第19話 世紀末オンライン

 8月X日


「朔夜君!朔夜く〜ん!」


 グリードハイスクール第2話の僕の出る最後のシーンである電車通学のシーンの撮影日、いつも通り家に迎えに来てくれた林さんが車の前でニッコニコで手を振っている。


「林さん、おはようございます。何かいいことでも?」

「そうなんだよ緋月君!さぁ、乗って乗って。中で話すよ!」


 ありがたく後部座席に座ると、林さんも運転席に乗り込みさっそく出発する。


「いつもありがとうございます。それで?なにがあったんですか?」

「そうそう!緋月君にCMの話がきてね!」

「しーえむ?CMですか?」

「そう!コマーシャルメッセージのCM!世紀末ソウトウェアって会社からEnd of the century online っていうオンラインゲームの発売に合わせたCMのオファーがきてね!けっこう有名らしいんだけど緋月君知ってる?」


 世紀末オンラインだと!?知ってる知ってる!めっちゃ知ってる!


「知ってます!というか、シリーズ全部やってます」

「本当かい?ならシリーズファンとして売り込めるな。朔夜君が作品のイメージにピッタリとのことでね。その、オンラインゲームのCMとね、発売イベント、あとはゲーム内のイベント、可能ならインターネット配信サイトでプロモーション配信もしてほしいとのことでね!朔夜君は若手だから単価は高くないけど、なかなかないレベルの大口のオファーだよ!どうだい?事務所としては是非やって欲しいんだけど」

「やります!」


 これは即答だ。なにせ世紀末シリーズはスーパーハミコン時代から続く名作。時代とともにさまざまなハードで発売されに絶大な人気がある。かくいう僕も小学生の頃父のゲームハードで初代世紀末をクリアしてから世紀末II、世紀末III、スペース世紀末と夢中でプレイしてきた。


「いやー、よかったよ!公式プロフィールにゲームってあったからピッタリな仕事だとは思ってたけど、まさかシリーズファンだったとはね!それで、発売が近いから撮影も今月中になりそうなのと、インターネット配信はどうするかい?」

「それも、やります」

「ありがとう!なら配信サイトのアカウントを作っておくね。機材もなるべく早く準備しておくから!」

「よろしくお願いします。小学生の頃からプレイしてるゲームなので、すごく楽しみです」


 しかし、End of the century online 直訳で世紀末オンライン。普通に買ってプレイしようと思ってたけど、まさか仕事でできるとは!


「準備ができたらとりあえず簡単な自己紹介動画とか上げてみようか。練習として何回か配信もしておこう。それで、もし楽しければ普段から気軽に配信とかしてくれると事務所的にもうれしいな」

「わかりました」

「あっ、あと具体的なことはCMのお披露目まで内緒にしておいてね?CMの仕事がきたことは言っても大丈夫だけど、先方の都合で変更になることもあるからね」

「了解です」


 〜〜〜


 世紀末オンラインの打ち合わせで大興奮だった移動を終え、電車のシーンの撮影をするスタジオに到着した。


 林さんと一緒にスタジオに入るともう早川さんが来ていた。林さんは早川さんとそのマネージャーに向けてそっと会釈をすると関係者の方に挨拶に向かった。早川さんのマネージャーもそちらへ歩いていった。早川さんが小さく手を振りながら歩み寄ってくる。地味なメイクと服装をしているとやはり目立たないし清楚で真面目に見える。


「緋月君。昨日ぶり!」

「おはよう早川さん」


 早川さんは僕のすぐ近くまでくると「練習させて」と言って僕のシャツのボタンを外しだす。白くて細い華奢な指先がたまに胸元や腹筋をなぞっていくのがくすぐったい。そして外し終わるとボタンをかけてくれる。そしてまた外しだす。


 そんなことをやっていたら朝倉ゆうき役の三好奏さんがスタジオ入りしてきた。


 マネージャーさんとひと通り挨拶まわりをした後、三好さん一人でこちらにやってきた。


「サキちゃん、緋月さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします!」

「おはよう!」

「三好さん、よろしくお願いします」


 三好さんはきれいな所作でお辞儀をすると元気よく挨拶をしてくれた。こちらが挨拶を返すと、にこにこと笑いながら早川さんに近づいて2人は向かい合って手をあわせて握り合う。


「サキちゃん〜!」

「奏〜」

「2人は元々知り合いなの?」

「ううん!昨日仲良くなったの!」

「ねー」


 どうやら昨日の2人でのシーンの撮影で仲良くなったようだ。


「聞いたよ〜?おふたりさんいい仲になったんだって?いいなー!私はそういうのきびしいからあこがれちゃうなー!」

「えへへ」

「あはは、、」


 えっ、もう知られてるの?


「ところで緋月君はなんでサングラスしてるの?」

「あー、それはねー」


 チラッとこちらを見てくる早川さん。僕はもったいぶった所作でサングラスをはずして胸ポケットにひっかける。そしてできるだけ爽やかに見えるよう三好さんに微笑みかける。


「それは、僕の目が凶器だから」

「こっわ!!!」


 三好さんは自分の身をいだきながら後退あとずさり大袈裟にリアクションをとる。スタジオ内からチラチラと目線が飛んできてちょっと気まずい。


「あっ、うん。ちがうの。ちょっと驚いただけだから」

「いえ、まぁその。そういうことっす」


 これ、ガチなやつだな。あれ?そういえば早川さんって僕の顔を怖がったことないな。


 そう思って早川さんのほうを見るとばっちり目があって「なぁに?」みたいに首をかしげられた。かわいい。


「ご、ごめんね?」

「いえ、慣れてるんで大丈夫ですよ」

「ん〜、よし!」


 三好さんはしばし申し訳なさそうにしていたが、こちらをチラチラと伺い気合いを入れたような声をだすと鼻息がかかりそうなくらい僕の彼女に顔をぐっと近づけてきてじぃっと見つめてくる。近い近い、鼻息がかかりそうっていうかまさにかかってる。えっなんか三好さんの鼻息いい匂いがするんだけどどうなってんの?

 一瞬早川さんを横目で見ると「やれやれ」みたいな表情をしている。あきらめて三好さんの目を見つめる。端正な顔が近くにあって緊張するけど、近すぎて目しか見えないのがむしろ救いとなっている。


 たっぷり30秒ほど見つめ合うと三好さんは満足そうな顔で離れていく。ほっと一息。


「オッケー慣れた慣れた。やるね緋月君、この私のガチ恋距離を耐え抜くとはね。これなら安心してサキちゃんを任せられるなぁ」


 三好さんはうんうんと満足そうに頷いている。

 早川さんもまんざらではなさそうな表情で僕のボタンを外したりつけたりしている。


「一緒に街中を歩いたことがあるんだけどね、すごいの!だーれも声をかけてこないのよ?明らかにナンパしたさそうな人が近づいてきても、緋月君を見ると去っていくの!」

「ただの16歳なんすけどね」

「すごいじゃーん!さすがヴィランズ!」


 そこ、さすがヴィランズなのか。うちの事務所のイメージって、、。


 〜〜〜


 いい感じに打ち解けたところで撮影に入った。

 三好さんが座席に座っているシーンの撮影が終わるのを電車のせっとの外で待つ。


『お願いしま〜す!』


 出番だ。電車セットのドアがスライドして開く。『付き合っている2人』を気持ち意識して早川さんと乗り込み、早川さんとエキストラさんの間で壁になる。


 順調にシーンを撮り進み、三上が影山の服装を崩すシーンに。何度も練習をした早川さんの手つきは手慣れており、さも毎日やっていますと言わんばかりの手際を見せる。僕はしっかり表情を作るだけなのだが、いかんせん三好さんとエキストラの皆さんの視線が気になる。打ち解けた間柄の人と衆人環視の中で服を脱がされるシチュエーションに恥じらいを感じてしまい、嫌そうな顔をしつつも意図しない色が顔に出てしまう。会話は収録されないとはいえ早川さんは余裕をもって小声でいろいろ話しかけてくるのに「あぁ」とか「うん」などしか返せていない。早川さんを見つめる瞳が熱をもってしまい

 、時おり切ない吐息がもれる。


 ボタンを外し終わると早川さんは僕の耳元に顔を寄せて囁いてくる。目をつぶるところだ。


「ねぇ、朔夜君。いまどんな気持ち?三好さんとみんなに見られてる中でこんなことされてどんな気持ち?」


 キュッとつぶった目は周りからすごく見られているのではないかと妄想をかきたてる。しかも、さんざん練習されたので知ってはいたが早川さんはところどころでボディタッチを入れてくるのだ。目をつぶっているからか、かすかに指が触れるだけで刺激を感じるのに時折なでたりさすったりされるせいで余計にゾクゾクする。さらに、そんな状況で彼女から耳元で囁かれているのだ。


「おかしくなっちゃぃそぅ」


 早川さんの耳元ではそう囁き返しながら早川さんを見つめる。目がうるんでいるのか少し視界がぼやけている。早川さんがゾクゾクするような喜色をはらんだ目でこちらを見つめている。上半身から色気を放出するイメージですがるような目でその目を見つめ返す。


『はいカットー!いいね!緋月君いい表情だったよ!続いて電車から降りるシーン』


 監督のオッケーもでた。


 ラストの降車するシーンも問題なく撮りきり、その日の撮影を終えた。


 帰り際に早川さんと三好さん2人から表情がめっちゃエロかった。あれは使える。とお褒めの言葉をいただいた。使えるってなんだろうと思い聞いてみたがうまくはぐらかされてしまった。


 きっと使えないよりはいいことなんだろう。

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