第7話 端役

 7月X日


 演技指導の先生を紹介してもらい、レッスンスタジオへ向かったらそこにいたのは社長だった。なんでも社長の知り合いなんだとか。顔繋ぎと僕の様子を見にきたとのこと。


「まだこないな。よし、待ってる間オレが少し見てやる。オレの演技に続けて真似てみろ」

「わかりました」


 それから30分ほど、社長がキャラクターとシチュエーションとセリフを決めてそれを演じるのを真似ていく。


「じゃあ次。『街のチンピラ』が『たむろしていたらこちらを遠目に見る男と目があって』、、『あぁん?なに見てやがる!!』」

「あぁん?なに見てやがる!」

「ひゃあ!」

「「ん?」」


 突然の悲鳴にドアのほうを見ると少しだけ開いたドアの向こうで女性がへたり込んでいる。


「お、遅れたうえに覗いてすみません!」

「大崎君、こちらこそ驚かせてすまん。それにまだ10分前、我々が早く来すぎただけだ。ちょっと演技の練習をしていただけで誰かに向けて言ったわけではないよ」

「練習だったんですね。びっくりしたー」


 女性が立ち上がりドアを開けて入ってくる。


「大崎君、こちらがうちの緋月です。これからよろしくお願いします。緋月君、こちらがきみの講師の大崎君だ」

「緋月です。よろしくお願いします」


 社長に紹介されて挨拶する。しかし、すごく綺麗な人だ。大崎先生はショートカットで薄いグリーンのワンピースを涼しげに着こなしている。足元はオシャレなサンダル。でもなんだろう?全然異性を感じない。


「大崎です。よろしくお願いします。すごく見てくるね?何か気になる?」

「いえ、すみません」


 こちらを上目遣いに見上げてくる先生はとてもあざとく、女性を感じる。しかし、なんだろうこの感覚は。


「つかぬことをお伺いしますが大崎先生は女性ですか?」

「あら」

「ほう」


 思い切って聞いてみた。


「あらー、お目が高いわねぇ。答えはNOよ!私は女性ではないわ。でも、かといって男性でもないの」

「よくわかったな」

「いえ、本当になんとなくだったんですが」


 まさか本当に女性ではなかったとは、でもどちらでもないってどういうことだろう?


「色気が足りなかったかしらね。これでどう?」


 先生がそう呟くと急に先生が色っぽく見えるようになる。


「これは、、女性に見えます」

「じゃあこれは?」


 今度は同性に見える。なんだこれは。と、すぐにさっきのようにどちらにも見えない感覚に戻る。


「どっちかはナイショ。でも、色々教えてあげるからね。あなた、いい目をしてるわ。あらためて、大崎真おおさきまことよ。よろしくね」

「緋月朔夜です。よろしくお願いします」


 まったく色気のない先生がウインクを決め、社長はうんうんと頷いている。このあと社長の見守る中、ごくごく一般的な演技レッスンを受けるのであった。


 〜〜〜


 7月X日

 先日、見学にお邪魔してエキストラをさせてもらったドラマのプロデューサーと監督が気に入ってくれたようで、ちょこちょこお邪魔してエキストラをさせてもらっている。

 だいたいは事件現場を遠目に見ている一般人の役なのだが、どの現場にもいる一般人とか怪しすぎないか?大丈夫なのだろうか?


 ともあれ、そんな監督の紹介という横のつながりで端役のお仕事をいただいた。

 主人公がコンビニに入る際駐車場の隅の喫煙所でたむろする不良の役だ。清々しいほどの端役である。


「よろしくお願いします!」

 林さんと共に監督にご挨拶をし、現場入り。エキストラとはいえ何度も撮影現場に来ている。僕もなれたものだ。


 シーンの流れを全員で聞き、さっそく持ち場について演技について指示を受ける。ここには僕のほかに不良役の男性が1人、女性が1人。僕も含めて衣装はヤンキー風だ。


「まぁとりあえず盛り上がってる風にしてもらって。あとはそうだなー、アドリブで何かあればしてもらっていいよ。」


 さすが主人公がコンビニに入るシーンと出てくるシーンに映るだけの役だ、指示がざっくりしている。正直これまで何度もやったエキストラとあまり違いがわからない。


 共演者たる不良Aの男性が言う


「盛り上がってはともかく、アドリブは無茶ぶりじゃね?あ、オレ佐藤洋一な、よろしく。」


 不良Bの女性も

「てか、このギャルみたいな格好きつく見えない?私25なんだけど」

「「25!?」」

「2人ともノリよくてウケるんだけどーw。こんな感じ?私、伊藤美希ね。」

「緋月朔夜です」

「「怖っわ」」

「...」


 名前を言っただけで怖いとか、なんだよ、、

 不良A改め佐藤が慌てて取り繕う。


「や、ちがくて。おこんなよ?な?そんな怖い顔しなくてもいいじゃん」

「怒ってないし、今割と素の表情」

「うっそだろ、、」


 伊藤ものってくる


「えっ、じゃあ怒ってるときの顔みしてよ」


 眉間にしわを寄せ上目遣いしてみせる。


「「怖っっわ!!」」


 なんなんだよもぅ、、


「それで?アドリブになんかいい案ある?」と佐藤。

「特にない」と僕

「右に同じ」と伊藤


「えーでもオレらみたいな新人がテレビにうつれるわけじゃん?ちょっとでも目立ちたいよなー」

「そうよね、、」

「ちなみにオレ26な」

「僕は16です」

「「16!?」」


 仲良いなこいつら。


「お二人はもともとお知り合いだったりするんですか?」

「あー、まぁな。何回か現場で会ったり」

「年も近くて売れない同士飲みに行ったり」


 なるほど。なるほど。


「では、主人公がコンビニに入るシーンはオーダー通り盛り上がってる風にして、主人公が出てくるシーンでは2人が付き合い始めた報告みたいな感じで肩とか組んで僕に見せつけて、みたいのはどうですか?」

「あーなるほど?一回見ただけじゃわかんないけど2.3回見たらなんかやってるのに気づくやつだ」

「ほかに思いつかないし、それでやってみる?」


 3人で三角形になるようにガラ悪く座る中急にオーバーな手振りを始める佐藤と伊藤。


「実は!」

「私たち!」


 そして肩を組んで寄り添う。


「「付き合いはじめました〜」」(イラッ)

「チッ」

「「だから怖っわ!」」


 思わずイラッときて舌打ちをしてしまった。


「でもなんか、いいんじゃね?」

「動きがあって悪くないわね」

「自分で提案してなんだけど、本当にこれでいいのか?」


 と、ここでスタッフさんの『本番入りまーす』との呼びかけが入る。


「おっし、初期位置初期位置」

「なんか適当に話そ」

「音入るかもしれないからちょっと小声でな。で、入ってもいい内容で」

「おっけ」


 そして主人公が歩き出す。コンビニに入るまでの数秒が僕らの出番だ。


「でさぁ〜」

「あーね」

「ところで緋月お前彼女いんの?」

「いや?そういう子はいないっすね」

「「だから顔怖いって!」」


『はーいオッケーでーす!では次コンビニ内のシーン』

 1発オッケーだった。


「中身ねぇ〜」

「えっマジで彼女いないの?」

「マジですがなにか?」

「あ、うん。けっこうモテそうなのになぁ」

「そもそもみんな話しかけてこないんで」

「あーなるほどなー?」

「なるほどとは?」


『はいコンビニ内のシーンオッケーでーす!では次コンビニから帰宅するシーン』

 おっ、出番がきた。


「いきますよ」

「おう」

「りょっ」


 主人公がコンビニから踏み出す少し前に会話を始める。


「実は!」

「私たち!」

「「付き合いはじめました〜!!」」

「チッ」

「「いや、怖っわ!」」

「ほんと仲いいよなお前ら、、おめでとう」


 そろそろ終わったかなと主人公が出てきたコンビニの方をちらっと見ると、なぜかこちらを見て固まっている主人公のイケメン俳優。

 なに見てんだよ!お前が帰宅しないとシーンが終わらないだろ!目の前でカップル(偽)に見せつけられた憤りもあり思わず立ち上がり怒鳴る。


「なに見てんだゴラァ!?」

「ひぃ!」


 主人公役のイケメンが慌てて逃げ去っていく。

 あっ、やっちゃったー、、。


『カーット!いいね!いまの!』


 えっ、、いいの?

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