第27話 エミリアへの贈り物~⑥アデリーナ目撃

 ヴィスク・ワグニスの『大逆罪』が確定的になり、獄へと引っ立てられていく。

 彼は諦めたようだったが、口を閉ざした。


 ベルントも、連行される父親を見送ると、再びローブを深く被った。

 ベルント・ワグニスの存在が完全に消える。



 ワグニスに関する捜査は連日続き、不正も次々に明るみに出る。

 サンデリーヌの誘拐についても、関与が特定された。


「遠くからでもサンデリーヌ嬢の姿を確認するかい? チューリー」

「いえ、心身に不調が無いのであれば、それで十分です」

「……そうか」


 捜査を統括していたマクシミリアンにも余裕ができ、数日ぶりにレロヘス家に向かう。

 リンクスとクリスには王城で会っていたが、エミリアには会えていなかった。


(たった数日。……けれど、長く感じた。理由はなんとなく――いや、はっきりと分かっている。焦らぬように、焦らぬように)


 マクシミリアンは、はやる気持ちを抑える。



「マックス様!」

「エミリア」


 久し振りのマックスとの再会に、抱きつきたい衝動に駆られるエミリアであったが、堪えて彼の腕にそっと手を添える。


(たとえ少し、指の先であってもマックス様に触れていたい……)


「ご無事でなによりでした。計画の完遂、おめでとうございます」

「ありがとう。言っただろう? 君が祈ってくれたら、必ず戻るって。……祈ってくれてありがとう。エミリア」

「マックス様……」


(ああ、その瞳! その瞳が私を捕まえて下さっている。嬉しい)


 見つめ合う二人を、同室にいるクリスが軽い咳払いで(私の妹ですよ?)と牽制けんせいする。


「ク、クリス! 君にも感謝を。お父上と二人で私の力になってくれて、助かった。そして、二人の有能さも実証されたよ」


 リンクスとクリスは、エミリアとの手紙のやり取り以降、キューウェル公爵と連携して密かに国内でワグニスの不正の全容解明に動いた。

 その過程での情報の処理・分析に、他に比類なき活躍をしたのだ。


「第三王子殿下はどうなるのですか?」

「フェリクスと言うのだが、彼はまだまだ幼い。何の関与も無いだろうし、実際侍従じじゅう達もワグニスがその様に彼を担ぎあげようと動いていた事を知って驚いていたよ」

「そうですか……。よかった」


 そして、会えなかった数日の近況をひと通り話すと、マックスが「ちょっと待っていて」と、外の馬車に向かう。

 戻ってきたマックスの手には大きめの丸い箱。


「たまにはエミリアと街に行きたいと思ってね。これまで屋敷を出ていないだろう?」


 中身は、大きなつばの帽子だった。

 両サイドがふわりと持ち上がった白のつば広帽子で、レースがさりげなく飾られている。


「うわぁ。奇麗なお帽子!」

「それに……」


 今度はクリスが同じように大きな箱を持ってきた。


「これもマクシミリアン殿下からだよ。今日の為に作って下さったよ」


 白と淡い黄色のサテンが重ねられ、アクセントに紫がかった青――バイオレットブルーの縦のラインが使われた服。

 貴族が着用するフォーマルドレスではなく、上流市民が着るようなセミ・フォーマルなドレス。


「まぁ! ドレスまで」


「私が君に似合うと思った色で、勝手に作って申し訳ない」

「とんでもありません!」

「私は……その……服には詳しくなくて……サイズも知らないだろう? だからクリスに仕立て屋との仲介を頼んだんだ」


「すてき。このラインの色も素敵です! 帽子ともぴったり合いそうです! これを着て街に出たくなりました」



 エミリアが、瞳を輝かせて喜ぶ姿に、マックスも嬉しくなった。

 彼女は急いでメイドを伴って着替えに向かう。



「ど、どうでしょう? 似合いますか?」


 マックスの目に、部屋の入り口で恥ずかしそうにたたずむエミリアの姿が飛び込んで来る。

 白と淡い黄色が基調で、光に当たったエミリアは輝いていた。

 白に金糸の腕着け時計のリボンとも合っている。

 ルノワも彼女の肩にちょこんと座っているが、マックスには見えていない。


「素晴らしい……」


 マックスは、エミリアの美しさに一言つぶやくのが精一杯だった。

 またもクリスの咳払いで我に返ったマックスが、エミリアを馬車までエスコートする。


「で、では行こうかエミリア?」


 マックスがそっと手を差し出し、エミリアも「はい!」と微笑んで手を重ねて、揃って馬車へと向かう。



 ◆◆◆数日前。アデリーナ


 アデリーナは乗合馬車を降り、数か月ぶりに王都の地を踏んだ。


(王都には着いたものの、こんな安物の平民服……。これからどうする? もう夕方よ?)


「まずは、ヤミル様ね。彼の元へ行けば、私を歓迎してくれるはずよ」


 アデリーナは、記憶を辿り貴族屋敷が並ぶ区画を奥へ行くと、クルーガー家屋敷に着いた。

 門番に「ヤミル様にお会いしたいのですが」と尋ねる。


 門番は、アデリーナを一瞥いちべつすると、にべもなく言い放つ。


「誰だお前は! ここはお前のような平民が来て良い場所ではない! 立ち去れ!」

「なんですって!? 私も貴族家の者よ!」


 門番は一瞬反応し掛けるが、鼻で笑う。


「だから、そんな恰好の貴族がいるか? それに歩いてくるなど……」

「ぐっ」


 アデリーナは、門番を怒鳴りつけそうになったが、その前に門番が口を滑らせる。


「まぁ、どっちにしろヤミル様はご領地で蟄居ちっきょだ。帰っては来られないだろう」


 何も知らない彼女は、意味を飲み込めない。


「ご領地? 蟄居ちっきょ? 蟄居ってどういうことよ!」


 門番に掴みかかって聞くが、「いいから離れろ! これ以上ここにとどまるのなら切り捨てるぞ」と言われては引き下がるしかない。


 アデリーナは仕方なく、学園で親しくしていた学友の屋敷に向かうが、平民の恰好をした彼女を信じて屋敷に取り次ぐ門番はいなかった。

 一人だけ疲れ果てた彼女を見かねて取り次ぎに向かってくれたが、「『そのような者は知らない』そうだ」と言い捨てられた。


 アデリーナは、暗くなった夜道を沈んだ気持ちで街に向かう。


(せっかく危ない目に遭いながらも王都まで来たのよ。諦めちゃダメ! まだ訪ねていない屋敷だってある。諦めるもんか)


 自らを奮い立たせて、アデリーナは街の外れまで歩き、安宿を見つけて泊まった。

 安宿で、同性とはいえ他人との雑魚寝に、なけなしのお金を取られないように警戒しながら夜を過ごし、昼間は学友の屋敷を訪ね歩いては断られを繰り返すこと二日。


 アデリーナの所持金は底が見え始め、何よりも自分が相手にされないという事実に心が折れる。


(どなたの屋敷も門前払いか「今、この屋敷はそれどころの騒ぎではない。誰も取り次がない」の一点張り。一体何があったというの?)


 実際アデリーナの学友の中には、ワグニス派閥の貴族令息も多く、マックスによる追及の手が及んでいた。


(せっかく王都まで来たけれど、潮時かもしれないわね……。レロヘス家に行って、お父様に謝って、また領地で謹慎して次の機会を待つ。そうしましょう)


「まだお昼を過ぎたばかりだけど、門の前でお父様の帰宅を待って許しを請うしかないわ」


 彼女は疲れが残る脚でレロヘス家に向かう。

 すると、途中で門が開けられているのが見えた。


(誰かが出入りするのかしら? もしかしてお父様?)


 アデリーナは僅かな期待を胸に門へ向かう。


「おい、そこの娘! もうすぐ馬車が出入りする! 邪魔だから退いていろ」


 以前ならうやうやしく頭を下げていた門番のその様な声に、怒る気力はアデリーナには残っていなかった。


「み、見て! 私よ! アデリーナよ! この家のアデリーナよ」 


 そう言われた門番が、彼女を凝視ぎょうしする。彼女の足元、服装、そして顔。

 顔を見た門番がギョッと目を見開き、叫ぶ。


「アデリーナ様!」


 やっと相手にしてもらえたアデリーナは破顔一笑はがんいっしょうし、門番の元へ駆け寄った。


「覚えていてくれたのね?」

「ど、どど、どうしてここに? ご領地で謹慎のはずでは?」


 門番に目を向けるアデリーナは、視界の端に屋敷入口に着けてある馬車を捉えた。


「ねぇ? 誰かいらしているの? もしかしてお父様は屋敷にいらっしゃるの?」


 僅かな期待が大きな期待へと膨らむ。

 そして、アデリーナが見ていると、エントランスから誰かが出てきた。


 日光を受けて白く輝くようなドレス姿の女性。風にスカートをなびかせ、つば広の帽子が飛ばぬように片手で押えていて顔は見えない。

 もう片方の手は、貴公子のような艶めく銀髪の男性の手の中。

 まるで絵画を見ているかのごとく美しい光景。


(二人してお父様を訪ねていらしたのかしら?)


「ねぇ、あのお二人はどな――」


 アデリーナが「どなた?」と発する前に、見てしまった……

 見えてしまった……

 見つけてしまった……


「……エミリア?」

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