不祥

 ようやくひと段落着いた時には時刻は遅く、クランドールは自室へ帰ったようだ。

 ミリセントはもう一眠りしようかとブランケットをかぶり直す。


「随分面倒なことになってたみたいだね?」


「あんたがのんびりぐーすか寝てる間にね。」


 ベッドに伸びたミリセントの影は歪み、暗がりからばさりと翼が伸びる。


 ようやく目覚めたステルラフィアは、ある程度状況を理解しているようだ。


「だから僕は昼間寝てるんだってば。君が夜に寝てるのと同じ。」


「文句言ったっていいでしょ死にかけたんだから!私が死んだらあんたも困るでしょ!」


「えー、僕を拒まない魔法使いなら誰でもいいかな。」


「薄情者!!」


 頬を膨らまし、唇を尖らせるミリセントをステルラフィアは一瞥する。

 はっとミリセントは何かを思い出し、ステルラフィアに聞いて聞いてとベッドの上で両手をばたつかせた。


「ウーズレー先生が来る前、私の左目が反応したの。」


「ふーん?」


「アルマが暴れる前も、アリスの箒が暴走した時も、私がここに来てすぐの時も左目が反応してて…。」


「あのさ、そう言う話をしていい歳はもう過ぎたんじゃない?」


「ちがーう!!!」


 思うように言葉が伝わらず、両手を上げ全力で否定する。断じてそういった話がしたいわけではない。


「多分なんだけど…これって夜の力に反応してるんじゃないかなって!ウーズレー先生、今回の件以外にも恐怖を集めるためにいろんなところで魔法を使ってたんだって。」


「ずいぶん良くできた話だねぇ。」


 ミリセントの喜び具合とは対照的に、ステルラフィアはあまり興味を示さなかった。


「まあでも、夜の魔法使いに接触できたのは僕らとしてはいいことなんじゃない?」


「あの人情報出してくれるかなぁ…。」


「出さないなら無理やり出させればいいんじゃない?ほら、直接会いに行って…。」


 その時、かたんとサイドテーブルに置かれたティーセットが小さな音を立てた気がした。

 同時にステルラフィアは影の中に瞬時に消えてしまう。


 ふとそちらを見ると先ほどまでなかったはずの人影がそこにはあった。


「ロラン先生!」


 驚き声を上げると、彼は周りを気にするように口元に指を当てた。


「やぁ、スコーピオン。」


「なんで…?」


「なんでって、人がいる時だと込み入った話はできないからね。」


 ステルラフィアの姿は見ていなかったのだろう、特に何も言われなかった。

 目覚めていたミリセントに体調についてひと通り質問をする。それに対し適当な言葉を返し遇らった。とにかく一刻も早く感謝を伝えたかった。


「…あの、あの時来てくれてありがとうございます…ほんとに助かりました。」


「いやいや、どうにかなってよかったよ。」


「ネーヴェに誰か人を呼んでくるよう任せたんですけど…よく場所わかりましたね…。」


「魔力を感じたからなんとなくの場所はわかってたんだ。」


 ミリセントは冗談混じりに笑う。


「やっぱ学園長とか偉い人とかに誉められたりとかするんですかー?」


 その言葉に、ロランは少し視線を泳がせた。


「いやぁ…誉められたというか…」


「?」


「すぐにでも助けなきゃって先走っちゃって…北側の校舎半分壊したから怒られた…。」


「は?」


 あははと軽く笑い飛ばしているが、ミリセントは苦笑いしか出来なかった。

 周囲の空き教室が消え空が見えるようになっていた理由をようやく理解した。

 ロランはミリセントが思っているよりかなり破天荒な人間なのかもしれない。


(ていうか、魔法学校だから穴開けるとかはともかく、そう簡単に全壊とかできないと思うんだけど…)


 いろいろ言いたいことはあったが、どうにか踏みとどまった。


「ま、まあ直したからもう許されたけど…。」


 気まずそうに顔を背け、強制的に話を終わらせられた。

 ミリセントに話を続ける意思がないことを確認すると、再度こちらを向く。

 ウーズレーの秘密を以前の世界で知っていたのか、それを聞きにきたのだろう。


「…知ってたなら、もう少し教えてくれてよかったのに。」


 頼りないけどさ、と付け加えつつ、その表情には不満の色が見えた。先日ウーズレーの愚痴を話した時のことだろう。


「すみません…でも、このことは私知らなかったんです…偶然で。」


「偶然?」


 不祥事を探していたら秘密を知ってしまったとは言い出せない。ミリセントは無言で時間が解決するのを待った。


「…まあ、いいか。」


「と、とにかく次は頼れたら頼るので!」


 そういうとロランは素直に喜んだ。

 時間を忘れ他愛のない話をし、しばらくするとロランはちらりと時計を見た。気付けばかなり遅い時間になっていた。


「しばらく同じような話を何回もさせられると思うけど…休めるうちに休んでね。それじゃあ。」


「はい。」


 ミリセントの相槌を合図に、ロランは杖を振ってその場から消えた。

 数秒後、影の中から黒々とした瞳が光を放つ。


「僕はあいつ嫌いだよ。」


「毛嫌いしないの!変人だけど、私のこと助けてくれた人だし…。」


 ぶちぶち文句を言うステルラフィアの言葉を右から左へ流し、ミリセントは今度こそ、再び眠りについた。










「先輩、一通り尋問終わりました。」


「ああ、お疲れ。」


 一人の警察官が薄暗いデスクのそばへやってくる。

 胸元につけられた星と剣を模した紋章が、彼らが魔法警察であることを示す証だ。


「ある程度話は通じるのですが…錯乱しているのか、どうにも現実離れしたことも話していました。」


「夜なんかに傾倒してるやつなんて、大抵そんなもんだろ。」


 そうは言いつつ、ちらりとまとめられた紙に視線をやる。


「エヴァの復活…アステラの死…夜は尊大…。まあ、どう見ても正気じゃなさそうだ。」


 先輩と呼ばれた警察官は姿勢を崩し、椅子の背もたれに体重をかける。ぎぃと椅子は軋み音を立てる。


「たまにいるよ、こういうやつ。熱心な夜の信者なんだろうな。同じことばっか言ってるし、報告書には小さく書いとけばいいだろ。」


「了解です…それと、一つ気になる事が。」


「なんだ?」


「被害を受けた女子生徒…ミリセント・スコーピオンのことを、しきりに『夜の魔法使い』だと言っていました。これは…」


「他のと同じだよ、頭おかしいんだろそいつ。」


「そ、そうですか…。了解です。」


 そう答えた瞬間、となりの取調室から大きな物音が響く。

 忌々しそうに舌打ちをすると、怒鳴り散らすウーズレーの声が壁の向こうから聞こえた。


 素手で壁を叩き、警察らを威圧する。が、先輩と呼ばれた方の警察官は聞く耳を持たない。


「ウーズレーさん、また後で話聞きますんで。こっちも忙しいんで、嘘ばっかり言ってないでちゃんと答えてくださいねぇ。」


 壁の向こうから、警察官の面倒臭そうな声が聞こえる。

 言った言ってないの水掛論に発展する未来を予期し、面倒ごとを避けるため警察官はその場を離れた。



 ミリセントが昏倒したあの時、ウーズレーは確かにとどめを刺そうと杖を振り上げた。

 それを止めたのは心臓を刺すような、鋭く凍えるような暗く悍ましいなにか。

 恐怖と表現した方がより近いだろうか。杖を振り上げることさえままならなかった。間違いなく、それは「夜の力」だ。それもウーズレーのものより、ずっと強力な。


 崇拝しているはずのそれを肌で感じた時、恐ろしいと、不覚にも畏怖の念に襲われた。


(馬鹿な…あいつが夜の魔法使いではないなら…あの時感じた夜の力は……。)

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