第22話 ベルントの“死”と再結集

「ほぉう? 未来を教える令嬢か……面白いなっ!」


 エミリアには、扉の先からの声には聞き覚えがなかった。

 一人の若い男が入ってくる。


 部屋の外には、屈強そうな男達がゾロゾロと控えている。


(もしかして……もしかしなくても皇族の方?)


 帝国学舎の制服をカッチリと着こなしている。

 エミリアは、以前マクシミリアン達が身に着けているのを見ていたので知っているが、その男が着る制服の帝国エンブレムの上にはゴツゴツとした騎士達の階級章みたいな物が付いていた。


 長く伸ばしたピンクラベンダー色の髪を、大雑把にまとめたマンバンヘア。

 朝露に濡れる若葉のような緑色の瞳。顔には笑みが浮かぶ。


(チャラそう! 軽そう!)がエミリアの第一印象だった。


「ポール! どうしてここに?」

「作戦が上手くいったようだと聞いてね。褒めてやりに来たよー」


 そう言うと、ポールと呼ばれた男はマクシミリアンと握手を交わし、抱き合った。


 エミリアが呆気に取られているのを見て、マクシミリアンがポールを紹介する。


「彼は私の一歳上の先輩。私はポールと呼んでいる」

「どうもー。はじめましてだね?」

「は、はじめまして。エミリアと申します」

「僕は、ハインリッヒシュテーリンデンポール・カンタラリア。親父がね? 候補を絞るのが面倒だっ! て、くっつけたんだって。せめて区切って欲しかったよね? 長いから君もポールって呼んでもいいよっ」


(き、聞いてもいないのに、ご説明くださって……。それにお喋り好きなのかしら?)


「こう見えても彼はこの国の第四皇子殿下で、巷では皇太子に最も近い皇子と言われているんだよ」

「そ、そのようなお方にお目にかかれて光栄です。殿下」

「ポールでいいってぇ!」


(軽い! ……けれど嫌では無い。とても親しみやすい殿下ね)


「そんな事よりも、エミリア嬢。そなたがマクシミリアンに、身の危険を知らせてくれたそうだな」


 急にポールが真剣な表情になり、言葉づかいも変わってエミリアは驚いた。


「は、はい」

「礼を言う。我が友がこうして無事なのは君のおかげだ。ありがとう」

「とっ! とんでもございません! お言葉を賜りまして光栄でございます」


 部屋が一瞬、静寂に包まれたが、それを破ったのはポールだった。


「ついでに僕のおかげでもある! ねっ? マクシミリアン」

「そうだね。ポールには大きな借りができたと思っているよ」

「いやいや、君と僕の仲じゃないか。気にしなくてもいいよ?」

「この借りはいつか必ずお返しさせてくれ」

「そう? でも貸しにするには大きすぎるんじゃない? いや……エミリア嬢で――」

「――それはダメです! 彼女はまだ……」

「まだ、なに?」


 マクシミリアンは顔を赤くして俯いてしまった。


「はははっ。冗談冗談。まっ! 貸しについては、いずれって事で、な?」


 ポールは、帰ろうと扉に差しかかったが、去り際にベルントに言葉をかけた。


「ベルント。一人で抱え込むのが君の悪い癖だよ。……でも君が生きていてくれてよかったよ」



「ポールも、自分の身分が故に周囲の人間を失い過ぎたんだ……。私も彼もお互いの気持ちが解かるんだよ」


 ポールの背を見送りながら、マクシミリアンは寂しげに呟いていた。



 ポールが去り、マクシミリアンが改めてベルントに向き合うと、ベルントが「いいのかい?」と問いかける。


「何がだい?」

「彼、エミリア嬢の前であなたの事をマクシミリアンって……」


「ん? ああ! エミリア嬢は私が王太子だって、最初から知っていたんだよ」

「ええ?」


(そういえば、セイン様はこの事を知ってらっしゃるのかしら?)


 エミリアがセインの事を考えていると、彼本人が地下に案内されてきた。


「へ~。地下室なんてあるんだな? おっ! 嬢ちゃんもいたのか」

「セイン! 傷はどうだ?」

「へへっ。思ったより浅かったらしい。チョチョって縫ってもらって終わりだ。俺の反射神経ってスゲエな!」

「お前は軽く言うが、それなりに出血しているんだ。無理しないでくれよ?」

「ああ、わかってるわかってる。で? どうなってる?」


 マクシミリアンは、やはりベルントは婚約者が囚われていて、父親に強要されていた事を伝える。


「……そうだったか。お前の親父もお前の性格を見抜いて脅しをかけたんだろうけど、相談してくれてもいいじゃねえか」


 セインはそう言うと、二人から離れたエミリアの近くの椅子に腰かける。


「二人は続きをやってくれ」というと、セインは小声でエミリアに語りかけた。


「嬢ちゃん。殿下の事、ありがとうな。おかげで殿下の命、繋ぐ事ができたぜ。俺のはどうでもいいが、守れなかったって事にならなくて良かった……あんがとな」

「い、いえ」



 マクシミリアンとベルントは向き合って座り、今は黙っている。



「さて、サンデリーヌ嬢の事は、私に任せろと言ったね?」

「ええ。お願い致します」

「……私は……ベルント、お前にも死なないで欲しいんだよ」

「殿下。このような罪を犯した人間を――私を、生かしておいてはなりません。それに、私が生きている限りサンディーの身に平穏は来ないかもしれません」


 マクシミリアンはしばし考え込んで、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始める。


「今日の襲撃の件は、既に皇子側から王国へ報せが送られているはずだ」

「はい」

「内容は、『王太子が襲撃に遭うが、撃退。王太子は無事。ただし、戦闘の際にベルント・ワグニスが王太子の盾となり死亡』だ」

「なっ! なぜ?」

「私がお前を失わない為に考えた唯一の方法が、『お前に死んでもらう』事だ」

「それにしても、私が殿下の側など……」


「いや、ワグニスは相当狡猾だし、力も持っている。――」


 マクシミリアンは、もし本当の事を報せたとしても、ワグニスの勢力に揉み消されたり証拠を隠されたりして、いずれにせよ今後の調査に支障をきたすと考えた。

 更に人質のサンデリーヌにも何をするか分からない。


 だったらベルントが役目を果たせなかった事を悟らせるとともに、ワグニスの名誉も傷付けない事で、過度に現状を変えない方がいいと判断したという。


 問題はベルントの遺体で……損傷が激しかった為、王国への移送に耐えられないので帝国の『 英雄墓地 』に埋葬し、英雄として弔ったことにする。


「ちょっと苦しい理屈だけど、実際に墓は用意したし、ワグニスにとっても名誉として利用価値があるだろう。しばらくは大人しくしてくれるかもしれない」

「殿下……。そこまでお考えだったのですか」


「そうだ。それほど私はお前の力量を認めているのだ。だから、お前には別人になって私が即位するまで、帝国で研鑽けんさんを積んで力をつけて欲しい」

「私は今日殿下の命を狙った身です。殿下はそれでもよろしいのですか?」

「ああ、だからベルント。お前もよく考えて決めてくれ」


 ベルントはすぐにマクシミリアンの目を見て返事した。


「殿下にお救い頂いた命、二度目の人生こそ最後まで殿下の為に使わせて頂きます」


 今度はマクシミリアンが、改めて確認するように聞く。


「私は……もちろんかなりの時間を要するだろうが、お前の父親ヴィスク・ワグニスを糾弾するつもりだ」

「……はい」

「そうなると、罪が罪なだけに、お前の肉親も罰を免れない」

「……致し方ありません」

「家族だぞ?」

「殿下、ベルント・ワグニスは死にました。サンディーでさえ、私の婚約者ではありません」


「本当にいいのだな?」

「はい」


 そうしてマクシミリアンは、ワグニスを糾弾する事を決定した。


「セインは、私が再び殿下の側に戻ることを許してくれるかい?」

「心では許せねえって方が強え。でも、頭ではお前がいた方がいいってことは分かる。マックスは本当に許してるのか?」


「甘いと思われるだろうが、許す。だけど、最初に言ってくれればとは今でも思っている。」

「だよな……。ま、マックスがいいって言うなら、従うまでだ。――だがっ! お前の新しい名前は、俺がこっ恥ずかしそうなのを考えてやる」

「お、お手柔らかに……」



 セインも加わり、三人で今後の調査について話しをしていたが、行き詰っていた。


(大事なお話をしているけれど、上手くいかないようね。私も何か協力できればいいのだけれど……)


「殿下の陣営は、キューウェル公爵がいるとは言え、数には限りがあるし警戒もされているでしょう。スパイもいると考えた方がいい」

「じゃあどうすんだ?」

「やはり外部の協力者が必要だ……」


(レロヘス家は、父の方針で中立を守っているはず。でも、小さい小さい子爵家だし……母や妹が余計な事をしそうだし……。でも内密に父と連絡を取れれば、もしかして?)


 エミリアは、マクシミリアンなら父と内密に連絡を取れるのではないかと考えて、ダメで元々と聞いてみる事にした。


「あのぉー。レロヘス家は、確か中立だったはずですけど」


 三人の輪からは離れていたエミリアから発せられた言葉に、三人ともバッと彼女に注目する。


「どうだ? ベルント」

「私の記憶でも、中立というか……どの派閥も相手にしていなかったような……」

「なんだ、それ? 弱っちいって事か?」


(……そうだったの?)

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