第23話 着々と……

(お父様――レロヘス家って、やっぱり……)


 エミリアが、レロヘス家が相手にされていないかもしれないとの言葉に少しショックを受けていると、マクシミリアンが「う~ん」と首をひねった。


「レロヘス家は、オロロージオ家と繋がりがある。それに……お父上は、王城勤めだよね? エミリア嬢」

「はい。母は何も知らないで、要職以外の王城勤めを閑職か何かと勘違いしていましたが、父は宰相閣下の補佐をしております」


「補佐だって? 要職じゃないかっ!」


 横で聞いていたベルントも驚いた。


「でも宰相様の補佐官って、大勢いらっしゃるのですよね?」


 ベルントの驚き具合に、少し引きつつエミリアが聞く。

 その問いにはマクシミリアンが答える。


「王城の要職ともなると、それぞれが派閥の領袖、つまり大勢力のトップや幹部みたいなものだ。そして、補佐官――」


 そして、補佐官には派閥の子飼いの貴族を名目上、つまり籍だけ置く。これで名誉を与えて囲い込む。


「しかし、それでは能力が足りないので、優秀な者を派閥関係なく――と言っても敵対勢力からは取らないから、中立の貴族から選んで実務を任せる。だから補佐官の人数が多いんだ」


「そうなのですね……。では父は?」

「リンクス殿は、オロロージオ家の資金力と宰相補佐官という地位を考え合わせると、各派閥から引く手は数多あまたあったはず……。それでもどの派閥にも属していないという事は、何らかの意思を持って中立にいるはずだ。


 エミリアは、何となくホッとした。


「マックスの言には一理ある」

「だなっ」


 マクシミリアンは、「もちろん、『派閥』そのものが悪いとは一概いちがいには言えないよ。でも、それに王位継承問題が絡んだ場合、血で血を洗う事態になりかねない」とも加えた上で――


「エミリア嬢のたすけを受けて、レロヘス子爵の調査への協力を得られれば……」

「はい。私もそう考えたのですが、家には母や妹がおりますので……心配で。秘密裏に父と連絡を取れればいいのですが……」


 マクシミリアンは、一瞬迷った素振りをしたが、意を決したように続ける。


「この前時計店で会った時に、君の放逐の件は把握していると言ったけれど、母親や妹の事も情報があるんだ」

「情報……ですか?」

「家族とは関係ない私から聞くよりは、父上やお爺様から聞いた方がいいと思っていたが……君の懸念を取り払おう」


 そして、エミリアはマリアンやアデリーナが父によって領地屋敷送りになった事を告げられた。


「母とアデリーナが領地屋敷で謹慎ですか……」


(あのお父様が? お母様のいいなりだったお父様が?)


「詳細は私も知り得ないから、お父上から聞くといい」



 そこからはエミリアも加わり、エミリアへのマクシミリアン派の情勢共有や、リンクスに送る手紙の内容を詰めたりした。


「もうこんな時間か……」


 あっという間に夕刻を過ぎ、「今日はここまでにしよう」となった。


「帰りは送っていくよ。学舎の敷地は入り組んでいたり、学生もそれなりに出歩いているしね」

「すみません。ご迷惑では?」


 エミリアの心配を、マクシミリアンは一笑に付した。


「なに、当然の事さ。君は既に私達の大事な仲間なのだから。それに、君の事が心配だしね?」

「で、ではマクシミリアン殿下のお言葉に甘えさせて頂きます」


「マックスで……」

「え?」

「マックスと呼んでくれないか?」

「はぁ」

「その……親しい人には、マックスと呼ばれたい……」


 マクシミリアンは少し赤くなりながら言う。


「わかりました。では、私のこともエミリアと……」


 エミリアも気恥ずかしそうに返す。


「わ、わかったよ。エミリア」

「はい。マックス様」


 視線を交わす二人を何か温かい空気が包んでいる。


「俺達もいるんだがねぇ?」

「わ、私は別に見ていませんが、いい雰囲気だなとは思います」


 少し気まずくなりながらも、エミリアはマクシミリアンと屋敷を後にし、時計店へ帰った。



 その後、エミリアがマックスの確認を取りながらリンクスへの手紙を書き、数度のやりとりがなされた。

 まずは、無事と所在を伝えた。


『エミリアが無事でいてくれて良かった。グランツお爺さんから、カンタラリアに言ったかもしれないと聞いた時は、探しに飛んで行きたい気分だったよ』


 次にカンタラリアでの生活や、マックスの事……


『時計店にお世話になっているのだね。グランツお爺さんに聞いたら、ライオット時計店はお爺さんの耳にも届くほど安定した技術を持っているそうで、お爺さんもあそこなら信頼できるだろうと言っていたよ』


『カンタラリアに向かう途中でエミリアがそのような危ない目に遭っていたなんて……手紙を読んでいるだけで、お父さんの心臓が止まるかと思ったよ。とにかく無事で良かった。それに、エミリアをお救い下さったのが王太子殿下だったとは……。マクシミリアン殿下は数度お見かけした程度だけれど、智勇兼備の御方と聞いている』


 そして、核心。


『王太子殿下にそのような事が……。たしかに、王城も平静を装っているが、なにやらうごめいている気配は感じていたところだ。私が中立を保っているのは、――』


 第一に、無駄な政争に巻き込まれたくないから。


 第二に、オロロージオ家との関係。今や軍事物資とも言える腕着け時計の製造技術を有するオロロージオ家と、血のつながった息子のレロヘス家が何処かにくみする事は、すなわち国の分断と同義。オロロージオとレロヘスは、常に国王陛下にのみ仕える事を二人で確認しているとの事。


『けれども、王太子の証を持つ殿下の為ならば、そしてくだらない政争に終止符を打つ為ならば、協力致しましょう』


「マックス様……よかった」

「ああ、ありがとう。エミリアの協力のおかげだよ」


 手紙には、キューウェル公爵との接触や、国王が快復基調であることも添えられていた。


 ◆◆◆


 それから数か月。

 エミリアは、工房の仕事もしつつ店舗の仕事という名目で工房を離れ、マックス達とも会っていた。

 マックスからウォルツに事情を話して、協力を依頼した形だ。


 ベルントは「死んだ人間が出歩いてはいけない」と、学舎の敷地にある小さな家に軟禁状態。

 外部との接触は遮断されていて、マックスとその帯同者しか中に入れない。

 犯した罪への罰と、本人の贖罪しょくざいも含んでいる。


「ここも日に日に奇麗になって物が揃って、今じゃ俺が住みたいくらいにまで環境が整ったな? チューリー」


 チューリーとは、セインがベルントの新しい名前として付けたもの。

 顔を表に出せないベルントを、葬儀でベールを乗せる婦人に例え、そのベールの素材となるチュールをもじったもの。


「セインにしては、珍しく頭を使った名付けで助かりましたよ……」

「ああん? 俺が悩んで付けてやったんだぞ? 悩まなかったら○ンターマとかにしてたぞ? 俺はそれでもいいがな」

「わ、分かっているよ」


「こらっ! お前達、エミリアの前で何てことを言うんだ!」


 エミリアは顔を赤くして俯いてしまう。


「わ、悪りぃ悪りぃ。ごめんよ、エミリア嬢」

「私からも謝ります。セインにはよく言って聞かせますから」

「俺だけかよっ! チューリーてめぇ」


「ふっ! ふふふふ」


 ははははは――――


 この数か月でようやく以前の――エミリアが知り合った当初の三人に戻ってきていた。


 ◆◆◆


 そして約ひと月。

 ワグニス糾弾の手筈が整い、マックス達はリンデネート王国に行く運びとなった。

 これにはベルントも同行する。


 エミリアもリンクスやクリス、グランツへのつなぎ役、それに無事な姿を見せる為に一緒に行く事になった。


「皆さんと旅をするのも久し振りですね。トムソンさんもよろしくお願いします」


 トムソンも御者席からエミリアに微笑む。


「よし! では行こうか。道中の警戒は怠らないように」

「おう!」「はい」


 マックス達が乗り込んで、馬車は一路リーンへ向かって動き出した。



「それで……なぜ貴方様がいらっしゃるのですか? ポール殿下」

「ん~? 面白そうだから?」


 客車のシートにはマックスとセイン、向かいではエミリアとベルントの間にカンタラリア帝国のポール皇子がいて、マックスは気が気でない様子。


「セイン。お前、エミリアと席を代わってくれないか」

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