第3話 アイツがやって来た4月

4月1日。

朝倉先輩、柴田先輩が大学へ進学し、剣道部は2年になったオレと愁の二人だけとなった。

「入学式前なんだが、本日より一名、新入生がうちの部に入ってくれる事になった。蒼生中学出身、冬月章斗ふゆつきあきとくんだ。」

滅多に来ない顧問が来たかと思えば、新入生の紹介だった。

「蒼生より来ました、冬月章斗です。剣道は、小1よりやってます。入学式まで1週間ありますが、一日でも早く先輩達と一緒に練習したく、今日より部活動させて頂く事になりました。よろしくお願いします。」

長い長いセリフを淀みなく言うところは、流石、名門私立中学校出身者だ。あそこは、中高一貫で、剣道も強豪だったはず…。何故斉宮ウチに…。それに、茶色ががった髪に茶色の瞳、やたらとデカい身長…、この美系男子どこかで見た事あるような…。

「冬月くんは経験者なので、即戦力になると思う。これで3人になるし、一応、団体戦にも出られる訳だ。よかったな…。」

そう言って、顧問は去って行った。

「なぁ、愁…。オレ、アイツ…。」

 隣の愁に声掛けようとした時、

「先輩っ!!会いたかったっすっ!!」

大声で叫ばれたかと思うと、ガバっと抱きついてきた。ギュッとオレの背中にまわされた腕に力が入る。うっ、痛い…。そう、訴えようと見上げると、そのまま顔を近付けてきて、オレに頬ずりする。

キモッ!!

「や、やめろっ!」

冬月とやらの顎を、手の平で押し上げ、無理やり距離を取る。

「痛い…。痛いです。可愛い顔して、酷いです。先輩…。」

そう言いながら、オレから離れる。

くっそっ!コイツ、今、オレに何した?頬ずりの感触を消す為に、自分の手首でキツく自分の頬を擦る。くそ!男に、頬ずりされた。男に…。彼女にさえしてもらった事無いのに!…まぁ、彼女居た事無いけれどもっ!男に…。ちくしょぉ…。怒りのあまり顔のあちこちが熱くなる。

「男に、可愛いとか言うなっ!仮にもオレはお前の先輩だぞっ!」

熱くなった顔のまま、キッと思いっきり睨む。

オレの表情を見た冬月の瞳が、一瞬光った様な気がした。

「……、かわい…。な、何でもないです。わ、分かりました。すみません。先輩。」

冬月は慌てたように、口元に手を当て謝罪してきた。何かどこか引っ掛かる謝り方だが、仕方ない。

「わかったのならいい…。早速、素振りからしよっか…。」

そう言って、オレは竹刀を持って道場の中央の方へ向かう。一応、こんな奴でも、数少ない大事な部員だ。優しくしないとな…。ひっそりと誓う。

「…、柏木先輩…、俺、ヤバいっす…。」

「分からんでもないが、こんなの序盤に過ぎないぞ…。」

そんな二人の会話が、オレの背中で行われた。

素振りのウォーミングアップも終え、面と小手を付けての本格的な練習が始まる。

「やああっ!!」

出来る限りの太い声を出して、愁に掛かって行く。8月に朝倉先輩達が引退して以来、ずっと愁と二人だけの練習だったが、今日からちょっと変わった奴だが、冬月と3人での練習になる。顧問の言う通り、何とか団体にも出る事が出来るし、ちょっと嬉しかったりする。

「やあっ!」

 愁との切り返し練習が終わり、次、『蒼生

 冬月 』と書いた男が掛かってくる。オレより低く響く声だ。竹刀も早い…。踏み込みもしっかりしてる…。流石、小学生からやってるだけの事はある。

コイツ…、強い…。

そう直感し、わくわくしてくる。楽しくなりそうだ…。

「休憩〜。」

愁が大きく声掛けた。ハッと現実に戻される。あまりにも練習が楽しすぎて、集中しすぎていた。3人揃って竹刀を納め、礼をする。

道場の隅で正座し、面を外す。外した瞬間、籠ってじっとりとしていた空気から解放され、顔の火照りがゆっくりと冷まされていくのを感じる。面タオルでそのまま顔を拭き、汗で濡れた前髪がピンと上に立ち、狭い額が顕になる。

「はぁぁ。あつ…。」

と、言いながら、ふと左隣の冬月を見る。

 !!!

耳まで真っ赤にして、目を見開いている冬月の姿がそこにはあった。

「だ…、大丈夫か?冬月っ!」

練習がキツかったか…。冬月は、この間まで受験生だった。久々の練習だったはずだ…。しまった…。飛ばし過ぎた…。慌てて、冬月の元に行く。

「だ、だ、大丈夫ですから…。せ…、」

そう言って、片手を目一杯オレに伸ばし、座ったまま上半身を逸らし、オレとの距離を取ろうとする。

「何、言ってるんだ…。熱中症じゃないのか?そんな、真っ赤な顔して、大丈夫な訳ないだろ?」

 更に一歩、冬月に近付く。

「へ、へ、平気ですから…。」

 ますます冬月の顔が赤くなる。

「あ…。」

 冬月の鼻から赤いスジが出る。

「冬月っ!!」

「葵っ。氷っ!」

心配で冬月の身体を支えようとしたら、愁が間に入ってきてオレに指示を出す。そして、冬月にはティッシュを渡す。

「わかったっ!」

オレは、道場内の顧問室に向かう。

「た、助かりました…。愁先輩…。」

「すぐ、慣れる…。心配するな…。」

そんな会話が聞こえた。

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