◆7 浮気発覚──コンチクショウ!
【2日目】1975年(昭和50年)11月9日日曜日
コウスケが出勤したあと、近くのスーパーマーケットが開く午前10時を待って、食材とキャンパス地のスニーカーを買い、角のタバコ屋の赤電話から米屋に電話して帰宅した。
金の隠し場所は大方見当がついていた。雑誌の中から表紙にバイクの写真を探せばよかった。案の定、すぐに見つかった。聖徳太子が二枚。
朱鷺は流しの中の洗い物を全て片づけると、早速
仕度を終え、茶をすすりながらくつろいでいると、米屋が配達にきた。10キログラムの米袋を抱え、米を
飯を炊き、夕べ添い寝したレトルトのカレーをかけて、遅い朝食をとった。
目覚ましは7時を指そうとしている。丁度7時になったところで、6時間だけ時間を戻した。
満腹してしばらく横になり部屋を見渡した。
何もない殺風景な部屋だ。窓にはカーテン代わりにシャツと上着が、風呂場の戸には
徐に立ち上がると部屋を物色し始める。
押入を開け、首を突っ込む。
さっそくちゃぶ台の上にアルバムを置いて、胡坐をかいた。頬杖をつき、一ページずつ開いては、若かりし爺さんの姿に笑みを零す。写真は年代順に整理して貼られていた。最後のページを開いた朱鷺の目が一点に釘づけになる。
──女と写っている!
──ジイさん……?
──ジイさんに間違いない!
女の肩に腕を回し、はにかみながら頬を寄せ合って……。
思わず首を捻る。こんな写真を撮った記憶がない。
──オラの思い違いかもしれねえ……
必死に思い出そうとした。だが、どうしても思い出せず、頭は混乱する。
──きっと、忘れているだけだ。
そう思い込もうとした。
──ジイさんがオラ以外の女と……
──こんないかがわしい写真を撮るわけがねえ!
それでも不安は募る。慌ててモンペのポケットをまさぐった。折り畳みの老眼鏡が右のポケットに入っていた。一度、目頭を摘まんで、老眼鏡をかけ、目を凝らす。
男は……
──確かにジイさんだ!
女は……
──ハテ、ハテ、ハテ?
──まさか……
──ジイさんに限って……
老眼鏡を外して今一度、目頭を摘まんだ。一旦、天を仰ぎ、老眼鏡をかけ直すと、写真を睨みつける。
──そんなこと!!!
女の正体が暴かれた時、尻の穴から脳天まで一気に血が駆け上り、顔から火が吹くか、と思うくらい熱くなった。頭がクラクラする。
朱鷺は拳を握り締めた。体が震え出す。両の拳を高々と持ち上げ、勢いちゃぶ台めがけ力いっぱい振り下ろした。
「お春のヤツ! 許さねえ!」
*
お春は、鳥の巣山の家にやってきては、親切ぶって何かと世話を焼きたがる。それが何とも鼻につく。どんな魂胆があるのか、恐らく小説のネタでも仕入れにくるのに違いあるまい。
朱鷺はいつも
お春との出会いは、十七歳の秋。朱鷺がレストラン『サンクチュアリ』に勤め出して、2日目の昼すぎだった。
「なにになさいますか?」
朱鷺はまだぎこちなかった。
「あなた新顔ね」
「はい、まだ2日目なんです」
「そう、可愛いわね、いくつなの?」
「17です」
「高校生?」
「はい、定時制に……」
「昼はこの店で働いて……大変でしょうけど頑張ってね。これからよろしくね、ちょくちょく寄らせてもらうわ。私、鷹城……いいえ、小鴨春乃。あなたは?」
「はい、外山朱鷺です」
「トキ……鳥の朱鷺?」
「はい、そうなんです」
「いい名前ね。トキちゃんね。私達、馬が合いそうだわ。仲良くしましょうね」
「はい。あのう……ご注文は?」
「あら、ごめんなさい。あなたがあんまり可愛いから、つい……そうね、ナポリタンにするわ」
「はい、かしこまりました」
朱鷺が笑顔を送ると、お春も応えた。
初め、なんて感じのいい人かと思った。だが、2度目にやってきた時、男と同伴だった。朱鷺は聞いてしまったのだ。お春とその男の悪だくみを。それ以来、70年間、朱鷺はお春への警戒心を緩めないのだ。
*
朱鷺は二人が写った写真に向かって、
「コンチクショウ!」
と顔をしかめた。
──まさか、ジイさんが、お春と!!!
怒りをおさめようとしても最早無理だった。浮気現場を押さえた確たる証拠を爺さんに突きつけて、思う存分とっちめてやらねば、と首を長くして帰りを待ち侘びた。
朱鷺は牙を剥き出しにした。ガタガタと入れ歯は音を立てる。
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