第8話 はじめての悪役
8月X日
先日撮影したドラマが放送された。端役でやったコンビニにたまる不良が謎に好評だったらしい。ドラマがコメディもので、主人公がもともとドタバタするキャラクターだったためすんなり受け入れられたらしい。
演技とはいえアドリブで怒鳴ってしまったため、あのあと主人公役のイケメン
主人公のキャラクター性からして、あんな会話を聞いたら思わず立ち止まって見るだろうと咄嗟に思いついたらしい。アドリブで怒鳴ったのも渡りに船だったとのことで、アドリブに強いんだねとお褒めの言葉をいただいた。
放送を見て地味に僕らを撮影してるカメラがあったことを知り驚いた。
ああいうのって使えるカットの幅を広くするためにいくつかのカメラで同時に撮ってたりもするんだなぁ。
結果オーライとはいえ、褒められたらやっぱりうれしい。ところであの後、佐藤さんと伊藤さんとは連絡先を交換し友達となった。
友達が増えてうれしい。うれしいのだが、2人は地味に意識し合っていたようで、まさかのあの演技をきっかけに本当に付き合いだしたそうで、ことあるごとにキューピッド扱いをされてちょっと戸惑う。どうしても2人が分かれた時の気まずさを想像してしまう。生暖かく見守りつつフォローしていきたいと思う。
しかし、結婚したお2人は主人公・ヒロインでの共演をきっかけにお付き合いをはじめ、とかはよく聞く。よく聞くが、あれで?とは正直思った。彼らはこれまでの付き合いもあるんだろうけど。そんなきっかけでいいならもしかすると僕にも彼女ができたりするのだろうか?
うれしくなりちょっと気合いが入る。今日はもう恒例となった『ポイント&ライン』のエキストラ。この作品、尋常じゃないペースで撮影が進んでいる。エキストラが必要ないシーンはもうほとんど撮影が終わっているとか。役者さんも制作スタッフさんもあまり有名ではないらしいのだが皆さんベテラン揃いでスムーズとはいえ、毎回出ているのだがこのドラマのエキストラをするのももう10回目である。僕が事務所に入ってしてまだ2週間くらいなのに10回目なのである。やばい。
今日はコーヒーを飲みながらニヤニヤしてほしいというオーダーまであった。
なんかやけに近くにカメラが1台いたような気もする。とか思っていたら、帰り際にプロデューサーと話し込んでいた林さんからなぜか次回の台本を渡された。
第一話の日向先輩が犯人の回で広場を眺めていた時の動きが編集の段階で話題になったらしく、そこから話がふくらみ犯人と黒幕をつなぐ橋渡し的な役があってもいいんじゃないかと脚本家の方と相談していたらしい。
その結果、もし使えそうなら毎回騒動の種をまき一般人に紛れて騒動をみつめる謎の男として、使えなさそうなら不運にも毎回現場に巻き込まれる一般人にするつもりで毎回エキストラに呼んでいたらしい。
そしてめでたくお眼鏡にかなったのだとか。
もちろん黒幕は別にいて、最終回で出てくるのだが、最終回前の第11回にこれまでの事件をなぞり黒幕にたどり着く振り返り回があり、もともと正体をぼかした黒幕の男がネットや電話で犯人とのやりとりをしていたシーンを入れる予定だったそうだが、それだとその回が薄くなってしまうのでもうひと役欲しかったとのこと。
回を重ねて製作陣はこの役をいれる方向でまとまっており是非出演して欲しいとのことで、事務所としても是非にということで、出演がきまったことを事務所には伝えていたが、一般人然とした今の感じのまま撮りたいので可能なら本人には知らせずにいて欲しいという制作側の意向でこのタイミングでの連絡となったそう。
僕もお芝居が楽しくなってきたところなので快諾したが、ちゃんとした指導を受けだして日が浅いこともありセリフも演技も少なめ。撮影と並行してお芝居の稽古が始まった。
ロケは廃ビルや廃屋、家のセットやテレビ電話、通話シーンだけなどさまざまなバリエーションで行った。
毎回どんな犯行が行われていたのか見てきたため、やりやすかったしシーンのバリエーションが多く非常に勉強になる経験だった。役者の先輩からアドバイスをいただいたり、演出家さんからダメだしをされたりしやがらがむしゃらに演技していたら撮影はあっという間に終わった。
〜〜〜
・ポイント&ライン第11話あらすじ
主人公の警察官神坂がこれまでの現場をめぐり回想する。セピア色の回想シーンが流れ、その中でどの現場にも姿があった男がいたことに気づく。訝しみ、これまでに逮捕した犯人に再度話を聞くなど入念な捜査の末その男を逮捕することに成功する。取り調べにはいると、男は狂気に染まった顔で事件の裏に何が合ったのかを嬉しそうに話し出す。男は黒幕が誰なのか、なんの目的があったのかを知らない様子だったが、神坂の脳裏には1人の男の姿が浮かぶのだった。
〜〜〜
神坂は休暇を利用しこれまでの犯行現場を調べ直しにきていた。
ショッピングモールを思案顔で歩く神坂。
「何かが、何かが気になる。吉川には動機がない。なのに逃走経路を下見する姿が監視カメラに映っている。何か見落としていることが?」
ショッピングモールの広場であたりを見回した時、ここからよく見えるカフェテリアにやけに興味深そうな青年がいたことに気づく。
「あの青年、他の現場にもいなかったか?」
神坂の脳裏にこれまでの現場の各所で見かけた青年の姿がよぎる。
さっそくカフェテリアの店員に聞き込みをする神坂。
「あーあの男性ですか。店内が騒がしくなる中とても冷静にされていたのを覚えています。たしか、騒ぎが収まってすぐにおかえりになりました。来店は、、あっ、騒ぎが起きる少し前ですね。」
「ご協力ありがとうございます」
他の現場でも騒ぎが起きる少し前に来店し、騒ぎが収まると帰る青年。
監視カメラを見て確信する。
「この男だ」
ショッピングモールで騒ぎを起こした犯人、吉川に会いに来た神坂。面会室に吉川が現れると不貞腐れた様子で椅子に座り、顔をそらす。
「話すことなんてねぇよ」
「残念ながら私にはあってね。この男なんだが、見覚えはないかい?」
目星をつけた男の監視カメラの映像を現像した写真を見せると、吉川はわずかに目を見開いたがすぐに元の表情にもどる。
「知らねぇな」
「そうか、もしかしたらと思ったんだが。」
神坂は気持ちを切り替えるような表情をすると鞄から手紙を取り出し吉川へ渡す。
「これ、入院中の娘さんから手紙だ」
「ミカから!?なんでおまえが!」
困惑しつつ手紙を受け取り読み始める吉川。
「犯罪をおかした者の家族は周りからいわれのない誹謗中傷をうけやすい。ましてや娘さんはまだ幼く手術を受けたばかり。病院への注意喚起と、、父親が見舞いにこれなくなってしまったからな。その代わりみたいなもんだ。」
吉川が大事そうにもつ手紙、手書きのつたない文字で書かれた文章を読む吉川は娘の顔を思い浮かべ、脳裏には声がよぎる。
「パパへ
おまわりさんからパパはわるいことをしてしまったのではんせい中だとききました。
パパほんとうにわるいことをしたの?
早くいつものやさしいパパにもどってかえってきてね。
ミカより」
「それじゃあ、他の当事者にもあたってみるよ。娘さんの手紙、また持ってくるな」
「待ってくれ」
鞄を手にとり立ちあがろうとする神坂を吉川が呼び止める。
「オレは、オレはその男を知っている。話させてほしい。」
座り直し居住いを直す神坂。吉川の目をまっすぐに見つめる。
「聞こうか」
そして語り出す吉川
〜〜〜
廃ビルの一室にて
生活苦の吉川に娘の手術費用を肩代わりする見返りにショッピングモールで騒ぎを起こすよう告げる男
吉川が男に詰め寄る
「本当に、やるんだな?」
「当然だ。そのためにお前の娘を助けたんだからな。」
うつむくき苦悩する吉川
「ミカ、、オレは、、」
男は邪悪な笑みを浮かべ男に近づき下から顔を見上げ告げる
「お前がちゃあんと指示に従っているか、見てるからな?もし約束を反故にしたら、、入院中のミカちゃんの身の安全は保証できないぞ?」
〜〜〜
こんな感じのシーンをそれぞれの犯人のバックストーリーをからめつつ撮影した。30分の中でこれまでの犯人は10人。セリフは少なかったがこちらが脅すようなシチュエーションでの初めての演技はかなり大変だった。正直途中で逃げたくもなったが、たくさんの俳優の先輩がたと知己を得ることができ、何より勉強になった。
林さんの言っていた美学にはまだまだたどりつけないが、とりあえず演技中は悪に徹することができるようになった気がする。
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