第30話 オーディション
9月X日
「オレ隠キャだからさ〜」
「ハッ」
自称隠の者発言をした目の前のイケメンを鼻で笑う。
「ホンモノの隠キャさんは自分のこと隠キャとは思ってないんだよ。口に出さずにな、頭の中でしゃべるんだ。肉が見えてんだよ、ロールキャベツがよぉ」
「なっ、、たしかにね。認めてもいいよ、僕は隠キャではないし自分でもそうは思ってない」
「ほぉぉ?」
イケメンはこちらの謎理論をなぜか受け入れ開き直ったように雰囲気や口調、一人称まで変えてきた。僕はそれを見て内心汗をかきながら余裕ぶり、ニヤつきながらしげしげと眺める。
「受けがいいからね、グループ内で。僕の友達の中ではおとなしいほうだし、彼らからしたら僕みたいなのは隠キャなんだよ」
手で顔を覆うことで物理的に顔に影を落とし、にじみでる暗い雰囲気を表現している。
「ヘラヘラしてそうに見えて大変なんだな。隠キャ扱いされて、受け入れて。なぁ、それってしんどくないか?そんな面倒なお友達は袖にして俺とお友達にならないか?」
「それは遠慮させてもらおうかな?キミとは気が合う気がしないんだ」
〜〜〜
なぜこんな風にイケメンと会話をしているのかというと、これが今回のオーディションだからである。
この部屋の中にはいくつものカメラがセットされており、隣の部屋でキャスティングを担当する人たちが僕らを見ている。ちなみに、ちゃんと台本もある。セリフと喜怒哀楽、「怒鳴る」「いやらしく」「動揺する」など簡単な指定にそって演技していく。
いくつかのシチュエーションで演技をして、互いに役を入れ替えたり、激しく口論するディベートをしたり、お互いにかなりのバリエーションの顔を見せた。だせるものはだした、と思う。
『はーい、オッケーでーす。本日の審査は以上になります。お疲れ様でしたー』
スタッフさんがやってきて、終わりを告げる。終わったか、なかなか面白いオーディションだったな。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。あっちょっと待って」
対面に座る名前も知らない彼と挨拶を交わし、部屋の外で林さんを待とうと席を立つと、一緒に演技をした彼に呼び止められる。
「自己紹介してもいいかな?終わってからでなんだけど、はじめまして。僕、
「緋月朔夜です」
「緋月君の演技、勉強になったよ。こんなこと言うの変だけど、緋月君とはなんだかこれから何度も会うようになる気がするんだよね。だから、よろしくね」
そう言って差し出された右手をにぎり、握手をかわす。にこやかに笑う本多君はきらめいて見えた。演技にも真剣だったし、同じオーディションに参加した僕にもフランクに話しかけてくるところに場慣れを感じる。
「それはどうも、恐縮です」
「あっ、芸歴気にしてる?僕のほうが歳上だろうしモデルとかちょろっとやってたけど、俳優はしたことないんだ。こう見えて芸歴浅いよ。だから、もうちょっと砕けた話し方してくれるとうれしいな」
ちょっと上目で伺うように見てくるのがすごくさまになっている。でも、そう言われると断りがたい。
「なら、うん。こちらこそよろしく。そうだと僕もうれしいよ。本多君との演技は刺激をもらえた」
「ほんとかい?それはうれしいな。それじゃあまたね。オーディションの結果次第だけど、けっこうすぐにまた会えるかもね」
「うん、また」
そう言って部屋を出ていく本多君を手を振って見送る。オーディション、どうなるかな。先ほどの演技、役に忠実だったのは彼だろう。
作品の中で粗野な言動のシーンがあったとして、それを僕が演じたらこうなるっていうのを正直にだした結果なのでそこに悔いはないが、宝鐘はちょっと色をつけすぎたかもしれない。
あともうひとつ、本多君の顔が良すぎる。イケメンとか美男子とかそんな記号には収まらないさわやかな美しさがあった。
自分の顔を思い浮かべて微妙な気持ちでいると、ガチャりとドアが空いて林さんが顔を出す。
「緋月君?お疲れ様。帰ろうか」
「あっ、すいませんお待たせしました。お疲れ様です」
手早く荷物をまとめて部屋をでる。
「さっきキャスティング担当の方にご挨拶してきたけど、好感触だったよ」
「ほんとですか?よかったです。え?ほんとですか?」
「ほんともほんとさ。別件で単発のドラマの仕事の打診までされたもの」
「えっ、ほんとに?」
「あはは、だからほんとさぁ」
弱気になりかけたけどちょっとだけ自信を持とうかなと思った。
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