第26話 ワグニス財務卿、失脚

 エミリア達を乗せた馬車は、三日かけてリンデネートの王都リーンへ入った。

 この馬車の前後には、カンタラリア帝国の皇族警備要員を乗せた馬車が、目立たぬように間隔を空けて配置されている。

 それは何らかの名目をつけて許可を得ているようで、リンデネートに入っても続いた。


(やっぱり、私以外の皆様全員、偽った身分で出入国なさったわ……すごいわ)



「エミリア、私はもちろん私達は自分の家族の屋敷には帰れない。けれど、君は別だ。父上もオロロージオ卿も心配しているから帰った方がいい」


 マックス達は秘密裏の帰国だが、エミリアは別に政争の渦中の人間とは思われていないので、屋敷に帰ろうと思えば帰る事ができる。


「けれど、どこに世間の目があるか分からないから、この馬車で送って行こう」

「ありがとうございます。マックス様……」


 旅の途中で何度もマックスと呼んでいるが、その度に心臓の鼓動が速まるエミリアであった。


「僕もエミリア嬢の屋敷に泊まりたいよ~」

「ポール! 駄目だっ!」


 マックスが間髪入れずに制止する。


「分かったけどさ~、ペットをしつけるみたいに言わないでくれる?」


 車内がドッと笑いに包まれる。

 この三日間で車内の五人は、より仲が深まっていた。


 マックス達は、ポールが確保した拠点に滞在する事になっているが、その前にレロヘス家にエミリアを送って行く。



「「エミリア!」」

「……お父様! お兄様!」


 あまり人目につかぬようにと、二人との抱擁もそこそこに、エミリアはクリスに導かれて屋敷に入る。

 リンクスは、マックスと二言三言会話し馬車を見送った。

 屋敷には祖父グランツ・オロロージオも待っていて、皆で数か月ぶりの再会を喜び合う。



 それから数日。エミリアはマックス達とは、レロヘス家の屋敷で会っていた。

 レロヘス家当主リンクスやクリスも交え細部を詰め、いよいよ決行当日を迎える。




 早朝。


 ワグニス侯爵の王都屋敷や所有物件、従属じゅうぞく貴族の屋敷、その他関係各所に人員が送り込まれて包囲が形成される。


 国王が体調を回復しつつある事と、『王太子の証』を持つ正当な後継者であるマクシミリアンが国王の裁可を得て呼びかけた事。

 この二点は大きく、中立を保っていた貴族も多くが包囲に加わった。


 国王直下の監査統制官の他、キューウェル公爵も公式にマクシミリアン支持を公表し、同行している。


 レロヘス家では、リンクスが不測の事態に備えてクリスを伴い登城。

 エミリアは膝で眠るルノワを撫でながら、マクシミリアンの無事を祈っている。


「マックス様……」


 ◆◆◆前日


「マックス様! 明日は私もご一緒します! ご一緒させてください」


(マックス様のお側にいて、もしもの事があった時には私が……)


「エミリア。財務卿の抵抗が激しければ、万が一の事態もあり得る。だから、君は屋敷にいてくれ」

「でもっ! だからこそ私が……」


 エミリアが先を続けるよりも早く、マクシミリアンが彼女の両肩に手を伸ばし、目を見据えて囁く。


「君はこれまでに何度も危ない目に遭ってきた。一度は私も大きく関わっている」


 マクシミリアンの眼差しは真剣そのもの。


「これ以上君には……危ない目に遭って欲しくない。できるならば君を安全な所に閉じ込めてしまいたいくらいだ」

「そんな……」

「私は君を失いたくない。だから、どうか屋敷にいてくれないか? 私の無事を祈っていてはくれないか? 君に祈ってもらえるならば、私は必ず戻って来よう」


「マックス様……」


 ◆◆◆


「何事だ! ここを財務卿の屋敷だと知っての行いかっ!」


 ワグニス屋敷の門番が槍を構えて叫ぶ。

 マックス側から、武装兵士に護衛された監査統制官が歩み出て、国王の印章が押された封蝋を示す。


「国王陛下の命により、ヴィスク・ワグニスの監査を行う。従わぬ場合は、王国に対する叛意はんいあると見做みなす!」


 門番が青ざめておとなしく門を開放すると、武装兵を先頭にマックス達の一糸乱れぬ行進が屋敷まで続いた。


 屋敷内では外の様子を察知してか、侯爵の従者達がせわしなく動いていたが、それも怒号渦巻くなか取り押さえられていく。


 侯爵が執務室で発見され、マクシミリアンが駆けつけると、まさに暖炉に書類を放り込んでいる最中であった。


「ヴィスク・ワグニス! 手をとめろ!」

「ほう? これはこれは殿下……。」


 ワグニス侯爵が挑戦的な目をマクシミリアンに向ける。


「このような早朝から何用ですかな? 殿下とは言え、他人の屋敷にズカズカと入って来られては困りますなぁ」


 そこに、急き立てられた監査統制官が息を切らしながらやってきた。

 マクシミリアンは彼から国王陛下の書状を受け取ると、封蝋を侯爵に示して言葉を続ける。


「国王陛下の命により、ヴィスク・ワグニスの監査を行う!」

「ほう。国王陛下の監査と言う事は、この私に重大犯罪の疑いがかけられておるのですかな?」


 ワグニスにはまだ余裕があった。

 巷で噂されている不正蓄財や横領・利益誘導・談合などなどは、例え暴かれても重大犯罪ではない。

 重大犯罪の捜査中にそれらの証拠が発見されても、自らの派閥の力でいくらでも揉み消せると考えているし、についても巧妙に逃げ道を作ったつもりだった。


「その重大犯罪の疑いとは、どういった罪状ですかな?」


 マクシミリアンは、『未成人貴族子女の誘拐・監禁』『王族の暗殺未遂』を挙げる。


「特に『王族の暗殺未遂』は複数回にわたって行われた疑いがある。一度の企てでさえ『大逆罪』にあたるにも関わらずだっ!」

「ほぉー。それはまた大層な嫌疑がかけられたものですな?」


「監査の終了及び嫌疑が晴れるまで、お前を拘束する」


 ワグニスは身柄を拘束されながらも、余裕をもってマクシミリアンを挑発する。


「ここを調べたとて、何もありませんぞ? そもそもその様な大罪を犯してもおりませんがな。私の潔白が証明された時の殿下の様子が見ものですな! はっはっは」


 ワグニスの言う通り、監査開始以来めぼしい証拠は発見されない。

 身体を椅子に縛られている侯爵には、笑みさえこぼれている。


(ベルントの婚約者であった女は、アレの死後、子飼いの男爵領の人里離れた修道院に押し込めてある。暗殺の方もアレが死んでおるので……ふっ! 逃げ切れるぞ)


「もう数時間経ちましたぞ? まだ続けるおつもりか? まったく……あきらめの悪いことで」

「まだ昼時ではないか、ゆっくり待とうではないか。侯爵?」


 泰然とするマクシミリアンに、ワグニスは不愉快そうな表情を浮かべる。


 日が傾き、屋敷に明かりが灯される頃。


「王城に鳥あり! サンデリーヌ嬢が発見・保護されました!」


 ワグニスの目が一瞬泳いだが、すぐに男爵を切り捨てる決断を下した。


「おお! それは良かった! 死んだ息子のとは言え、婚約まで取り交わした娘。行方知れずになったと聞き、私の方でも密かに探しておったのです! どちらに囚われておったのです?」


 だが、マクシミリアンは相手にしない。彼女の発見を待っていただけで、誘拐に関するワグニスへの追及は別に後からでも構わないのだ。


「よかった……」

「そうですな。私もほっとしましたぞ」

「これで取りかかれるな」

「はっ? 取りかかるとは? 何にですかな?」

「貴様の『私への暗殺未遂』だ!」


 室内に緊張が走る。

 しかし、ワグニスは動じない。


「何を以って私を重罪犯と断ずるのです?」

「貴様は、この屋敷の執事の一人にベルントとの連絡役をさせ、息子に私の殺害を指示したな?」


 ワグニスは(なぜそれを知っている!)と焦るが、用意した逃げ道を辿る。


「おや? ベルントは殿下を守って死んだのでは? 私は、そう聞いておりますが?」


 マクシミリアンは(やはりそうくるか……だが)と、追及を続ける。


「私の調査でそう判明しているし、なによりベルントから聞いたのだがな?」

「ハッ! 証拠はあるのですかな? 証人でもいるのですかな? いや、そもそもベルントの名を出す事は、英雄墓地に眠るアイツをおとしめる事になるのではありませんかな? 殿下?」


 ベルントが返り討ちに遭って死んだのか、ワグニスを裏切って本当に盾になって死んだのか。

 ワグニスは知らないが、マクシミリアン側がベルントを英雄として葬ったのは事実。これを最大限利用して逃げ切る、とワグニスは腹を決めた。


「アイツは貴方を守って死んだのですぞ? 殿下。いまさら英雄を犯罪者に――暗殺の実行犯にできましょうや?」


「……ふぅ。ベルントにかこつけて罪を逃れようとするか」

「かこつけるなど、その様な事は……」

「ベルント、どうだ?」

「ベルント? ですから、奴は死ん――」


「見苦しいですよ。父上」


 マクシミリアンの陰でローブを目深に被って控えていたベルントが姿を現す。

 それを見たワグニスは、茫然自失した。


「な? ベル、き、貴様! なぜ生きている!」

「ベルント・ワグニスは死にました。ただ、貴方を裁きにかける為にこの瞬間だけ生き返ります」

「なっ、何を言っている! し、死んだなら死んでおれ!」


 その後、マクシミリアンはベルントに証言させるが、それでもヴィスクは逃がれようとする。


「い、いくらここで証言されようと、所詮死者の声。証拠とはなりませんぞ!」


 ベルントは大きくため息をいた。


「父上には大きな手抜かりがあったのですよ。私はそれを見逃しませんでした」

「なんだと?」


 ベルントは、エミリアが目撃した際のメモを捨てずに持っていた。

 それは、ヴィスクの自筆。


『 ヴァレンでは必ずマクシミリアンを殺せ。失敗は許さぬ 』


 それを突きつけられたヴィスク・ワグニスは陥落した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る