Step3.親の心子知らず

「ふざけんなよ。」


せいなのマンション。

せいなはアイドル雑誌を読みながら、お菓子を食べていた。

休日といえどもせいなに抜かりはない。しっかりとメイクはしているし、髪も整えてある。服装もいつ外出してもいいような格好もしている。

ただ、彼女の場合はアイドルだからという理由ではなく、だらしない自分など見せたくないからしているだけではあったが。

せいなは仕事にではなく自分に対して完璧主義者であった。


「何が!“みんなを笑顔にしたいから頑張る!“なのよ!!あの、糞アイドル!!八雲トワなんて死ねばいいのに!!」


せいなはそう言うと雑誌を玄関に向かって投げつけた。

・・・が、非常に間が悪く、同時に七海が入ってきた。


「ギャッ!!」


雑誌は七海の顔面に勢いよくぶつかった。

七海はせいなのマンションのスペアキーを持っている。いつでも彼女を迎えに行けるように。勿論、せいなも快諾はしていた。とはいえ、急に来られると困るものはある。


「やだ!!七海さん!!大丈夫ですか!?」


慌ててせいなはぶりっこしながら七海に駆け寄った。


「どうしたのよ、せいな。雑誌なんて投げつけて。」

「投げつけたなんて・・・そんなことせいながすると思いますか?ちょっと変な虫がいて・・・びっくりして雑誌が飛んで行っただけです。怖かったんですよ?」


せいなは上目づかいで七海をじっと見る。

七海は、せいなのこういう目に弱いらしく、ごめんごめんとなぜか自分が謝って雑誌を拾い上げた。

七海が見ていない隙を見計らって、せいなは舌を出した。


「せいな?」

「いいえ、何も。それよりも、どうしたんですか?」

「あぁ、そうそう!新しい仕事決まったから資料持ってきたのよ。」


また仕事か・・・。

また仕事の話。


そう思いながらもせいなは微笑んだ。


「七海さん、さすがですね。」

「せいなをトップアイドルにするためだもの!少しでもいい仕事は見つけたいわ。」

「わー。せいな、うれしー。」


またもや、せいなの感情のこもっていない返事。

七海は最初こそ気にしなかったが、ここまで無感情に言われると怪しむものがある。


「せいな、前から思っていたんだけど。本当にそう思っているの?」

「え・・・?どういうことですか?」

「いえ、なんだか嘘っぽいから。無感情というか、他人事というか。」


せいなは七海に気づかれないように舌打ちすると、彼女の手を取る。

そして自分の頬にその手を当てると、また上目遣い。


「七海さんの目にはそう映っていたのですか?」

「た、たぶん・・・。」

「少しショックです。どうしたら、せいなが本気って信じてもらえますか?せいな、売れるためには何でもしますよ?脱ぐお仕事もやりますよ?」

「えぇぇっ!?何を言っているのよ!!」

「だから、冗談ですよ。」


そうよね・・・!!

そうよね!!


七海はいつぞやと同じ反応をしてしまった。

自分では全く気づいてはいないが。


「せいな、脱ぐお仕事はしません。でも七海さんの前だけなら・・・。」

「せいな、そういう冗談はやめて。」

「ばれちゃいました?」

「心臓に悪いからやめて。」

「あれ?脈ありですか?」


七海は完全にせいなに遊ばれている。

最近、絶対にそうだと七海自身も感じてきていた。

これではいけないと七海は咳払いをして、無理矢理に話を元に戻す。


「それより、仕事の話をちゃんとしましょう。」

「七海さんって真面目ですね。そういうところ、みんな好きになるんだろうな。」

「あのね、せいな・・・。」

「せいなもそういう七海さん好きですよ?」

「バラエティ番組の仕事を受けたの!新人アイドルが何人か集まってベテランの司会者とトークする番組なんだけどね。」

「やっぱり、そういう真面目なところが好きです。」

「せいな!!人の話を聞いて!!」

「ごめんなさい。せいなはアイドルですから、マネージャーさんのお話はちゃんと聞きます。」


やはりこの子は掴めないし、そういうせいなに自分は弱い。

悲しいが七海は改めて実感した。

だからと言って彼女にのまれるわけにもいかない。

なぜなら、自分はせいなをトップアイドルにしなければならない使命を持っているのだから。


「あのね・・・せいな、貴女は綺麗だと思っているし、いい子だと思っている。だから私は貴女に輝いてほしいのよ。」

「・・・そう、みたいですね。ごめんなさい。」


せいなは謝っているものの、彼女の感情は依然として読めない。

とんだ難癖あるアイドルを担当してしまったのかもしれないと、七海は今更ながら思った。

最初は素直な子で、一緒に頑張っていけると思ったのだが、これはかなり苦労するかもしれない。


だが、七海は仕事馬鹿だったので困難があればあるほど燃えるタイプであった。

よしと一人で頷くと、せいなの両手をとって真剣な目で見つめる。


「せいな!このトーク番組成功させましょ!!バラエティって自分の個性を出せるところだから!!絶対に負けられないわ!!」

「あ・・・え・・・。」

「せいな!!私は絶対に貴女を輝かせるからね!!」


あー、もう!!


実のところ、せいなも七海のこの目には弱かった。

同時に、真っすぐに見られるのも苦手ではあったが。


「わかりました・・・せいなができることはやってみます。七海さんの言うことはちゃんと聞きますから。」

「ありがとう!せいな!!」


言うだけ言うと、七海は張り切って帰ってしまった。

これも七海の悪い癖だが、自分が納得すると後処理もせずに次に向かって突き進む。


「行っちゃったし・・・。」


せいなは資料に一通り目を通すと、それを放り投げた。


「そりゃ、言われたことはできるけど。できるけど・・・やっぱりせいなは、このお仕事向いてないと思うんだよね。でも、七海さんにせいなのこと好きになってもらいたいし。うーん、困ったな。」


それに対して突き走る七海。

あれやこれやと、せいなのためにことを進めていく。

せいなのためなら苦労は厭わない。

なぜなら彼女に自分と同じ悲しみを味合わせたくはなかったからだ。


自分が彼女に正しい道に導けばいいだけ。


だが、やはり引っかかるものが七海にはあった。


「どうして、せいなは売れなかったの?」


方向性が間違っていた。

それは分かる。

だが、彼女のポテンシャルは悪くないし、欠点らしい欠点は見つからない。

それなのに何もかもできないように映ってしまっている。

何が原因かまだ七海にはわからなかった。


バラエティの収録日。

せいなのトークは軽妙で司会者や共演者を和ませていた。

このように機転のきくトークができるとは知らなかった。

とはいえ、いつも彼女の会話術に飲まれているので納得はできる結果だ。


笑顔は勿論さすがのもの。

誰が見ても美しく映るだろう。

それに加えて、ちゃんと個性もアピールできている。


「やればできるじゃない!」


収録が終わると、七海はせいなに駆け寄った。


「大成功ね、せいな! やっぱり、貴女はできる子よ。次の回もオファー貰ったわ!」


すると、せいなは少し困ったような表情を見せたが、すぐに微笑む。


「せいな、頑張りました。だから、少しご褒美ください。」


そう言うとせいなは、ぎゅっと七海に抱きついた。


ふわりと良い香りがする。

近くで見ると、こんなにも彼女のまつ毛は長かったのか。


なぜか、七海の鼓動が速くなる。


「せ、せいな、離れて!」

「嫌です!」

「七海さんは大人の香りがしますね。せいなはどんな香りがしますか?」

「あ、な、な、そ、それは。」

「それは?」


せいなは人差し指を七海の唇に押し当てる。

七海はどう反応すればいいのか分からずひたすら戸惑っていた。


せいなは何がしたいのだ。やはりからかって楽しんでいるだけなのか。

それなら諫めればいいものを・・・。


七海が悶々と考えているそんな時だ。

向こうから大きな声が聞こえた。


「お願いします!!」


二人は驚いてその声の主を見る。


先ほど、せいなと一緒に出演していた女性アイドルだ。

彼女もまた新人崖っぷちアイドルであった。


どうやら、トークが良くなかったので次を断られたようだ。

アイドルは必死になって頭を下げ続けている。


そんな姿を七海は辛そうに見つめていたが、せいなはというと、冷めた目でずっと見ていた。

二人の感情は全くもって異なるものであったのだ。


楽屋。

自分もせいなも関係ないのに七海は一人落ち込む。


「あの子、頑張っていたのに。シビアな世界ね。芸能界って。失敗はできないのね。」


それに対してせいなは、いたって冷静。

今日のために新調したネイルをかざして見てはそっけなく言う。


「あんなに本気になって馬鹿みたいですね。見苦しいなぁ。」

「せいな?」

「だってそうじゃないですか。あんなに本気になって頼み込んで。恥ずかしくないのかなぁ。だっさい!! そんなに一生懸命にならなくても。売れなかったらそれだけの話ですよ。」

「せいな!!」


辛辣な言葉を並び立てるせいなに七海は思わず声を荒げる。


「あれ? せいな、悪いこと言っちゃいました?」

「せいな、貴女、なんとも思わないの? あの子があんなに一生懸命にしていることを。貴女は売れなかったらそれだけの話って思っているの? 貴女はっ!!」


せいなは立ち上がると、じっと七海を睨んだ。

いつも微笑むせいなに、こんな目をされたのは初めてである。


「ごめんなさい。せいなはアイドルですから。七海さんはせいなが売れなきゃ困りますものね。七海さんの首がかかってますものね。だから一生懸命になっているんですよね。」

「・・・っ!!」


反論するより先に、七海はせいなの頬を叩いていた。

大きな音が響いて、せいなは頬を抑えながら下を向く。

叩いてしまって後悔しつつも、七海はせいなを諭すように語りかけた。


「ごめんなさい。せいな、でもね。貴女は私のことをそんな風に見ていたの? 私がクビにならないように付き合っていたの?」

「・・・・・・。」

「せいな、私のことも頑張っているみんなも馬鹿にするのはやめなさい。」

「・・・七海さん、ごめんなさい。酷いこと言ったのは謝ります。でも、訂正はしません。せいな、本気になりたくないので。それが気に入らないのなら、マネージャーを辞めてください。」


そう言うと、せいなは楽屋から振り返りもせずに出ていった。


「せいな・・・。」


いつも、どこまでせいなは冗談を言っているのか掴めない。

だが、きっとこれは。


七海は、前職で洋服の企画をしていた。

自分の思うまま突き進む。

しかし、人に接する仕事とはこのように難しいものなのか。


「せいなに変わって欲しいと思う前に自分も変わらないといけないのかもね。」


七海は深いため息をつくと、彼女もまた楽屋を後にした。


二人は今後、きっと変われると信じて。

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