできるほど学習できていなかった。


しかしアースは造られた種族、機工種だ。自らが発した言葉を全て覚えており、そこから不足している情報を提供することができるのだった。


「でも一つだけ言えること。私の力だろうと、災害獣だろうと、戦えば被害は出ます。違いなんてせいぜい場所を選べるだけです」


アースの台詞にベクトから戸惑いが消え、怯えも溜息と共に消えていく。


……なんだ、そんなことができたのか。それだけを知れれば僕は会った時から決心はついていたっていうのに。


「それを早く教えてほしかったよ。搭乗している時、僕の意思はどうなる?」

「共に在ります。話すことも可能です」


アースへと少しずつ近づく。アースの右手が差し出され、手のひらの上に飛び乗る。アースに近づくだけで身体強化が起きるなんて流石としか言いようがない。


アースの搭乗口は胸か背中だ。その巨体に乗るにはアースに乗れる姿勢をとってもらうか今みたいに持って搭乗させてもらうかしかない。機能が解放されればその限りではないらしいが、ディアイにはそれ以上の情報はなかった。


災害獣を討伐する、それはガウトリアの……いや、国家を持つ者達の悲願と言ってもいい。今から成すことの大きさに身体がぶるっと震える。


ガウトリアの皆は死ぬことはない。災害獣が襲ってきたというのに死なない。被害は……直せる被害にした後、全部僕が受け止めるのだから。


「なら大丈夫だ。僕の魂を預ける。ガウトリアを救ってくれ、アスエル・ミーア」


アースに命令を下し、僕はアース手のひらごと胸の中へと取り込まれていく。アースの身体が蠢き、僕をいるべき箇所へと動かしていく。


ガチリという音と共に、アースの瞳が黒から赤に変わり、ゴゴゴという音を鳴らしながらアースは立ち上がった


「命令を受領しました。これより災害獣ダイガードを討伐します」


次の瞬間、アースは地上へとその姿を現していた。

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