第17話 撮影、そして

 8月X日


 今日はグリードハイスクールの第二話の撮影だ。撮影場所の学校に来るとさっそく早川さんがこちらに寄ってきた。


「やっほー、おはよう緋月君。今回もよろしくね」

「よろしくお願いします」

「まだみんなきてないし打ち合わせしようよ」

「いいですよ、電車のシーンですか?」

「そうね、もうひとつあるんだけどとりあえずそっちの方からしよっか」


 もうひとつ?え、何かあっただろうか。見落としはなかったはずだが、、気になるな。


「電車のシーンだけど、そのあと影山は制服着崩してるわけだから当然わたしが脱がせるってことでいいよね?」

「間違ってないですけど、脱がせるっていうとなんかアレっすね。制服の前を開けるだけですよね?」

「やー、制服って言っても夏服だからワイシャツなわけじゃん?こんなの初めてだなー、緊張しちゃうなー。ねぇ緋月君は?シャツのボタン外されたことある?」


 なんか今日の早川さん言い回しがオッサンくさいな。


「いや、ないですけど。テンション高いっすね」

「おっ、じゃあ初めて同士だね。できるだけえっちにボタン外すから色っぽい表情お願いね!」

「えぇ、、まぁ、お手柔らかにお願いします」


 そんな話をしていると、役者やスタッフさんが集まりだし、賑やかになってきた。


「じゃあみなさん揃ってきたしこの辺で。もうひとつのことは後で相談するね!」

「あ、はい。また後で」


 〜〜〜


 まずは全体のシーンから撮影が始まる。


 朝倉ゆうき役の三好さんを中心に、授業風景や休み時間の様子、昼食をとるシーンなど撮り進めていく。


 ちなみに昼食のシーンは「学食行こうぜ!」「おう」みたいなやりとりをして教室を出て行く生徒以外の教室で昼食をとる生徒として背景に映る者はパンやおにぎり、コンビニ弁当、自分で持ってきた弁当などを食べるのだが、今回僕は実家暮らしで母が作ってくれるので弁当持参だ。普段学校に通っている時と同じように普通に食べていたのだがスタッフさんから食べるところがかわいいと褒められた。解せぬ。


 あと、人数分発注したとのことでロケ弁ももらってしまった。


 〜〜〜


 全体のシーンの中で僕の出演するおおよその場面は撮り終え、待ち時間に。


 あとは主人公とヒロインが付き合うことになってからの下校シーンでちょっと出演したら今日は終わりだ。


 電車のシーンはスタジオに行かないといけないので別日に撮るそうだ。電車のシーンってどう撮るんだろうと思っていたら電車内のセットがあるらしくてビックリした。


 撮影中でない役者たちは台本を読んだりロケ弁を食べたりグループで話し合っていたりと思い思いに過ごしている。


 控え室の椅子に座り台本を眺めていたら早川さんがやってきて隣に座った。


「電車のシーン別日だったねー」

「そうですね」

「わたしこのあとの出番までちょっと時間あるんだけど緋月君は?」

「ラストの下校シーンまで暇ですね」

「じゃあさ、電車のシーン練習しない?打ち合わせも兼ねて」

「いいですよ」


 ということで2人して立ち上がり部屋の隅で横並びになる。と、同時に僕の近くでやりとりを見ていたスタッフさんもスッと立ち上がり大きめのハンディカムで撮影を始める。


「じゃあ乗り込むとこから、とびら開きました。乗ります、乗ったら奥まで移動。」

「しばし横並びで話す、と」

「で。電車止まります、乗客乗ってきます、はい緋月君は壁になって。いいね、スマートだね。でももうちょいあれかな?壁ドンを肘でする感じで」

「こうですか?いや、近い。近いな」


 壁ドンが腕を伸ばして壁に手のひらを当てるから、肘から先を壁につけて、、ちっか!


「いいよそれで、右手はそれで良くて、左手はそうね。手すり、座席に横の手すりつかもうかしら?だからこのへんね」

「はぃ」


 早川さんが僕の左手をつかみ手すりを想定した位置に持っていく。


 電車のスライドドアの横にある手すり近くに肘から先をつけ、座席横の手すりの縦ではなく横のほうを掴んでいる想定なのだが、内側にいる早川さんと僕の距離が思っていたより近い。


 台本だとなんかこう、もっと余裕ありそうな感じじゃなかった?ちょっと動いたら密着だぞこれ、練習しといてよかった。


 早川さんの甘い匂いが鼻をくすぐり、思わずスンと鼻をならして目をらす。どうしよう、顔赤くなってないかな。

 横目で早川さんを見ると愉悦ゆえつを感じたような表情をしている。


「あ、これ朝倉さんと目が合った時の表情ね。じゃあ、、このまま最後まで、しよっか♡」


 そう言って僕の胸元に手を添える。思わず目をギュッとつぶってしまい、しまった!と思ったが冷静に考えると台本通りだった。

 早川さんはそのまま少し僕の胸元をなぞり胸元のボタン、上へ行って首元のボタン、下に降りて胸元下のボタン、と何故か僕の体をなぞりつつボタンを外して行く。僕は体が反応しないように気をつけながらなんとか余裕そうな表情を作る。


「ねぇ緋月君」

「なんですか早川さん」


 ボタンをゆっくりと外しながら早川さんが話しかけてくる。台本通り、台本通りだ。


「実は監督から、このあと撮影する朝倉さんとのシーンでね、『影山君と付き合っている』と答えるか、『影山君とはそういうのじゃないよ』って答えるか選んでいいって言われて。緋月君と相談して決めてねって。」

「あぁ、もうひとつの打ち合わせってそういう」


 早川さんはボタンを外し終わると、前が開きTシャツが露出し防御力が薄くなった僕の胸元を指先で弄ぶ。


「緋月君はどうしたい?どっちがいい?」

「そうですね、僕は、、」


 胸元をいじるのに飽きたのか指先が降りてきて僕の腹筋をなぞる。そして僕の脇腹に両手をそっと添えると、今の充分近い状態からぐっと近づき耳元に口を寄せて囁きかけてくる。胸が、胸が当たっている。


「ねぇ、どうしたいの?」

「僕は、どちらでも。早川さんはどうしたいの?」


 煮え切らない答えをしてしまった。すると早川さんは僕の耳にキスをしだした。未知の刺激に翻弄ほんろうされそうになる。そしてそのまま合間合間に囁いてくる。


「ちゅっ、ちゅ、ねぇ?ちゅっ私がぁ、ちゅっ聞いてるの、ちゅっ緋月君は私と付き合いたい?ちゅっ、それとも、ふぅ〜っ、ちゅ、ちゅ、れろ付き合いたくない?」


 囁き声が甘い、、どろどろにかしてくるような声で囁かれ、ときおり息を吹きかけてきたりされて、何も考えられなくなりそうになる。こちらの息も荒くなり、脊髄反射のように、思わず頭で考えた言葉をそのまま口にだしてしまう。


「付き合いたいか、ッ、付き合いたくないかなら、んっ、付き合い、、たい」

「ん〜♡ちゅっちゅっちゅ、れろっ、ぺちゃ、ぬりゅ、、はぁ〜〜♡よく言えたね〜♡えらいえらい♡言質、もらいました〜♡」


 早川さんは嬉しそうな声をあげると、僕の耳にキスの雨を降らせ、情熱的に舐めると、熱い吐息で耳を包みこむ。今、かなり奥の方まできたぞ、、と、ポーっとしてどこか夢心地でいたが、言質をもらったと言われてハッとする。意識が戻ってきた。えっ、言質?


「えぇ〜?緋月君は『私』と付き合いたいんでしょぅ?ふふっ、もしかして違うの?気持ちよくて〜、思わず思ってもいないこと言っちゃった?、、彼女にしてくれないの?不意打ちだったからダメ?」


 早川さんが耳元で蠱惑的こわくてきささやく。


 かわいい、、正直不意打ち感はあった。そこまでの感情はなかったようにも思うが、裏を返せば早川さんは僕なんかと付き合いたくて、ここまでしてくれたとも言える。


 僕は一度目をつぶると早川さんの細い腰にと背中にゆっくりと手を添え、優しく抱きしめる。そして今度は僕が早川さんの耳元に口を近づける。そして一言で答えを返した後、これだけじゃ味気ないと思い何か言おうかと考える。せっかくだしシチュエーションにのっていくか。そして囁きかける。


「いいよ、付き合おうか。、、、すぅー、、オレの女になれよ。付き合いたいって言ったのははオレだけど、先に惚れたりそう仕向けたってことはバレてるからな?これからよろしくたのむぜ、、『サキ』」


 そう言って最後に彼女の耳にキスをする。


 言った後にちょっとキザ過ぎたかな?とかこんなセリフ出てくるとか悪役に染まってるじゃんもっと紳士的にいけよとか思いもしたけど、抱きしめた早川さんの腰が震えたり肩がピクンピクン動いてたのでまぁウケてはくれただろう。


 僕の肩に顎をのせ、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる早川さんを優しく抱いていると、早川さんの後ろの少し離れたカメラのレンズと目があった。


 僕は「あっ、、これ撮られてたわー、、」と思いつつ柔らかな表情のまま右目をパチッとつぶりカメラに向けてウインクを決めてから、精一杯のいつくしみしみを込めた表情で目線を早川さんに移し、腰に回した右腕はそのまま、左手を上に持っていく。そして内心「気づけ?カメラ回ってるぞ気づけ?離れよう?」と思いながら早川さんの頭を優しく撫でつけるのだった。


 〜〜〜


 余談ではあるがその後の朝倉に三上が『影山と付き合っているのか聞かれるシーン』で、地味めで大人しい見た目の三上が顔を真っ赤にした後「わ、わかる?わかっちゃう?実はそうなんだよね!えへへ」とデレッデレで馴れ初め(サキの妄想)や、普段どんなことをしているか(サキの願望)を語り、最後に「朝倉さんもぜったいアタックした方がいいよ!彼氏できたら楽しいし、ぜったい早い方がいいよ!」と背中を押して、惚気話にタジタジしていた朝倉が奮起して勢いよく椅子から立ち上がる。


 早川さんと三好さんの好演に思い描いていたよりもいいシーンになったと監督もご満悦だった。






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