能あるアイドルは恋を隠す
夏目綾
Step1.案ずるより産むが易し
大学は一流名門校を難なく入学・卒業し、そのままあっさりとアパレル系一流企業の企画部へと就職を決めた。部署でも働きが認められており、上司にも気に入られている。
もちろんプライベートだって充実している。頭もよければ顔もよい。そんな七海は、彼氏がいない時なんてひと時もなかった。今付き合っている彼氏は、入社して暫くした頃くらいから付き合っていて、もうそろそろ結婚話も出始めていた。
だがしかし、そのすべてが崩れる日がやって来た。
それは突然に、あまりにも突然に。
「七海君、悪いが・・・明日から部署を異動してほしい。」
あまりにも急なことに七海は驚いて上司にめずらしくくらいつく。
「え・・・!?どういうことですか?まだ始まったばかりの企画があるじゃないですか!?それなのに急に異動なんて!!」
「引き継ぎは新入社員がする。君は・・・事務・・・いや雑用仕事をしなさい。場所は・・・第三営業課の・・・。」
そう言われ愕然とする。
第三営業課。それは社内でも行く場を失ったものの行く、ごみの掃き溜め、最終処理場、散々な言われようの場所。しかもそんな場所の雑用なんて。
七海は必死に上司にすがりつく。
「どうしてですか!?私は何かしましたか!?何があって急にそんなところ・・・!」
すると上司は渋ったような顔をしたがついに口を開いて言った。
「社長のね、姪っ子が君のポジションに来るそうだ。邪魔なんだとよ・・・、同じ年くらいの君の存在が。だからどこかにやってくれと。」
社長は敏腕さで名を馳せる一方、ワンマンさ、横暴さは昔から有名だった。だがしかし、その火種が自分のところに飛んでくるなんて。
「そ、そんな・・・。私は、今まで会社のために尽くしてきました、なのに・・・!!」
上司は首を振ると肩をポンとたたいた。
「穏便に済ますには、辞表を出すことだ。姪っ子さんは性格が悪いようだからね。そういうのを楽しんでいるんだよ・・・。目をつけられた以上ここにいるともっとひどい目にあうかもしれん。・・・すまない、力になれなくて。」
「・・・・・そんな・・・。」
大学を卒業して以来、この会社に一生懸命に尽くしてきた。それなのにそんな馬鹿らしい理由で、事実上のリストラなんて・・・。
何を間違ったのか、いや、何も間違っていない。そうだ、彼氏の一帆だってそう言うはずだ。
傷ついた心を引きずりつつ、七海はその晩、彼氏を呼んだ。
しかし、彼氏の一帆の態度は冷たいものだった。
「え・・・?つまり、リストラされたの?」
「いや・・・まぁ、そうだけど・・・でも私は!!」
そう言う前に一帆は冷めた表情でこう言った。
「ごめん、桂ちゃん、別れよう。」
「え・・・?何?」
「だって桂ちゃん、いや、何も聞かないでくれ、それじゃあ・・・。」
「ちょ、一帆?一帆!!」
一帆は一切振り返らずに行ってしまった。
つまりは、こうか。
全ては私の肩書に興味があったってことか・・・。
全てを失った私なんて今・・・。
「なんて、人生なのよ・・・。なんて・・・人生・・・。」
今まで、何もかもうまくいっていた。不満なんてない。明るい未来しか見えない。
それが瞬時に全て無くなってしまった。いまだに信じられない、一日でだ。なんということだろう。
全てを失った七海は半ば自暴自棄になり、普段あまり行くことのない夜の街に繰り出した。そして、何軒も飲み渡った。
いい具合に酔いが回り、すべてを忘れそうになった頃、裏通りの小汚い小さなスナックへとやってきた。
普段なら絶対入らないところだ。
こんなところ、落ちぶれたおっさんが入るところだろうと、少し前なら馬鹿にしていたような店。しかし、今の自分にはそれがお似合いだなと思い、自ら進んで入って行ったのだった。
店内は予想通り暗く陰気で、二、三人客がいるだけであった。スナックのママがテレビ好きなのか、なぜか大きなテレビが天井から釣り下がっており、丁度歌番組が放送されていた。
七海は酒を注文すると、そのテレビをぼんやりと眺めた。
テレビには若い女性アイドルが写っており、歌っている。
「見たことないアイドルね・・・。」
七海が呟くと、横に一人の恰幅のいい年配の男性が座ってきた。その男性はこの場には似合わないどこか品のよさそうな雰囲気を漂わせていた。
「結構前からいますよ。この子。」
そう七海に言いながら、何もしないママの代わりに七海のグラスに酒を注ぐ。
「ああ、すみません。・・・でも、こんな子見たことがないわ。」
七海が眉をひそめて言うと、男性は笑った。
「でしょうね、売れていないからね。たしか、八雲トワと同じ事務所で同期らしいけれど全然売れてなくて。」
八雲トワというのは、もはや国民アイドルと言っていいほど売れに売れている女性アイドルである。
「へー、詳しいんですね。トワと同じ事務所なのに雲泥の差ですね。顔は悪くないのに。」
確かに顔は悪くない。
憂を秘めた美しい少女。
でもなにかぱっとしない。かっこよく決めているつもりなのだろうが何か足りない。
「最初は大型新人で売り出したのに、結局売れずじまいですよ。」
それを聞いて七海は、はっとする。まるで自分のようだったからだ。最初はよかったのに・・・今は落ちぶれ・・・。
そんなことを思うと何かむきになってきて、男性に語り始めた。
「元は悪くないんですよ!悪いのは周りの人たちだわ!プロデュースの仕方が悪いんです!そうよ!そうに決まっている!!」
「ほう・・・。」
「私だったら、こんな風にはさせない。せっかくの原石を見逃したりはしない。この子をトップアイドルにしてみせることができる。」
そんな大口を叩いてしまった。すると、男性は、あはははと笑って言った。
「では、君がプロデュースしてみるかい?」
「できるものならしますよ!絶対に売れさせる。」
酔いのせいか今日あったことのせいか、啖呵を切る。
するとその威勢にますます七海を気に入ったのか男性は笑顔で彼女の肩を叩いた。
「いいねぇ、こういう子が欲しかったんだよ。決めた。君に決めたよ。」
「はい?」
「私はね、この子のプロダクションの社長なんだよ。」
「え?」
「この子、君に任せるよ。」
社長と名乗る男性はそう言って名刺を見せる。
「え・・・えええええええっ!?」
先程まで偉そうな口を聞いていた七海の酔いは一気にさめた。
信じる信じないの前に、七海は半分拉致されたような状態でタクシーに乗せられて社長の会社へと連れて行かれた。いきなりのことで頭がいまだに整理できない。
そんな七海をよそにタクシーは目的地に到着する。
神無月プロダクション。
大きなビルにはそう書かれてあった。
神無月プロと言えば、トップアイドル八雲トワを擁するアイドルを数多く抱える有名なプロダクションだ。あまりアイドルごとに興味のない七海でもその名前は知っている。
社長は、そのまま七海を社長室に有無を言わさず連れて行く。
七海が呆然として戸惑っていると、社長は笑って言った。
「いや、こうみえても私は、この神無月プロダクションの社長でね。君にとても興味がわいた。」
「あ、あの・・・すみません、私は知らないとはいえあんな失礼なことを言ってしまって・・・。」
「気にしないでくれ、そう言う意見が聞きたくて私は夜な夜な街に出るのだから。ところでどうだろう、さっきの話。」
「さっきの話?」
「そう。あの子のマネージャーになってくれないかな。プロデューサーも兼ねた。」
「え、え、え、それは・・・冗談というか、酔っていたし・・・。それに私は全くの素人だし。」
「プロデュースと言っても思いついたことを言ってくれるくらいでいい。素人でも構わない。君の中に私は何か感じたんだ。どうだい、あの子を助けてやってくれないか?あの子には確かに光るものを感じたんだ。だからデビューさせた。でも、全く芽が出ない。頼む。今ついているマネージャーも辞めてしまった。君の方が意欲的に感じたんだ。私は何かを感じたんだよ。」
「私は・・・。」
七海は考え込む。
アイドルのマネージャーだなんて。
・・・だからといって、このまま社長の言うようにあの子を放っておけばそのまま埋もれていってしまうだろう。自分のように。
いらない人間になってしまう。
社長が自分を見出してくれたように何とかできるのではないか。
形は違えども、これは自分が会社でやっていた企画と同じではないのか。
ならば、ぱぁっと成功させて花を咲かせてやれればいいではないのか。皆を見返してやればいいのではないか。自分も彼女も。
そう思い直し、七海は頷いた。
「私でよければ・・・!是非、お願いします!!」
すると社長は満足げに笑って手を差し伸べたのだった。
七海もその手を取る。
引き返せない。
半分ヤケになっていたのかもしれない。
でも、嬉しい。もう一度、もう一度輝ける気がして七海は嬉しくなったのだった。
次の日、渡された資料を徹夜して読み込んだ七海は自分が担当するアイドルに会うため、再びプロダクションを訪れた。
指定した部屋に入ると、すでにそこにはテレビで見た少女が立っていた。
「七海桂です。よろしく。」
そう言って少女をまじまじと見る。やはりアイドルとだけあって容姿端麗だ。
「
長めの黒髪がさらりと揺れる。
白い肌に切れ長の瞳、その右の瞳の下にある泣きぼくろ。長い物憂げなまつ毛。整った目鼻立ちでため息のでる美しさである。そしてどこか色っぽい。
「まだ分からないところもあると思うけれど、よろしく。」
そう言って七海が微笑むと、せいなは美しい笑顔で返した。
そう、そこなのだ。
と、七海は思った。
「聞くところによると、かっこいいアイドルを目指しているそうだけど。」
「うーん。そういう方針ですから。今はそっち系のアイドルの方が人気ありますし。」
「でも、綺麗だし、可愛いんだから、路線を変えよう。そう思ってるの。」
「つまり?」
せいなが首を傾げる。
「女の子が嫉妬するほどのアイドル。それを目指そうかなって。」
「どういうことですか?」
「せいな・・・だっけ?貴女はすごく綺麗よね。」
「え・・・?え・・・!?」
見つめられ思わずせいなは顔を赤らめる。
「そういうさ、あざとくて色っぽい系で攻めていこうと思うの。アイドルが皆かっこいいってわけじゃなくてもいいでしょう?八雲トワだって別に格好良いをメインで売りにしているわけじゃなくてもあんなにスターになったんだし。」
「まぁ・・・そう、ですけど・・・。」
せいながぼんやりしながら言うと、七海はその手を取って言った。
「とにかく任して欲しいの!私は必ず貴女を売れさせる!!必ずトップアイドルにしてみせるから!!」
「七海さん・・・。」
仕事に対して熱くなるのは七海の良いとこでもあり悪い癖でもある。
そんな七海の大胆な宣言でその場は一旦お開きとなった。
せいなの暮らすマンション。
せいなは大好きな泡風呂にアヒルのおもちゃを浮かべながら入る。
「綺麗って言われちゃった!ふふっ!いいなぁ、七海さん。美人だし。気に入っちゃった!」
せいなは、足をバタバタさせて泡の飛沫をあげる。
「せいなのこと好きにならないかな?好きって言ってくれないかな?言わせたいな。うーん、どうやって誘おうかなぁ?」
そしてお風呂に浮かぶアヒルにキスしたのだった。
はたしてせいなを七海はトップアイドルへと導くことができるのか・・・。
現時点では、どちらかというと・・・遊ばれている。
「あーあ、アイドルなんてどうでもいいし。」
勿論、せいなのそんな言葉なんて知りもしない。
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