第24話 ④マリアンとアデリーナ

「も~! お母様ぁ。こんな所に長居なんてしたくないわっ! なんとかしてよ~。ねえ?」

「あーうるさい! アデリーナ! 少しはお黙りなさい!」


 エミリアとマクシミリアンがワグニス糾弾の為、リンデネート王国へ向かう遥か前。

 レロヘス子爵領の領主屋敷では、マリアンとアデリーナが謹慎の日々を送っていた。


 ◆◆◆謹慎当初


 王都リーンから悪路を経て一日半以上馬車に揺られて、マリアンとアデリーナを乗せた馬車がレロヘス子爵領の領主屋敷に到着した。


 マリアンの年老いた両親――先代子爵夫妻と、家令のブラーバ、そしてメイドがたった一人と料理人が出迎える。


「コホッコホッ! もう! 土で埃っぽいわねー」


 先に馬車から降りたアデリーナが、うんざりしたような顔で文句をこぼす。

 マリアンは、久し振りに会う両親――杖をついている両親を見て、胸に込み上げるものがあった。


 メイドも中年を過ぎた女性。

 家令のブラーバは、マリアンとの結婚当初にリンクスが執事として探してきた男で、これもとうに中年を過ぎている。


「よく来たね。マリアン、アデリーナ」

「馬車に揺られて疲れたでしょう? さっ、中に入りましょう」

「お父様、お母様……」


「えっ? 実の娘と可愛い孫の私が来たっていうのに、出迎えはこれだけなの?」


 不満を漏らすアデリーナを、家令のブラーバが「ほっほっ、追々ご説明いたします」と屋敷へいざなう。



 質素な応接室にて家族でお茶を飲みながら、一息ついて久し振りの再会の挨拶を済ませると、ブラーバが入って来た。

 マリアンの両親は、これから始まるブラーバの話を知っているので、先に応接室を後にする。



「奥方様とお嬢様は、謹慎と承っております」


 アデリーナは「ふんふん♪」と鼻歌を歌いながら自分の整えられた爪を眺めている。


「そんな事、あなたが真に受けなくてもいいわ」


 マリアンは少しムッとした口調で答えた。


「ここでしばらく過ごして、ほとぼりが冷めた頃に王都に戻るわ」

「そうそう」


「それはなりません」


 今度はブラーバが冷徹に突き放す。


「なっ!?」

「はぁ? たかが家令のあなたが、お母様に意見するつもり?」


 アデリーナが爪から目を離して、ブラーバを睨みつける。


「お母様がここに来たからには、お母様がこの屋敷の主よ! 言う通りになさい!」

「……我が主人はリンクス様です。この領地、この屋敷の主人もリンクス様です。そして、リンクス様の代わりにそれを管理するのがわたくしの務めです」


「じゃ、じゃあ私とお母様をどうする気よ?」

「謹慎して頂きます」

「……」

「――チッ!」


 ◆◆◆ある日


「ブラーバ!」


「奥方様、何用でございましょう?」

「仕立て屋を呼んでちょうだい。気分転換にドレスを作ってみようかしら? 少しはマシな仕立て屋がいるかしら?」

「あらお母様! いいわねぇ。私も一着作りたいわ」


「……奥方様。あなた様は謹慎中です。外部のどなたともお会いになれません」

「良いじゃないの! この土地にお金を落とそうっていうのよ?」


 ブラーバは「ほう?」という表情で、「奥方様はお金をお持ちになったのですか?」と聞く。


「私が持っている訳ないじゃないの。そんなのは、この屋敷のお金でまかなうものでしょ?」

「そうよ! お金は家令のあなたが管理しているのでしょ? 私達の気分転換よっ! 出しなさい」


 ブラーバは一つ溜息をつき、二人を諭すように言う。


「奥方様、お嬢様。ご存知のように、この領は豊かではありません。リンクス様やクリス坊ちゃまも、現状を少しでも良くする為に懸命にお考えくださっておりますが、それもまだまだ途上でございます。そんな中でも領民は皆、懸命に働き税を納めております。そして――」


 そして、先代夫妻はこれから体力が衰えていくので、介添えの人員も雇わねばならなくなる。

 その費用を蓄える為に、今までも少ない使用人で何とか済ませている事。

 それに加えての今回の二人の謹慎。


「屋敷の出入り口の守番を新たに雇っております。もちろんその費用はリンクス様が用立てて下さっておりますが、この屋敷には余分に使って良い金子きんすは無いのです」


 マリアンとアデリーナはブラーバにそう言われては、引き下がるしかなかった。


 ◆◆◆


 この謹慎は、若い頃から刺繍等の趣味も持たず、外での社交に勤しんでいたマリアンにとっては辛すぎた。

 それはアデリーナも同様。


 マリアンは、塞ぎがちになり自室に籠る日が増えた。

 だが、アデリーナは違う。


(ここに来て一か月? 二か月? もう数えるのも億劫おっくうになったわ。お母様はここに来てから、しみったれた生活を送らされて元気を無くされた。これじゃ、私までみすぼらしくなってしまうわ)


「……よし。脱出よ!」


 アデリーナが決意を込めて呟く。


 脱出を決意してからのアデリーナは、窓の外をよく観察するようになった。

 二階の自室や他の部屋、あらゆる窓から外を観察した。


(ここから脱出する為には……王都へ戻るには、必ず誰かの協力が要るわ)


 窓の外、屋敷の生け垣の外は田園風景が広がっている。

 老若男女、多くは汗を流して働いていた。

 だが、よく観察していると若い男の中には、昼間はやる気がなさそうにダラダラと働き、それが終わると仲間内で集まっているグループがいる事に気付く。


(あの連中は使えそうね?)


 アデリーナは夕食を済ませると、あらかじめ見当をつけていた守番の死角をついて屋敷を抜け出した。

 仲間の集まりに向かう若者を捕まえて、話をする。手懐けるところからだ。


「ねぇ! ねぇ?」

「ん?」


 どこかからかかった女のささやき声の元を、若者は必死に探す。


「こっちよ! ここ!」


 アデリーナはこの時、ブラーバが手配した、町娘が内輪のパーティーで着るような薄いベージュと濃紺のワンピース衣装を身に着けていた。

 町娘風と言っても生地は良く、長持ちするし汎用性の高いデザインが特徴である。

 しかし、その特徴はアデリーナが王都で一番嫌っていた点だ。


 ブラーバから、「こちらに謹慎中は、こちらをお召しください」と渡された時には反発し、一度も袖を通していなかった服である。


(気に食わないけれど、この服なら相手も警戒しないでしょう)


「だ、誰だ? アンタ?」

「ふふっ! 私はアディーよ」


(ヤミル様を姉から奪った人懐っこさを、ちょっと見せてあげれば、コロッと言う事を聞くに違いないわ)


「あなたのお名前は?」

「わ、ワズだ……」

「そう? ワズ、お友達になりましょ?」


 ワズは、ここら辺の悪ガキども――四人組のリーダー格だった。

 たまたま声をかけた相手がそのように悪ガキどもを動かせる人間で、アデリーナは(私はなんて幸運の持ち主なのかしら)と内心喜んだ。


 それからアデリーナは毎日のように屋敷を抜け出し、ワズらと他愛もない話をしつつ、彼らを取り込んで行った。



「ねえ? こんな田舎にいるよりも、王都とかの都会に行きたくない?」

「はあ? そんな所……俺達が行っても恥をかくだけだ」

「どうして~? そんなことないわよ? ワズ達みたいな頼れる男なら、仕事はたくさんあるし女の子も放っておかないわ」

「そ、そうか?」


(喰い付いてきたわね。近いうちに核心を話せそう!)



 そして……


「ねえねえ。この間の王都の話だけど?」

「あ、ああ。どうした?」

「私を王都に連れて行ってくれたらぁ……お金をあげるって言ったら、どうする?」

「か、金?」

「そう。王都に着いたら、お金をあげる! 当てはちゃんとあるわ」


(王都の屋敷から持ち出せた宝石や、持って来たドレスの要らない物を売ればいいお金になって、路銀や報酬には充分でしょ)


「そのお金で王都で暮らそうが、帰ってきて羽振り良く暮らそうが、ワズ達の自由よ?」

「……考えとく」

「ええ。やるんなら、いいお金になるわよ」


 数日後、ワズはアデリーナを王都まで連れていく決断をした。

 アデリーナ達は段取りを組み、決行日も決める。


 そして、いよいよアデリーナの領地脱出計画決行の日を迎える。

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