第6話 エキストラ
7月X日
今日は初めての仕事でショッピングモールにやってきた。といってもドラマの撮影現場の見学だ。正直これが仕事かというと微妙なラインだそうだが、事務所の先輩が犯人役として出演する深夜の30分ドラマのようだ。
先日と同じく林さんに迎えにきてもらい、事務所で服を着替えて現場へ。
林さんに連れられて、忙しそうに動くスタッフさんにお疲れ様ですと声をかけながら責任者たるプロデューサーさんのもとへ。
「白石さん!お疲れ様です。」
「お疲れ様です」
「あぁ林さん、お疲れ様。日向君いい感じだよ」
「ありがとうございます!」
「それで?そっちの子が?」
「はい!事務所の新人の緋月です。今日は顔見せと、現場を見学させてもらおうと連れてきました」
「はじめまして、緋月朔夜です。よろしくお願いします。」
「よろしくね、緋月君。えっと、エキストラが足りなかったら出てもらうこともできるんだよね?」
「はい!もちろんです!ぜひ使ってやってください」
プロデューサーさんに挨拶をしたら次は監督さんに
「童磨監督、お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「あぁ、林さん。お疲れ様です。おっと!まぁたいい感じの子連れてきたねー」
「ありがとうございます!新人の緋月です!今日は勉強されてやってください!」
「はじめまして、緋月朔夜です。今日はよろしくお願いします!」
「うんうん。ゆっくりしていってよ。」
そしてやっと先輩のところに。初めてお会いする日向先輩は意外にもあまり強面ではなく、ワイルドなお兄さんという感じだった。
「日向君お疲れ様!」
「あっ林さん、どもっす。彼が新人の?」
「はじめまして!緋月朔夜です!これからよろしくお願いします!」
「おー、よろしく!スタッフのみなさんに迷惑をかけないようにな。今度メシでもいこう」
「はい!」
その後も林さんのあとをついて挨拶回りをし、見学へ。
「エキストラのみなさんはこちらに集まってくださーい!」
どうやらエキストラ向けに説明を始めるようだ。こうやって見ると、エキストラにもいろいろな人がいるな。老若男女さまざまだし、もう何度も経験しているのか余裕をもって聞いている人もいる。
どうやらこのショッピングモールで犯人が警察から逃げながら暴れ回り、広場まできたところで主人公の警察に逮捕される、という流れのようだ。
それぞれの場所で、悲鳴をあげて逃げたり、野次馬のようにスマホを構えたりなどの指示がされ、配置されていく。と、最終ポイントの広場まできたところでスタッフさんがこちらに走ってくる。
「あの、林さんところの新人さん、使っちゃっていいんですよね?」
「はい!もちろんです。」
「あそこのカフェテリアで事件が起こるのを見ていてほしいんですができますか?リアクションはお任せしますんで」
「わかりました。緋月くん、行ってきて。」
まさか本当にエキストラで参加することになるとは、と思いつつ指示されたカフェテリアの一角へいくと、林さんから着信。
隣のスタッフさんの指示を林さんが身振り手振りをまじえて伝えてくれる。
「そのいっこ右の席、そうそうそこ。そこでカップを持って、コーヒーを飲むような仕草をしてほしいって」
「わかりました。すいません、カップをいただけますか?」
すると、スタッフの女性がカップとソーサーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
忙しそうにしているスタッフの女性にお礼を言うと、遠くから「まもなく撮影入りまーす」という声が聞こえてきた。
なんとはなしにそちらを向くと、日向先輩が周囲の客にぶつかりながら強引に走り抜けていく。何回かリテイクを重ね、次に追いかける警察官のシーン。なるほど。何度も撮り直すのか。カットを割るわけだし別撮りなんだな。
初めて見る撮影現場に、ちょっと面白いなと思い口元を緩める。
〜〜〜
エキストラとして参加してしまったので、その場を離れることができず、撮影が進んで現場が移ると暇になってしまった。スマホを見るのもあれだしと空のカップを持ってぼーっとしているとスタッフさんがカップにペットボトルのコーヒーをついでくれた。お礼を言ってちびちびと飲んでいると、どうやら撮影が広場まできたようだ。思わず少し身を乗り出して見つめる。しばらく見ていてしっかり席についてないとまずいのではないかと思い、目立たないよう目線はそのままゆっくりと腰を下ろす。
撮影をしている広場を眺めながらコーヒーを飲み切ったころ、撮影が終わった。
〜〜〜
「「今日はありがとうございました」」
プロデューサーや監督、スタッフさんに挨拶をして林さんに車がで送ってもらう。
このドラマは8月の半ばに放送予定らしい。
やはりけっこう先なんだなと思っていたら、これでも早い方だと教えられて驚いた。
なんにせよ、少しでもかかわった作品である。放送が楽しみだ。
〜〜〜
デビューした日から、夕飯後の団欒にもらったBlu-rayを家族で鑑賞するのが習慣になりつつある。
「あんたんとこの社長かっこいいわね〜」
「若い頃から現役でシリーズ続いてるのすごいなぁ」
目下僕より両親、特に母がどハマりしている。
まだ3日目なのにグッズを買い始めた母に父は少し困惑しつつも楽しそうだからいいかといった感じだ。
「今日は見学、どうだった?」
「もしかしたらって言われてたエキストラをしたよ」
「お!もう撮影デビューか!放送はいつなんだ?」
「8月の半ばだって。でも、ホントにちょっとだけだよ。画面に映るのも数秒なんじゃないかなぁ」
「それでもだ。録画予約しないと!名前は?」
父さんはうれしそうだ。
「早すぎてまだ予約できないと思うよ。タイトルはポイント&ラインだったと思う」
「でも、エキストラとはいえこんなに早く出演させてもらえるなんてねぇ。しばらくは習い事みたいになるのかと思ってたわ」
「僕もびっくりした」
演技の勉強もまだ映画を観ただけ。でも近々演技指導の先生を紹介してくれるという。ちょっと楽しみだ。
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