◆5 首吊り再び──初夜にか!

【1日目】1975年(昭和50年)11月8日土曜日


 朱鷺は幸せな気分で、布団に潜った。まさか、爺さんの昔のアパートで床を共にするとは。今夜は眠れそうにない。

 しばらくすると、朱鷺は自分の部屋にいた。嫌な予感が頭をよぎった。案の定、また首を吊っていた。今度こそ首に絡みついたゴムひもを外してやろうと息巻いてみても、やはり、それは叶わない。あろうことかあの女が目の前に迫ってくる。

 ──こいつのせいだ!

 ──この女のために自分は死ぬ羽目になった!

 ──この女は人殺しだ!

 女は朱鷺の傍へ次第に近づいてくる。

 ──なんとしても寄せつけてはならぬ!

 本能がそう教えている。しかし、なす術がない。どうしても身動きがとれないのだ。

 ──どうすればいい?

 ──叫ぶ?

 ──そうだ、相手がひるむくらいの大声で叫ぼう!

 ──それしかない!

 朱鷺は決心して、息を思い切り吸い込んだ。喉の奥が「ゴーッ」と鳴った。まるでケダモノのイビキのように。

「コラーッ! コノヤロー! 出てけー!」

 一気に吐いた。

 朱鷺もこれほどの大声を出した経験はこれまでにはない。

 功を奏したようだ。女の姿は消えていた。

 朱鷺は辺りを見渡した。自分の部屋ではない。

 ──ここはどこだ?

 ──青い!

 ──目の前が青い!

 ──どこかで見たような気がする?

 だが、思い出せない。

 ──なんだこれは?

 じっと青いものを見た。

 ──背中……

 頭の中に言葉が入ってきた。

 ──背中!

 ──人の背中か?

 ──いや、死んだ!

 ──自分は死んだのだ!

 ──ここはあの世だ!

 ──だったら人じゃない!

 とすると……

 ──閻魔えんまさんだ!

 訊いてみるしかない。少し怖ろしいが、勇気を出して訊こう。

 朱鷺は気合を入れた。深呼吸を繰り返す。

 ──よし、今だ!

「おめえ、エンマさんかー!」

 相手の反応はない。

 長い時間がすぎたようだ。また朱鷺は辺りを見渡した。真っ暗だ。

 ──ここはどこだ?

 自分は布団の中で寝ていた。朱鷺は起き上がって手探りで歩き、途中で止めた。

 ──そうだった!

 思い出した。ここは爺さんのアパートだった。隣に若い頃の爺さんが寝息を立てている。

 朱鷺はゆっくりと布団に潜った。何だか喉が痛い。咳払いをする。

 ──大声を出したわけでもねえのに、なしてだ?

 首を捻りに捻った。が……

 ──ま、そんなこたぁ、気にする必要はねえ……

 再び、朱鷺は目を閉じて眠りに就いた。



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