第11話 個別稽古

「それじゃあ、今日はお疲れ!解散!」

 試合と合同稽古会を終え、学校の道場前に集まってミーティングを済ませた。

「葵、帰るぞ…。」

 愁がいつもの様に声掛けてくる。

「いや…、オレは…。」

 冬月の方に視線をやる。

「…、ほっとけよ…。」

 ふんっと軽くため息を付き、またなと言いながら帰って行った。沢渡もオレと冬月が残ると知って、黙ってその場を去った。ずっと下を向いてる冬月とオレ、二人だけになった。空を見上げる。時計は17時を指してるが、まだまだ明るい。

 よし…。

「冬月、入るぞっ!」

 バシッとキツめに冬月の背中を叩く。

「え?」

 戸惑う冬月をよそに、道場の鍵を開け、入って行く。いつもなら、更衣室に入って着替えるが、今日はその場で道着に着替えて行く。時間が勿体ない気がしたからだ。ポツリポツリと入ってくる冬月に、

「何をしているっ!早く着替えてっ!時間が、勿体ないっ!!」

 自分でもびっくりするくらいの声が出る。

「は、はいぃぃっ!!」

 体を跳ねあげ、慌てて着替える。


「自分の芯を捕られるな。相手の芯を捕らえるんだ。」

「はい……。」

 竹刀の先と先が互いの芯を捕らえるために、カチャカチャと擦れ合う。

 フッとその竹刀の力を抜いてやる。すると冬月の竹刀が行き場を失い僅かにオレの芯から逸れる。その隙にオレは、冬月の面に一撃を加える。

「気を抜かないように…。また、逆を言えばさっきのも一つ手になる。」

「はい。」



 そんな感じで2時間、稽古した。流石に外は薄暗い。

「大丈夫か?冬月…。駅まで送ろうか?」

 何となく強引に稽古付けてしまった手前、今更ながらに心配になった。

「なっ!な、な、な、何言ってるんですかっ!逆に俺が先輩を送りたいですっ。」

 顔の前で激しく手を振りながら、オレに訴えた。

「いや…、オレは、自転車だし…。」

「ですよね〜。」

 力無い声で、両手を腹の前で組んでくねくねさせる。

「じゃ、帰ろっか…。」

 校門まで、突いていた自転車を乗る。

「あ、あの先輩…。」

「うん?」

 自転車に乗ったまま、振り返る。

「きょ、今日は、ありがとうございましたっ!」

 直角に腰を曲げる冬月を見て、なんだ、かわいいとこあるじゃんって、頭をぐりぐりしたくなった。実際は、してないけど。

「そ、それで、その…。」

 体を起こし、俯いたままの冬月が、また腹のところで手を組み、くねくねさせる。どうも、クセらしい。

「何?どうしたの?」

「次の土曜日、来月末の県予選に向けて、今日みたいに個別指導付けてくれませんか?」

 俯いていた顔を少しだけ上げ、両目を堅く閉じて、顔を赤らめて言う様は、普段の生意気な冬月の影も形も無い。

 ふふ、かわいい。

「オレなんかが、指導ってとてもじゃないけど無理だから……。」

 しゅん…。

 みるからに、しょげてしまう。

「一緒に、練習しようっ!」

 一瞬、 えっ、ってなって、満面の笑みを浮かべる。

「ほんとですかっ!」

 食い付きの良さに、びっくりする。

「あ…、でも来週って、学校自体、閉まってる日じゃなかったっけ?」

「それなら、大丈夫です。」

 と、冬月は、意味深に笑う。

「絶対ですよ!先輩!」

 この事は、内緒で…なんて言いながら、去って行った。


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