第23話 わからないアイツ

「愁先輩っ!お願いします!!」

 県大会も終わり、愁がベスト16、オレと章斗は、初戦敗退だった。

 最近の冬月は、愁に付きっきりだ。暇さえあれば、愁に稽古つけてもらってる。

 ……。オレは、どうしたんだよ…。あんなに、葵先輩、葵先輩って言ってたのに…。そりゃあ、県大会の成績からして愁の方が断然良かったし?より強い人に稽古付けてもらいたいんだろうけどさ…。

 おまけに、「愁先輩」ってどういう事?愁も「章斗」って呼んでるし…。なんだよ。

 愁も愁だよ。オレに冬月に気を付けろとか言ってたクセに、今じゃあ、自分の方がベッタリじゃないか。ほんと、何なんだよ!

 モヤモヤとして、ちっとも気が晴れない。

 次の試合は、12月の合同稽古会がある地区大会だ。それに向けて、気合いが入ってるのはわかるんどけど…。冬月から見て、オレそんな頼りないのかなぁ。

 はぁ〜。

 ……。ま、考えても仕方ないか…。実際、愁の方が上手いしな…。

ゆたか、しよっか。」

 隣にいる沢渡に声を掛ける。

「はいっ。葵先輩っ!」

 面の打ち合いから、試合稽古までしていく。

「休憩〜。」

 愁の一声で、稽古が止まる。

 面を取って、首にかけたタオルで顔を拭きながら、沢渡と一緒にさっきの稽古の反省会をする。

「葵先輩、ちょっといいですか?」

 冬月がオレに声をかけてきた。

 促されるまま、道場から出てそのまま、建物の影の方へ行く。遠くの方では、野球部が練習してるのが見える。

ってなんですか?」

 立ち止まるなりそんな言葉を発してきた。

 祐?沢渡の事?

「沢渡だけど?え?お前、沢渡の名前知らなかったのか?」

「は?何言ってんですか。誰が、沢渡を連れてきたと思ってんですか。俺が知らないわけないですよね?」

 何か、冬月、怒ってる…。

「じゃぁ、何なんだよ。さっきの質問…。意味わかんないんだけど。」

「は?何でわかんないんですか?ってどういう事ですかって、まんま聞いてるだけですけど?」

「だから、それが何なんだって言ってるんだよっ。祐は、剣道部員だよっ。それが答えっ!でも、それが正解じゃないんだろ?お前は、一体何が聞きたいんだよ!」

 全く訳がわからない。

「だぁーっ!もうっ!鈍いなぁっ!何で、って呼び捨てなんですか?」

 拳でコンクリートの壁をたたく。

「は?そんな事?」

「そんな事?そんな事で済まされないですよ。俺なんかこっちから頼まないと名前で呼んでくれなかったじゃないですかっ!しかも、「祐、しよっか。」って、なん何ですかっ!「しよっか。」ってするんですか?俺、そんな事言ってもらったことないのに…。」

「はぁあ?ナニするかって、稽古に決まってるだろ?部活中だぞ!」

「しかも、エロい顔で、沢渡と話やがって!」

「お前、何言ってんだ?そんな事考えてるの、お前だけだわ!先輩にエロいって、失礼にも程があるぞっ!」

 キッと睨みつける。

「言って下さい!俺にも言って下さい!」

「何を?」

 さっきからコイツおかしい…。

「「章斗、しよっか」って言って下さいっ!」

「はぁっ?何でお前に言わなきゃいけないんだよ?」

「沢渡に言ったじゃないですか!俺にも言って下さいっ!」

「嫌だ!!」

「何でですか?」

 ほんっとに、コイツおかしい。

「お前、何かおかしいぞっ!怖いんだよ。」

 いつの間にか、道場の壁際までに追い詰められている。

「何で、俺には警戒して、沢渡には警戒しないんだよ!」

 オレの顔の両横コンクリートの壁をダンっと叩く。

 ビクっと身体が、弾く。

 そろっと、冬月を見上げる。

 目が合った瞬間、ウグッと冬月がうめく。

 そのまま、オレの肩に顔を埋めた。

「言って…。」

「何を…。」

 言いかけて、頭に浮かんだ。コイツ、本気で「しよっか」って言って欲しいのか?頭、沸いてるのか?

「言って、葵。…………先…輩。」

 うん?コイツ、今、オレを呼び捨てにしようとしたな…。

「言ってくれないと、俺…。キス…しますよ…。」

 オレの肩に埋めていた顔を起こし、オレの顔を見る。バッチリ目が合ってしまう。

 な、な、な、なんて事、言うんだ、コイツは。

 なんて、考えてる内にどんどん顔が近付いてくる。

 何を考えてるんだ?オレは男だぞ…。

 ひぇぇ…。

 慌てて横を向き、目をつぶる。

「わかった!わかった!言うから!」

 気配が離れて行くのがわかった。

 恐る恐る目を開け、冬月との距離を確認する。

 近付いていた顔が元に戻っていて、ホッとする。

「さっ、どうぞ!言って下さい。」

 ニッコリと目を細めて、オレを見下ろす。

 うう…。

 何で、こんな事に…。

「章斗、し、し、しよっか。」

 ビクつきながら、口に出す。

「何をですか?キスですか?」

「なっ!!」

「冗談ですって、お兄さんとの約束もあることだし。するわけないじゃないですかぁ。稽古ですよね。稽古、しましょう先輩!」

 そう言って、オレの手首を掴み強引に道場に入っていく。

「わ…っ。」

 あまりにも強引で、バランスを崩して、コケそうになる。

 何なんだ。コイツは…。

 目の前の背中を見ながら、思った。

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