目覚め

 ふわふわとした感触と温もりを感じ、重たい瞼を開ける。嫌になるほど見た木目の二段ベッドの天井が視界に広がった。


「…は?」


 ぱちぱちと瞬きをし、思わず飛び起きた。弾みで被っていた毛布が跳ね上がる。

壁にかけられた鏡の中の自分と目が合い、ますます混乱した。

腰まで伸びたボサボサの薄い金髪に、明るく輝く銀色の瞳。


 ミリセント・スコーピオン。先ほど死んだはずの、自分が映っていた。

ただ一点、左目に眼帯をしているという点を除けば、嫌になるほど見た姿だ。


 しかし、数分前の自分より顔つきが幼く、体も2回りほど小さい。


「なにこれ…え、本当になにこれ…。」


 慌てて壁掛け鏡にかけより、自分の姿を確認する。乱れた髪を手で振り払い、自分の顔を両手でぺたぺたと触る。傷ひとつない肌が指先に触れた。さっきまで死にかけていたのが、嘘にしか思えなかった。

見慣れない眼帯を、むしり取るように外した。


 白いガーゼの下から現れた瞳は、濁った色に染まり、見慣れない紋様が刻まれていた。

戦いの中で、左目に怪我をした覚えも、魔法をかけた覚えもない。しかし、左目はぼんやりとした色のまま、暗闇しか映さなかった。


 全部夢だった___?どこまで?あの事件も、ミリセントが過ごした学校生活全て?


 そんなわけない、とぶんぶんと頭を左右に振った。鮮明に覚えている記憶全てが、夢だったはずがない。


 それなら、時間が戻った___? そんな考えが頭に浮かんだ。



 つい数分前、ほとんどの級友は死に、次いで自分も殺された。


 最悪の魔法使い、エヴァによって。


 何もできなかった自分への憤りと後悔に苛まれながら、死の間際、確かにミリセントは「やり直し」を願った。


 そして今目の前に広がるこの光景は、彼女が3年間過ごした魔法学園、エストレル学園の学生寮、その自室だ。

本当にその願いが叶ったとでも、言うのだろうか。


現状を飲み込めないまま、ふらふらとベッドへと戻り、その縁に腰掛ける。重みでぎしりと音を立てた。

突如ベッドが揺れた。うわっと小さく声を上げると、二段ベッドの上から1人の少女が眠そうな顔を覗かせた。ミリセントと目があった途端、ぱちりと目を覚ます。


「うそ!ミリセントが私より早く起きてる!!」


全く同じセリフを、3年前にも聞いた気がした。忘れもしない、入寮初日の朝。

同じように、ミリセントは少女よりも先に起き、同じ言葉をかけられたのだ。


美しい翡翠の瞳に同じ色の髪。忘れるはずがない1番の、そして私の目の前で死んだはずの親友。


「シャルル…?」


「同室なの、なんか変な感じ!もちろん、ミリセントと一緒にいられるの嬉しいけど!」


彼女はそう言いながら梯子を降りてくる。

シャルル・ウェンダー。ミリセントの幼馴染で、この学園でも一番仲の良かった友人だ。


彼女はミリセントを守ろうとし、死んだ。冷たくなっていた彼女の姿は、今目の前に立っている彼女からは少しも感じられない。


状況を飲み込めず、固まっているミリセントを不思議に思ったのか、シャルルが顔を近づけた。

そのいつも通りの姿に、さまざまな感情が入り混じる。高まった感情は行き場をなくし、涙になってミリセントの頬を伝った。


ギョッとするシャルルに、お構いなしに抱きつく。


「シャルルウウ!!生きててよかったあぁあ!!!」


「えええ!私いつの間に死んだことになってたの!?」






なだめられ、ミリセントはようやく落ち着きを取り戻した。その過程で、少し情報を得られた。

自分達は一年生で、今日は入学式の翌日であること。最悪の魔法使いは復活していないということ。ミリセントが見た事件は起きておらず、誰も死んでいないということ。


そんなこと起こるはずない、とシャルルはくすくすと笑った。


「まだ緊張してるんじゃない?お茶淹れてあげる!ねぼすけさんは座って待ってて。」


そう言うと部屋を出ていき、パタパタとティールームまで走って行った。


じぃーんとシャルルの優しさが心に沁みる。

再び泣きそうになるのを堪えながら、ミリセントは少し落ち着きを取り戻して部屋を見渡す。

ベッドのすぐ足元に、投げ出されたミリセントのレザートランクを見つけた。


(そういえば、入学式の後疲れて荷解きしないまま寝たんだったっけ。)


遠い昔の記憶が浮かび上がり、トランクを開ける。

必要と言われていた未使用の教科書、綺麗に畳まれたままの制服、まだ少ししか使われていない杖を除けばお菓子やおもちゃなどが無理やり詰め込まれていた。

何気なく教科書を手に取り、パラパラと眺める。


(基本魔法学Ⅰ、変身魔法学入門、魔法薬学の基礎…どれも一年で使う教科書だ。)


適当に教科書を置き、杖をトランクから引っ張り出す。鞘から抜くと、真新しい杖が姿を現した。魔法嫌いなミリセントは、あまり杖が好きではなかった。


「あぁ…ほんとに時間戻ったのかな…」


指揮棒のように杖を振るい、逡巡する。


もし、戻ったのだとすれば3年後、間違いなく同じようにこの世界は破滅へと向かうだろう。

そして友人たちも。


杖を握る右手に力が入る。

いまだに現実感は湧かない。これは全て死ぬ前に見ている走馬灯なのかもしれない。


それでも、本当に時間が戻ったのなら。


ミリセントは再び溢れそうになった涙を乱暴に寝衣の袖で拭った。

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