第10話 初試合

 5月に入り、新入部員がまた一人入ってくれた。沢渡 さわたりゆたか。冬月が連れて来た。冬月と同じクラスで、剣道の経験は無いらしい。礼の仕方から、面の付け方など、主に冬月が指導した。

 今日は、何かにつけ色々起こる地区大会オンリーの中学高校剣道優勝大会及び合同稽古会だ。沢渡は、初試合。冬月に取っては、高校になっての初試合。どちらも、いい試合をして欲しいと思う。あ、自分も含めて…。

「沢渡、思い切って行くんだぞ!とりあえず、今日は経験を積むんだ。」

 沢渡は、剣道を始めて2ヶ月だ。紺色の道着と袴姿もまだまだ初々しさが残る。とにかく今日は、前へ出ることを覚えて欲しい。沢渡の両肩を掴み、気合いを入れる。といっても、オレの方が背が低いので、見上げる形になって説得力もあるのか無いのか微妙なものかもしれない。

「はいっ。」

 沢渡はそんなオレの心配事もよそに、きちんと返事をくれる。

「あっ、葵先輩〜。俺にもゲキ下さいよぉ〜。」

「冬月は、一年でもベテランじゃん。必要ないだろっ!」

 沢渡の肩から手を離し、声のする方に顔を向ける。

「え〜っ、俺も葵先輩の上目遣い欲しい〜。」

 そう言いながら、オレに近付いてくる。

「オレのゲキが欲しいんじゃなかったのかっ?」

 カチンときて、睨む。

「ま、細かい事は、気にしない。」

 トンとオレの左肩に手を置く。

 即座にその手を払う。

「冷た過ぎる。葵先輩…。」

「おーい、トーナメント表貰って来たぞ。」

 受付から愁が帰ってきた。

 とりあえず、自分達の一回戦目の相手のチェックをする。愁とオレは、シードになっていた。沢渡の相手は、小学生からやってるオレから見ても始めてみる名前なので、高校で始めた子かもしれない。チャンスだ。冬月は…、

 ……!!

「蒼生高 萩原」となっていた。蒼生は、冬月の古巣だ。中高一貫校なので、冬月の元チームメイトが相手となる。チラリと冬月を見る。先程までのチャラけた雰囲気が消え去り、鋭い眼になる。ゾクリとする。


「始めっ!」

「「やあっっ!」」

 沢渡の試合が始まる。やはり、相手は沢渡と同じく初心者のようだ。頑張れ、沢渡!両手を顎の前でギュッと組む。どちらも、決め手となる一本が取れない為、延長に延長を重ねていく。両者とも、バテバテなのが見て取れる。そんな中何とか、沢渡が一歩踏み出し相手の面に一撃を与える。

「面ありっ!」

 主審が赤旗を上げる。

「やたっ!愁、沢渡が…。」

 拍手をしながら、隣りの愁に声を掛ける。

「こっちは、一本取られてる。」

 正面を見据えたまま、愁が答える。

「え、冬月の試合?始まってるの?」

 慌てて、愁の視線の先を観る。

 冬月と相手が竹刀を構えたまま、牽制し合っている。

「めーっ!」

 冬月が攻める。相手は、攻撃を軽くいなす。一本を取ってるので、落ち着いた様子で返し技狙いだ。一方、冬月は取られてる側なので、何としても前に出て取り返さなければならない。後、何分あるのだろう。元々3分しかないので、残り僅かだろう。そうしている間も、冬月はどんどん攻めて、相手の隙を付く。しかし、決まらない。旗が挙がらない。

「ピー……。」

 試合終了の笛が鳴る。

 その時がきてしまった。

「冬……。」

「葵!俺たちもそろそろ行かないと…。」

「…あ…、そう、なんだけど……。」

「葵!切り替えろっ!」

 いつまでも冬月に視線を合わせていると愁が一括した。

「ご、ごめん…。」

 慌てて、防具を付けるべく走る。

 冬月…。

 呆然と防具を付けたままの冬月の姿が脳裏に張り付いた。



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