Step2.飛んで火に入る夏の虫

「まずはせいなことをもっと知らないと。」


自分が遊ばれているなんて知らず、七海は少しばかり呑気にプロフィールにもう一度目を通す。

エリートというのはその自信ゆえに危機感がない。


「北大路せいな・・・か・・・。」


七海はせいなの資料を見つめた。

年齢は20。身長169cm。

その美しさは売れていないとはいえ他のアイドルと比べると群を抜いていた。


「ホント、元はいいんだけど・・・。でも、かっこいいじゃないんだよ・・・やっぱり。」


せいなの儚くも愁いを帯びているその表情は、なかなか他の子が持って生まれることができないものだ。


「へー、最初はモデルでスカウトされたのね。背も高いし納得だけど・・・ん?なにこれ。」


それは、せいなの備考欄を見た時であった。


「実家については深くかかわるべからず・・・?なんだろう・・・。それだけ?他は何も書いてない?」


その一文だけで他は実家についてはかかれていない。かなり気になるものの何も資料がないのでどうしようもない。


「まぁ、本人に聞けばいいか・・・。」


そう軽く考え七海は資料を閉じた。


「よし!!私は絶対にせいなをトップアイドルにするんだからね!」


七海は一人暮らしにしては広い部屋の電気を消した。そして早々と明日のミーティングに参加するために、眠りにつく。

根拠のない自信と無駄にある熱意を胸にしながら。


次の日、七海は指定された会議室へとやって来た。せいなはというと少し遅れてやってくる。


今の若い子は五分前行動を知らないの?


そんな下らないことを考えながら、七海はとりあえず笑顔で迎えた。


「おはよう。」

「おはようございます。」


せいなのアイドル染みた笑顔を見ると自分も微笑みながら、昨日せっせと作った資料を彼女に渡した。


「昨日も言ったけれど、せいなには、かっこいいを脱却して、可愛い系になってもらう。コンセプトは“女の子が嫉妬するほどのアイドル”・・・どうかな?」

「へぇー。素敵ですね。」


それに対して、せいなは淡白で感情のこもっていない返事をしたのだった。


・・・自分の提案が嫌だったのだろうか。もしや、失敗か・・・?


七海は少し心配になって恐る恐るせいなの目を見ながら尋ねた。


「あ、あの。嫌だったかしら?急に方向転換なんて。」


すると、せいなは首を少しかしげて微笑みながら答える。


「どうでしょう・・・変わることには不安はないと言えば嘘になりますが、きっと七海さんが変えてくれる。そんな気がするんです。だから何でもいいです。嫌も何も、せいなにはあまりそういうビジョンなんてないので。決めてくれると助かります。」


その笑顔を見て、安堵したのか七海はどうでもいいことを考え出すのだ。

これは企画をしていた時代の名残なのか、天性のものなのかは分からないが。


「・・・本当に、綺麗な笑顔ね。いいキャッチコピーをつけたいんだけど、せいなの綺麗なところを前面に押し出す言葉がなかなかみつからない・・・。」

「え!?」


いたって真剣な七海に恥ずかしいことを言われ、せいなは、どきりとしたものの、すぐにふふっと笑った。


「本当に仕事熱心なんですね。こんな時なのに。」

「あ、ごめん・・・。」

「いえ。七海さんってもてるでしょう。」

「ええ!?」


答えに困っていると、せいなはまた笑った。


「図星ですか?・・・やっぱり、七海さんっていいですね。せいな、本気で再スタートを頑張ってみようかな?」

「せいな・・・!」

「でも、ただでとは言いません。その代り・・・。」

「その代り?」


七海が訝し気な顔をしていると、せいなは揺れながら七海に背後を見せた。

そしてくるっと振り返ると七海をのぞき込むようにしてこう言った。


「キスしてください。今すぐに!」

「えええっ!?」


せいなが何を言うかと思ったらとんでもないことであった。

だが、せいなはゆっくり七海に歩み寄り間近で彼女を再び覗き込む。


確かにせいなは、美人だし・・・だからといって自分はせいなとは、マネージャーとアイドルという関係だし。しかも女。


ぐるぐると思考回路が混乱を極めていると、せいなは、またクスクスと笑った。


「冗談です。本気にしないでください。」

「なっ・・・!」


10歳も年下にからかわれた!!


意味の分からない恥ずかしさと同時に、少し残念だったという訳のわからない感情も一緒にこみ上げてきて、依然として七海の思考回路は混乱している。


「大人をからかわないで!!」

「ごめんなさい。七海さんのこと好きですけど、そういう好きじゃないですから、安心してください。」


そうだよね・・・。

そうだよね!!


七海はなぜか自分を落ち着かす。


「でも、七海さんの困る顔は見たくないんです。だから頑張ります。やっぱり好きだから。」


・・・!?

だから、どういう・・・!?


「あ、あと・・・せいなも大人です。子供じゃないですから。」


そう言うとせいなはまた、にこりと微笑んだ。


どうにもこうにもこの美しすぎるアイドルは、相当な小悪魔らしい。今度売り出しにそういったことも視野に入れていくか・・・。


動揺を誤魔化すように仕事話を考えながら七海は一人頷いた。

そして一呼吸置くと、今度はせいなに微笑み返した。


「・・・とはいえ、ありがとう。せいな。」

「いえ・・・別に。せいなは、マネージャーさんのいうことを聞くだけですから。」

「・・・でも、せいなが納得してくれないことには何も始まらないし。こんな訳の分からない女がやってきたのに、話を聞いてくれて。助かるわ。」


なおもまっすぐ見つめてくる七海にせいなは嬉しいやら恥ずかしいやらで、目線をそらしてしまった。


「・・・やっぱり、七海さんて・・・もてるでしょ。」

「え?」

「今、彼氏はいるんですか?」


せいなの不意の問いに七海は、リストラされたとき別れた一帆の顔が浮かんだ。

あの日のこと。

すべて失ったあの日。


「・・・いいえ。別れたわ。正確に言うと捨てられた。私が全てを失った時に。」

「もしかして、悪いこと聞いちゃいました?」

「いえ。もう、いいの。今となってはそんなこと。」

「でも、淋しいでしょ?急にいなくなったなんて。」

「・・・ま、まぁそうじゃないといえば・・・嘘になるけれど・・・。」


するとせいなは、七海の手を取るとそれを自分の胸に引き寄せ、とんでもないことを言い始めた。


「じゃあ、せいなが代わりに彼氏になりましょうか?」

「ええっ!?なななななにを?」

「あ、せいなは女だから彼女かな?」

「そういう問題じゃないでしよ!!貴女は・・・!!」


七海の唇にせいなは人差し指を当て言葉を静止する。


「せいなじゃ不満ですか?」

「~~~~~!!」


慌てふためく七海を見て、せいなはまたクスクスと笑いだした。


「冗談です。せいなはアイドルで七海さんはマネージャーさんですものね。」

「あ、当たり前でしょ!!」

「そんなに否定しないでください。傷つきます。あながち冗談じゃないんですから。」


一体何を・・・!?

せいなに完全に遊ばれている・・・。


分かってはいるが、その度に心臓がドキドキと早鐘を打つのは何故だろう。

そんな七海をよそにせいなは彼女から離れると、にこりとまたあの美しい微笑みを返す。


「じゃあ、せいな、行きますね。」

「え?え?え、えぇ。」

「あ、七海さん。せいなのこと綺麗って言ってくれましたけど・・・今度どこが綺麗だったか詳しく教えてくださいね。」

「!?」

「じゃないと、怒っちゃいますよ。」


そんな言葉を残し、せいなは鼻歌を歌いながら部屋を後にした。

ひとり残された七海は呆然と立ち尽くしす。


「落ち着け、私。せいなにからかわれてるのよ。いやいや、しっかりしろ!!私はマネージャー!!プロデュースしなくちゃ!それが私の使命よ!!」


七海はそう言って自分の両頬を叩くと、自分もまた部屋を後にしたのだった。


数週間準備期間を要したあと、せいなは、“女の子が嫉妬するほどのアイドル”という売り出し文句にイメージを一新して再スタートを切った。

CDの曲調も今までのロック調のものからもっと軽めのポップなもやバラードにして、CDジャケットもこれでもかというほどせいなの美しさを強調した。

上目遣い、ウインク、笑顔。あざとくなるようにPVもつくった。

七海は元々女性物のアパレル系の企画等をしていたので、そのつてをたどったりして、彼女に見合う物を見繕っていた。


その結果、同性が嫉妬するほどの美しすぎる女性アイドルとして話題性を呼び情報番組でも度々取り上げてもらえるようになった。


また、せいなの歌唱力はかなり高いものがあって、なぜこれが埋もれていたのだろうと七海が首をかしげるようなものである。


そんな実力と話題性が噂となりひろがって再デビューCDの売れも伸び、まだまだ大物には及ばないがせいなの中では過去最高の売上枚数となった。


「せいな、これだけ頑張ってくれて嬉しいわ。少しずつだけれど貴女をみんな認めてくれだしたのよ!」

「そうみたいですね。よかった。」


やはり、せいなは淡白である。

せいなは努力しているし成果は見えている。

だが、七海はどこか彼女に対して引っかかるものがあった。


「せいな、貴女。売れることは嬉しくないの?」

「嬉しいですよ。せいなは、一応アイドルですから。」

「ならいいのだけど。」


しばらく歩いて廊下の曲がり角まで来た時のこと、急に大きな声が聞こえた。


「北大路せいな?誰だよそりゃ!!」


二人は思わず角で隠れるようにして立ち止まった。

こっそり覗いてみると、発言の主はとある番組のプロデューサーらしい。そのプロデューサーが番組スタッフと話をしていた。


「最近売れているアイドルらしいですよ。今まで売れていなかったからイメージを一新して再デビューしたんだそうですよ。」

「はっ・・・、どうせ、そんなことしても売れない奴は売れないに決まっている。今は珍しさで売れているが、そのうち飽きてまたいなくなるさ。」


プロデューサーは二人が見ていることはつゆ知らず、悪態を吐き続ける。


「敗者はすぐにいなくなればいいものを、往生際が悪いな・・・これだから、最近の若いやつは・・・空気を読め・・・。」

「ちょっと待ってよ!!」


その発言に対して耐え切れずに飛び出したのは七海であった。


「な、七海さん!?」


いつも穏やかな七海からは想像のできない荒ぶった表情で、啖呵を切りはじめる。


「さっきから聞いていたら、馬鹿にして!!」

「な、なんなんだ、君は!?」

「私はこの子のマネージャーよ!!」


プロデューサーが七海の後ろを見ると、今まで馬鹿にしていたアイドルが立っていた。それを見てすべて合点が言ったらしく、またもや鼻で笑う。


「なんだ、本当のことを言ったまでじゃないか。」

「確かに今まで、売れていなかったかもしれない。でも人は変われるのよ!この子は頑張っているのに!何も知らないのにそんなことを言わないで!!」


あまりにも真剣な目でいうものだから、プロデューサーは一瞬ひるんだが、逆にこう切り出してきた。


「俺に楯突くと出演できなくなるぞ。」


どうだ、とばかりに睨んだプロデューサーであったが、七海も譲らない。


「構いません。私はそんな人の本質を見抜けないような人の番組にこの子を出したくはありません。」

「本質だって・・・?そんなものこいつにあるのかよ!!」


依然として馬鹿にするプロデューサーに対して七海はじっと睨んだ。その凄みは今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気である。


「貴方に何がわかるんですか。私は知っています。せいなが苦手なダンスも頑張って練習していることを。せいながもっと歌が上手くなるように練習していることを。夜遅くまで撮影の仕事をしているとを。」

「七海さん・・・。」


売れないからといって見捨てられた自分にこんなに一生懸命になってくれた人が誰かいただろうか。七海は誰よりも自分の事を思っていてくれている。

そんな七海の言葉は続く。今度は七海がプロデューサー立ちを馬鹿にするような口調だ。


「・・・それに、今後、この子に頭を下げてでも出てくれというようになるのはあなたの方ですから。私は今反論したことに後悔はありません。さぁ、せいな帰ろう。」


七海は、何やら怒鳴り散らすプロデューサーを尻目に、せいなを連れてその場を離れたのだった。


とはいうものの、楽屋に戻るとすぐに七海は頭を下げて謝罪した。


「ごめんなさい!これからの貴女の仕事に影響してしまうことをしてしまったわ。でも、どうしても我慢できなくて。」

「そんな・・・七海さん、顔を上げてください。せいなは嬉しかったですよ?」

「ありがとう・・・。いえ、それよりもはやく、せいなが出演できる番組を探さないといけないわね。私のせいで一つ潰しちゃったのだから。」


「その必要はないよ。」


そんな声が聞こえたと思うといきなりドアが開いて一人の男が入ってきた。

やせ型のひげ面の男。


「あ、あなたは?」

「ある番組のプロデューサーをしているんだが、さっきの一連のことを見ていてね。なかなか面白いね。どうだい、僕の番組に出てみないかい?」


そう言って、名刺を出された。それを見て七海は驚く。よくゴールデンタイムなどで番組を持ちヒットを続けている名プロデューサーだったのだ。


「いいのですか?」

「ああ、君たちを出さないと後悔するんだろう?」


それを聞いて七海は笑顔で頷いたのだった。


「もちろん、出さないと後悔しますよ!!」


楽屋。

七海はプロデューサーと話があると行ってしまった。

一人残されたせいなは、少し浮かない顔である。


「七海さんが、せいなのこと考えてくれるのは嬉しいんだけど。ごめんね、七海さん。せいな、それでもやる気にはなれないの。せいな、アイドルにあまり興味ないからさ、別に売れても売れなくても何でもいいんだよね。もうっ!面倒だなぁ。」


せいなの七海への好感度が以前より少し・・・あがったようであるが、これからそれがどうなるかなんて、まだ誰も知らない。

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