◇4 コウスケの目論見──オレは、トンマじゃねえ!

【10日目】1975年(昭和50年)11月30日日曜日


 須藤夫婦の部屋から自室へ戻ると、またケダモノが吠えていた。そっと野生動物の寝顔を覗きに行く。

 婆さんは大の字で熟睡している。コウスケは知っている。こんな時、何があってもコイツが目覚めることはない。これまでの経験で学習したことだ。

 ──シメシメ……

 須藤婦人から頂戴したお裾分けをちゃぶ台の真ん中に置いた。串団子が三本、それぞれの串に四つずつ小皿に載って並んでいる。風呂上りに独り占めしようと目論んだ。

 さっさと入浴を済ませ、髪をドライヤーで乾かす。

 ──いよいよ御相伴に預かろうじゃねえか……

 団子の皿に手を伸ばした。

 だが、何もつかめない。皿を見ると、串だけが三本同じ向きで綺麗に揃えられてある。

 反射的に鋭い視線が婆さんを射抜く。

 婆さんの顔を覗くと、口元に小豆のねりあんがべっとりと付着していた。

 ──犯人ホシは分かった!

 ──取調べなければ!

 頭に血が上り、怒りに任せ犯人の体を激しく揺すった。だが、目覚める気配はまるでない。犯人は高いびきでやり過ごそうとする。仕方なく今は諦めて、もう一度、皿に視線を向けた。団子の幻影が見える。

 ──確かにここに並んでいたのに……

 コウスケはガックリ肩を落とした。

「ヘッ、ヘーックション! コンチクショウ!」

 怒りと寒さで体がブルッと震えた。部屋は冷え切っている。

「ぶっ殺してやる! トンマ!」

 突然、犯人が叫んで、コウスケは座ったま飛び上がる勢いで後ずさった。後方へ倒れ込み、ちゃぶ台の縁で後頭部を思い切り打ちつけた。ちゃぶ台の脚が、三本のうち一本浮いて畳に落ちる。皿がちゃぶ台の上でグルグル回り出す。皿の回転が止まると、躍っていた三本の串は皿の中央に集まり何事もなかったかのように、コウスケを指し示して静かに整列した。

「オレは、トンマじゃねえ!」

 コウスケは後頭部をさすりながら溜息をついた。

 ──亭主は、やっぱりバアさんに殺されたのかもしれねえ!

 婆さんの連れ合いを哀れんでやった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る