君が泣いている。その唄。

エリー.ファー

君が泣いている。その唄。

 君がいたのは、久しぶりの雨。

 忘れがたき、日々も。

 時間だけが大切に流れた。

 急ぐこともない。

 君と僕の日々に雨。

 健全からは程遠い。

 君と僕の罅に影。

 蔑むこともなくして。

 忘れがたき香水の香り。

 涙声、照れて誤魔化す。

 涙越えて、せせら笑う。

 輝く空。もう見えない。

 哀れな泡沫の夢。

 凍えているのに、どこか優しくて、温かいのに、一人の雨。

 言葉ではないのに、嘘から一番近い、あなたを想う雨。

 きっと。きっと、きっと。

 踊り狂ってしまえば。

 足の先が濡れて。

 窓辺に見える花はあなたによく似た雨。

 窓辺からよく見える花はあなたに似た雨。

 綺麗になったね、と口にしたのは雨。

 凍えている鳥は、少しだけ。

 飛んでから小さく啼いた。

 体のことばかり気にして。

 何にもなれずに消えた彼女と歩いた道を思い出して。

 温かいコーヒーを飲み干す。

 あなたの匂いが、している。

 ふわり、と。ふわりと。

 あなたと僕は何にもなれず。

 一つは二つになったけど。

 寂しい。

 気持ちだけ。

 涙になって。

 消えてよ。

 楽しい。

 思い出は。

 涙になって。

 見せてよ。

 譲れない六月が過ぎて。

 八月が見えたら帰ると、約束したのに、君の姿は。

 一月みたいに消えてしまった。

 あなたと。

 僕には。

 答えは。

 ないけど。

 僕の中には。

 答えは。

 あるんだよ。

 剥がれ落ちた感情が、楕円のようにリズムよく。

 触れずに知った気になって、見てもいないのに否定して。

 揺れる心と、微動だにしない体。

 あなたと交わっても悪くはないけど。

 湿度高めの夢に溺れていたい宵闇。

 僕は冷えてしまった紅茶に、口をつけていた。

 嫌いなのさ。

 感情のない水は。

 それじゃまるで、最初から。

 僕らは雨。

 この空みたいに、寝転がって。

 この雲みたいに、飛び回って。

 この風みたいに、自由で。

 この花みたいに、鮮やかで。

 この光みたいに、優しくて。

 この鳥みたいに、上機嫌で。

 この雨みたいな、全てで。

 白く漂い、淡く消えて。

 僕は二度とあなたを忘れない。

 僕は二度とあなたに出会うこともない。

 僕が二度と忘れないものは幾つもある。

 だから。

 きっと、数が増えたら。

 あなたのことも。

 忘れるだろう。

 今だけ記憶に住み着いた。

 あなたの呪い。

 記憶から剥がれ落ちるとしたら。

 僕とあなたが愛した。

 僕が愛した、雨。

 雨みたいに儚いように見えて、透き通る美しさを持った人。

 僕は、たぶん。

 本当の相手に出会えた。

 さようなら。さようなら。さようなら。

 僕とあなたの雨は止むだろう。

 僕とあなたの雨はもう降らないだろう。

 僕とあなたの雨は記憶にも残らないだろう。

 別れの唄すらない。

 誰も唄わない。

 唄わずに消える声。

 唄わぬ未来よ。

 あなたのために唄わない。

 神さえ唄わぬ雨上がり。



「それは、誰のために歌っているんですか」

「誰のためでもありませんよ」

「でも、歌詞の中に、あなたとか、美しさを持った人とか、僕とか」

「入ってますね。でも、入っているだけです」

「本当ですか」

「歌い始めるまでは覚えていました。でも、歌い終わった今は、忘れてしまいました」

「そうですか」

「えぇ、その証拠に、もう二度と歌いませんから」

「もったいないことをしますね」

「この程度の名曲、幾らでも作れますから」

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