第5話 幸運

 馬車内は、進行方向を向くようにマックスとベルントが座り、エミリアとセインが進行方向に背を向ける席に座っている。

 この着座順と、セインとベルントが入り口側にいる事で、マックスがより高位の人間だという事はエミリアにも理解できた。


「ふ~っ。何とかなったな?」

「見捨てておけませんからね?」

「ああ、でも少し遅かったな。死者が出てしまった……」


「あ、――あの! マックス様、ベルント様、セイン様、この度は本当にありがとうございます」


 エミリアは、外での彼らの会話に出てきた名前を思い出しながらお礼を言う。


「お礼を言われるほどではありません。ね? マックス」

「ああ、特にあなた……」


 ここでエミリアは、自分が名乗っていなかった事に気付いた。


「――申し訳ありません。私はエミリア・レ――エミリアです」


 思わず家名を言ってしまいそうになって、エミリアは慌てた。


(私はもうレロヘス家の人間ではないのだわ。ただのエミリアよ)


 エミリアの動揺に気付いたのか気付かなかったのか、マックスは言葉を続ける。


「特にエミリア嬢は、危ない所だった。私達がもう少し早く駆けつけられれば、あんなに恐い思いもさせずに済んだだろうに」

「とんでもございません! 私にはお助け頂いた感謝しかございません」


 そして、しばらく彼らはセインが中心となって、盗賊との戦闘の話にふけった。

 その間もマックスはセインやベルントはもちろん、エミリアや小窓の向こう等、各所へ目を向けていた。



「君は――エミリア嬢は、どこぞのご令嬢か?」

「えっ?」


 マックスの不意の問いかけに、エミリアはきょを突かれてしまった。


「ど、どうしてでしょう?」

「それは……君の、靴、がね。それに、君の振る舞いも平民の娘さんとは思えなくてね」


(ああっ! やっぱり靴を見られていたのね。どうしよう……)


 色々と考えを巡らせるエミリアだったが、誤魔化しきる事は無理そうだという判断に至ったものの、伏せられるところは伏せ通そうと切り換えた。


「実は――」


 エミリアは家名を出さず、“とあるパーティー”の最中に家から放逐されてしまったので、もう貴族ではない事と、カンタラリア帝国に向かっている事だけ打ち明ける。


「放逐!? ただ事ではありませんね? 何があったんです?」


 ベルントが『放逐』という言葉の重さに驚いてエミリアに理由を問うた。


「ベルント! 誰しも他人には言いたくない事もある。控えるんだ」

「マックス……。そうでした。エミリア嬢、失礼した」

「い、いえ」


 エミリアは、この説明ではマックス達が納得できるとは思っていないが、彼らに嘘をつかない為にはこれが限界だった。

 マックス達もまた、エミリアには尋常ならざる事情があるのだろうと察し、深く踏み込めば彼女を傷付けてしまうと自重する。


「あの……、皆様は?」


 エミリアは、この馬車がカンタラリアに向かっている事から、マックス達をカンタラリアの貴族だと思っている。


「カンタラリアにお戻りの途中ですか?」


 この時、一瞬マックスの頬が動いたが、エミリアには見えていなかった。


「え、ええ! 帝国学舎の夏季休暇でね。マックスが、リーンに遊びに行くって言うから、僕たちもご一緒させてもらったんです。なっ? セイン」

「そうそう。俺とベルントはマックスのお伴ってトコさ」

「まぁ、私達は三人とも低位貴族だけどね」


「そうでしたか。そのおかげで私は命拾いしたんですね」


 エミリアは彼らの答えに若干の違和感を覚えたが、(それはお互い様よね)と、話を流した。

 マックスも、さりげなく話題を変える。


「エミリア嬢はカンタラリアに行って、何処か当てはあるのかい?」

「当てと言うほどではないのですが……、時計店を探そうと思います」

「時計店?」

「はい。時計店、出来れば工房併設の時計店で住み込みで働けたらと思っています」

「時計店と限定するという事は……、職人になるのかい?」


 マックス達は、目を丸くしてお互いに目を合わせた。


「はい!」


 笑みを浮かべて元気に返事をするエミリアに、マックス達はまたお互いに目を合わせた。


「時計って……これだよ?」


 ベルントが、自分の懐中時計を取り出してエミリアに見せる。


(まぁ! オロロージオの紋章! おじい様のお店の時計をお持ち下さっているのね)と、エミリアは内心喜んだ。


「表面だけ見ると簡単そうだけれど、中には精密な仕掛けがあるんだよ? 一朝一夕には出来ないよ?」

「そうだぜ? 高価だしな。俺なんか、すぐ壊しそうだからって、なかなか持たせてもらえなかったんだぜ?」

「まぁ! そうでしたか」


(ベルント様の仰りたい事も、セイン様の仰る事も分かります!)


 マックスもエミリアの事を心配そうに見つめる。

 皆の心配を感じ取ったエミリアは、自分の腕を皆の間に伸ばし、手首の時計を見せた。


「これは……?」

「随分と小さいですが……」

「細けえな? これで時間が見えるのか?」


「これは、私が作った物です」

「何?」「ええっ!?」「はぁ?」


 マックスとベルントは、なんとなくではあるが、この小ささの時計の凄さを理解している。


「今はもうこんなに小さな時計は作れませんが、殿方用の腕着け時計や懐中時計は作れますから、私の腕を見て頂ければ、雇用して頂けると思うのです……」

「そうだね」


 マックスはそう言うと、腕を組んで小窓から流れる外の景色を眺めながら少し考え込む。

 ベルントとセインは、「本当に細かい仕事だね」とか「俺なら途中で投げ出しちまうな」と、感心している。


 エミリアは自分の正面で腕組みし、室内灯に照らされながら窓の外に流し目を向けているマックスの姿に(何て美しいのかしら)と思うとともに、マックスの抱える憂いの様なものも微かに感じた。

 そのマックスは思考を止めると、「ふぅ~」っと一息ついて、エミリアに目を向けた。


「エミリア嬢。私でよかったら、帝都ヴァレンの時計店を紹介できるかもしれない」

「本当ですか?」


 エミリアは、思わぬ展開に色めき立ちそうになったが、そこまでお世話になる訳にはいかないと、自分を制した。


「いえ、そこまでお世話になる訳には参りません」

「ああ、もちろん確約ではないさ。私に思い当たる店を教えるだけだよ。先方の都合もあるだろうしね」

「でも……」


「まぁまぁ、いいではないですか。エミリア嬢は、いずれにせよ帝都を皮切りに飛び込みで仕事先を探すわけでしょう? その第一候補を決めてもらう程度に考えればいいのでは?」

「そうだぜ? もしそこを断られでもしたら、マックスに文句でも言ってやればいいさ」

「そんな……」


 遠慮するエミリアを、ベルントとセインが後押しする。


「エミリア嬢、ベルントの言う通りだよ。相手方に欠員が無ければ採用とはならないだろうし、職人の世界は厳しいと聞く。女性という事で雇ってもらえない可能性も考えられるよ?」

「俺は?」

「私に文句を言うように勧める意見には同意しかねるよ」


 冷静で客観的な言葉の後に、セインに対しておどけて見せるマックスの姿に、客車内が笑いに包まれた。


 コンコンッ!


 御者台のトムソンから通常停車の合図らしい。

 どうやらカンタラリア帝国の帝都ヴァレンへの中継地に着いたようだ。


 町に入り、マックス達の宿に着くまでの間で、マックスがサラサラと紹介状を書き、ベルントが芯のついたワックスで、封蝋を施す。


「簡易的な手紙だが、これを持っていくといい」


 マックスは、手紙と共に時計店の名と住所を記したメモをエミリアに渡した。


「このような事までして頂いて、本当にありがとうございます」


 エミリアが礼を言うと、マックス達が「明日も乗っていくかい? 私達はそれでも構わないよ?」と言ってくれた。


 しかし、エミリアはこれ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいかないと、丁重に断ってマックス達の元を後にした。

 エミリアは去り際に改めて馬車を見たが、何処にも貴族の紋章は描かれていなかった。


 エミリアは一度町の中心に出て、明日の帝都ヴァレン行きの乗合馬車の時刻を確認する。


「よしっ! 馬車の時間は確認したし、次は……靴ね! やっぱりブーツを買った方がいいわね」



 ◆◆◆



 宿の部屋に入ったマックス達は、先程エミリアが見せた時計の話をしていた。


「気付いたか? ベルント」

「ええ、あの紋章は……オロロージオ家のモノに似ていますね」

「そうか? ずいぶん可愛らしかったぞ?」

「セインにはそう見えたか。はぁ。オロロージオ家の関係者に相違ないだろう。放逐だなんて、いったい何があったんだ?」

「……調べさせましょうか?」

「ああ、頼む」



 ◆◆◆

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