第12話 秘密の稽古

「…す…げ…。」

 防具の入った大きなカバンと竹刀の入った長細い袋を肩にかけたまま、呆然と目の前の建物の固まりを見上げる。

 オレの目の前には、純和風の家の固まり…、正確に言えば、塀に囲まれた瓦葺きのきっちり閉じられた門がある。家の全貌は、こちらからは見る事が出来ない。

「先輩、早く入って下さい。」

 見ると、冬月が大きな門の隣にある小さいドアからひょこっと顔を出していた。小さいドアといっても、門がでかいので小さく見えるだけで、通常のドアサイズだ。

「…、あ、…うん。」

 冬月がそのドアに吸い込まれる前に、慌てて、入る。

 う…わぁ…。

 塀の中は、京都の寺庭を想う景色が広がっていた。松とか、紅葉とか…。家にあるんだ…。松とか…。松とか…。衝撃的過ぎて、ぐるぐると同じところを思考がまわってばかりだ。

「先輩、ここです。」

 冬月が止まった目の前には、立派な庭の割には、簡素な造りの建物があった。ガチャガチャと鍵を開け、ガタガタと音を立てながら引き戸を開ける。どうぞと促され、そろりと敷居をまたいで入る。

 両側には、学校にあるような下駄箱が据え付けられていて、その奥が道場になっていた。

 ……。

 ここって…?

 冬月の自宅じゃなかったっけ?

「じいちゃんが仕事引退してから、近所の小学生達に剣道の指導しててさぁ。その時のなごり?みたいな?」

「はぁ…。」

「更衣室がこっち…。」

 案内してくれる冬月に着いていく。

 ……、もう、何も驚くまい…。

 オレは、稽古しに来たんだ。

 そう、稽古だ、稽古!!



 稽古が終盤に差し掛かった頃、バリバリガリガガーンと雷鳴が道場いっぱいに鳴り響いた。稽古を始めて、すぐ降り出した雨もますますひどくなってきた。地稽古の途中だったが、右手を上げ稽古を中断する。

 道場の角に並んで座り、防具を全て取る。面タオルで、顔、首とゴシゴシと汗をふく。

「雨、激しくなってきたな…。帰るにしても、小降りになるまで待たしてもらってもいいか?」

「……。」

 前を向いたまま、隣にいるはずの冬月に声かけたが、何も返ってこない。不思議に思い、冬月の方を見る。

 !!

 思った以上に冬月が近い所にいた。オレの顔の真横に冬月の頭があり、まるでオレの首すじのニオイを嗅いでるようにも思える角度だ。まぁ、そんな事は無いけど。

「冬月?」

 大きな雨音の中で、聞こえるかどうかなくらい小さな声で、呼びかけてみる。

「せ、先輩…っ!」

 冬月は、ビクッと肩を震わせ、慌てて距離を取る。

「す、すみませんっ!!」

 こっちがびっくりするくらいの大きな声が

 返ってきた。オレは大丈夫だけど、冬月は随分、動揺しているようだ。もしかして、雷が怖いのか?…なんだ?でかいナリしてる癖にかわいいヤツだな…。

「大丈夫だって…。すぐ、おさまるって…。」

 ドーン。

 大きい音が道場いっぱいに鳴り響き、床面もビリビリと震える。道場の電気が切れる。

 ボフッと上半身と顔面に衝撃が走る。何か生暖かいものに、締め付けられている。何事かと身をよじるがよじれば、よじるほど締め付けられる。頭のすぐ上に息使いが感じられ、何とか顔を上げる。稲光の中で、オレの目の前には、冬月の顎のラインがくっきりとうつる。もう少し身をよじると冬月の表情が稲光の合間に、見る事が出来た。

 冬月が、こちらを見ている。でも、オレの目とは合わない。目線がオレの目よりやや下の方に向いている。とても真剣な表情で、それでいて追い詰められているような…。ゴクリと冬月の喉仏が上下する。少しずつ、オレに近付いてきているような気がする。

 これ…、このままいくと、ぶつからないか?

 チカチカと明かりが戻った。

「「わ…。」」

 オレたちの距離が鼻と鼻がぶつかりそうなところにあった。

 冬月は慌ててオレの身体を突き離し、立ち上がりオレに背を向ける。後ろから見てもよく分かるほど、耳が真っ赤だ。

「す、すみませんでした。」

 慌てふためく冬月に、ぶっと吹きだす。

「大丈夫だってー。誰でも、苦手なものあるって…。そういえば、オレ、停電、初めてだわ。あれは、あれで怖いな…。」

「へ…?」

 冬月が顔だけこちらに向ける。ポカンとした顔だ。

「へ?雷が怖かったんじゃないのか?」

「へ…、あ…、あ〜、そうなんです。か、雷…、こ、怖くって?」

 う…ん…?なぜに、クエスチョン?ま、いっか…。

「あ、そうそう。小降りになるまで、待たしてもらっていいか?」

「え?」

「だから、外、雨すごいし、しばらくここで、待機させてもらってもいい?」

「あ、もちろん。道場には何も無いし、俺の部屋で、軽く何か食べましょう。」

「確かに、腹減ったし、助かる。冬月んちに来るって分かってたら、何か持ってきてたのにな。ごめんな。」

「何言ってんですか。俺も黙ってたし。気にしないで下さい。あっ、シャワー浴びます?汗、気持ち悪いですよね。」

「いや。流石にそこまで甘えてられないよ。」

「ぶっちゃけ、俺が、浴びたいんですよ。それで、先輩もどうかなって思っただけですから、遠慮しないで下さい。今日は、俺以外誰もいないし。」



 それこそ、悪いとことわったが、結局は押し切られ、シャワーを借りて、冬月の部屋に案内された。



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