第18話 恋人
早川さんと三好さんのシーンを見学した後下校シーンの撮影を行った。
作品内でのカップル設定ができたので、朝倉が健一の下駄箱にラブレターを仕込んだ放課後に「よし!」みたいな感じで立ち上がるシーンに、三上が朝倉と目と目を合わせて「ガンバ!」「うん!」みたいなサムズアップをして頷き合い、三上が目線を横にずらすと影山がその後ろで粛々と荷物を詰めて立ち上がり教室を出ようとしており、朝倉に手を振りながら慌てて追いかけて腕を組むシーンが追加された。
それに伴って、朝倉が健一に告白してカップルになった後の下校シーンへの出演はなくなった。
なので追加シーンを撮り終わって僕たちは解散になったのだが、帰り際に早川さんから付き合い始めたことに関して「事務所に伝えるの?」と聞かれた。
うちの事務所は『役を演じる上で何事も経験は重要』、むしろ喜ばしいことなので気兼ねなく恋愛も結婚もしてほしい。そういった方が居るか事務所に伝えるかどうかも自由だけど、伝えてくれたら対応できることも増えるよ。と言われている。なので早川さんにはそんな事務所の方針と、マネージャーには伝えておこうと思っていると返した。
早川さんの方の事務所もその辺は寛容だそうで、「緋月君が事務所に伝えるならこちらも伝えておくね」と言っていた。
「恋人とはな...」
帰宅して、僕は久しぶりに自室でゲームをしている。疲れてすぐ眠くなるかと思っていたが、やはり浮いた話があったその日の夜。悶々として寝付けなかった。
リズムゲームとシリアスなゲーム、どっちにしようか悩んだけどリズムゲームはもうやり込みすぎて考えながらでも余裕でプレイできてしまうのでシリアスなほうを起動した。
「あっ、しんじゃった。うわー経験値6万か」
このゲーム、残機は無限だが死亡するとやられた場所に持っていた経験値を全て落としてしまうのである。リスポーンすると前回持っていた経験値はお花のようなアイテムになり、やられた場所に生える。それを回収することができれば経験値はもどってくるが、回収できずにもう一度やられてしまうと上書きされてなくなってしまう。そしてやられた場所にまたその時持っていた経験値の花が咲くのだ。
「6万、6万は惜しい。回収したい。えっ」
先程やられた近くまでやってきた。そこでキーボード横の僕のスマホからメッセージの通知を知らせるピコン!という音が。
まさか、早川さんか?チラリとスマホの画面を目をやる、早川さんだ!いや、しかしこのゲームにポーズボタンはない!あとちょっと、せめて経験値を回収してから!!僕は顔認証でスマホを開くと左手でなんとかステップを踏み、メッセージアプリを起動。スマホを机に置いたままなんとか「ちょっとまって」と打ち込み送信する。
ピコン!ピコン!と通知が届く、あと少し。この川を横切ってさっきやられた頭が盾になっているアリの手前に経験値はある!あとは気づかれないように回収するぞ!というところで通話がきてしまった。
彼女と付き合いだしてから初めての通話だ。
しゃがんで敵にバレないように気をつけつつ、コントローラーごとスマホの上に持っていき、小指で通話ボタンをタップする。
「もしもーし」
「ちょっと待ってて、あと少し。あと少しだから」
「あっ、もしかしてそういう待って?あーね!しょうがないなーwお姉さんに任せとき?」
「なに?なんて?」
敵の数が多い。アリに乗った女剣士と群れになっている帯電スライムが後ろから近づいてくる。バレないようにくぐり抜けたところでピロリン!と音を上げてスマホの画面が暗転する。よくわからないがチラ見すると早川さんが映っている。テレビ電話?えっテレビ電話に切り替えたの?
「やっほー朔夜くーん」
画面の中で早川さんがにこやかに手を振っている。お風呂あがりなのか白い肌がほんのりと上気して赤みをもっており普段よりも色気を感じる。しかも画面にチラチラ見える胸元を見るに、どうやらバスタオルを巻いているようだ。
「はっ、はやっ!?」
「んー?早く見たいー?もぉ〜。しょーがないなぁ〜、いいよ♡」
『早川さん?』がうまく言えずにどもっていたら何を勘違いしたのか早川さんはゆっくりとバスタオルをめくりはじめた。谷間が見える。しっかりとした深さの谷間に目が釘づけになってしまう。
「ほぉらぁ♡がんばれ♡がんばれ♡」
「あっ、やばっ」
応援を聞いて我にかえり慌てて画面を見ると棒立ちの自キャラが大ピンチに陥っている。徘徊していたアリに乗った女剣士に見つかって攻撃を受けてしまっていたようで、戦闘が始まったことにより盾アリやスライムも近づいてきている。
「いっちに♡いっちに♡がんばれ♡がんばれ♡どう?いけそう?」
「あっダメ、、ダメかも、、あっ」
乗っていたアリは倒したが女剣士に手間取っている間に盾アリが追いついてきてしまった。蟻酸を飛ばして攻撃してくる。倒すのは間に合わない!踵を返して逃げに徹するもあえなくやられてしまう。灰になる自キャラ。あぁ、さらば経験値。お前のことはしばらく忘れられそうにないよ。
「ふぅ、、負けちゃった、、」
「うふっ、負けちゃった?負けちゃったかー♡」
「なんでそんなうれしそうなの?」
「それは、ねぇ?だって私の職業的にはうれしいことじゃない?ほら、朔夜くんも!カメラつけてよ。って、あれ?何してるの?」
求められるままにこちらもテレビ電話に応じる。するといつのまにかバスタオルを取ってなぜか水着になった早川さんがキョトンとした顔をしている。
「何って、ゲームだけど?その顔かわいいね」
「えっ、、、そ、そう?かわいいならいっか。えっ?じゃあ私が水着で胸をたゆんたゆんさせてたのってもしかして見てなかった?」
水着でたゆんたゆん?
「あー、うん。ごめん、見てなかった」
「んもぉー!あんなにサービスしたのに!あたし撮影以外で水着着たの初めてだよ?ポプマップのイベントすらやったことないのに!」
頬を膨らまし一回思い切りのけぞったあと上目遣いで顔をぐっと近づけてくる。
「えっろ、、」
「!えっ?エロい?今のしぐさエロい?ちょっとどの辺がエロかったか教えて!」
めっちゃ喜んでる、、どういうこと?えっと、そうだなぁ。
「のけぞった時、あぐらかいて手を足の間に入れてたから胸が強調されておへそがチラッと見えたとこ。あと、上目遣いはかわいかった」
「あーこれ?これね。朔夜くんおへそ好きなんだ?おへそくらいならいくらでも見せてあげるよ」
そういって先程の動きを何回かした後スマホのカメラをおなかに向けておへそをアップで見せてくれる。
「ふふっ、すっごい真剣にみるじゃんかわいい〜♡じゃあお姉さんもう少しサービスしちゃう!ほら、つるつるの下腹部だよー。際どい水着着ても大丈夫なようにちゃんと処理してるからきれいでしょ」
「!!」
初めてまじまじとみる女性のおへそを注視していると、カメラが少し下を映す。そして早川さんは水着のボトムに指をかけ少しだけ下にずらし見せつけてくる。思わずのどが鳴ってしまう。もう、目が離せない。
「ふふっ、朔夜くんは童貞?あたしは処女だよ。グラビアの先輩からも色気だすためにもポーズを知るためにも、そういうことはしといたほうがいいってよく言われるからね。いつか、交換しようね?」
「...」
どうしよう、かわいい。僕の彼女かわいいけど仕事に対して積極的すぎてちょっと戸惑う。独占欲がムクムクと湧き上がってくる。あまり言うべきではないだろうが思わず口に出してしまう。
「どうしよう、独占欲湧いてきちゃった」
「えっ」
「早川さんのこと、独り占めしたい」
「それは、グラビアしてほしくないってこと?」
「いや、うーん?どうなんだろう?」
どうなんだろう?実際海に行けば水着なんて誰だって着る。で、不特定多数の人に見られもする。僕はなにをそんなにいやなんだろう?
あっそうか、この感じかも。
「なんだろう、水着でグラビアを飾るのは大丈夫なんだけど、でもこう、プライベートな表情とか仕草?波打ち際で水をかけ合うようなイメージビデオみたいな、そう。イメージビデオ、そういうので見せる表情を僕だけに見せてほしいって思った」
「あー、なるほどねぇ。たしかに海とかプール行けば水着の女の子なんていくらでもいるけどそういうのは彼女か奥さんか画面の中って感じだよね。まぁあれよ!うちの事務所は上にいけばいくほど服着ていく事務所だし、なんていうかその、カメラマンさんとかも水着なんて見慣れまくってるから!あんまり気にしないでね」
なんだろう、これ。今日付き合い始めたばかりなのにだいぶ踏み込んだ話をしたような気分になる。そのあとは僕がゲームが趣味で普段どんなものをやっているか紹介したり、早川さんは服が好きでこの仕事を始めたが、仕事を始めてから水着も好きになって、撮影で気に入って買い取ったお気に入りの服や水着を着て見せてくれたりと談笑して過ごしたのだが、早川さんは僕がゲームしてた時のやりとりがよっぽど心残りだったようで、頼みに頼み込まれてもう一度ちゃんとやり直した。
通話を終える頃には、しばらく忘れられないと思っていた失った経験値のことはすっかり忘れていた。
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