五周目 声豚、コールを広める
柚菜からライブのコールをいい感じにするよう指示されたが、あまり時間はない。
SNSで声かけするために、なぎさちゃん用の専用アカウントを作ろうかと思ったが、今から数日でフォロワーを増やすのは難しい。
俺は今まで使っていた声優応援用のアカウントを使うことにした。
アイドル声優のコールは至ってスマートなものだ。
地下アイドルのように「イエッタイガー」なんて言ったりしない。
俺は『United Flag』の歌詞に合わせてコールを考えていった。
『United Flag〜キミと掲げる団結の旗〜♪(はーいはーいはいはいはいはい!)
これから始まる渚の物語〜一緒に作っていこう〜(なぎさっ!)』
こんな感じで「はいはい」と掛け声を入れたり、名前を呼ぶのが王道だ。
出来上がったコールをツブヤイターで呟く。
もちろん今度のイベントでこんな感じでコールしましょうという声かけを添えてだ。
俺のフォロワーは地味に千人以上いるのだが、その中でなぎさちゃんのファンとなると限られてくるだろう。
その日はお情けで僅かないいねがついたくらいで、そのいいねをつけてくれた人もなぎさちゃんのファンではなさそうだった。
◇
翌週金曜日。
明日はもうイベント当日だ。
このままでは豚、豚コールが飛び交ってしまいかねない。
すると俺のコールの呟きが引用リツイートされた。
引用リツイートの主は思いがけない人だった。
――何で
有栖川しきちゃんは俺が一番好きなVTuberで、ツブヤイターのフォロワーは十万人を超えている。
コメントを見ると、『しき、実はこの声優さんに最近ハマってるんだ。しきもライブでコールしてみたいな♪』と書かれていた。
それからというもの、いいねは百以上つき、リツイートもされまくった。
『コール作成ありがとうございます、これ参考にコールしますね』といったコメントも来ており、イベント参加者にもちゃんと届いたようだ。
これで明日のイベントは安心だろう。
その日俺は安心して眠ることができた。
◇
翌日、イベント当日。
俺は先週と同じくアニマイトのイベント会場に来ている。
先週と違うのは、握手会スペースの横に数十人が入れるライブスペースがあることだろうか。
今日は握手会の前にライブが行われるらしい。
席は先着順だったため、簡単に最前列を確保することができた。
並んでいたのが俺だけだったのだ。
それはそうと、隣を見るとアイドル声優のイベントには珍しく、俺と同じくらいの歳の女の子がいる。
よく見ると、同じクラスの
「あの、東條さんだよね?」
「あ? なんだ声豚か」
なんか今可愛らしい声で声豚って言われた気が……
東條さんとは同じ中学だったのだが、高校二年になるまで同じクラスになったことがなく、話し声をちゃんと聞いたのも今が初めてだ。
なぎさちゃんとはまた違って癒されるような、所謂天使の声と言えると思う。
そう、有栖川しきちゃんのような。
「有栖川しきちゃんって知ってる? VTuberなんだけど、東條さんの声、その人にすごく似てる」
「当たり前じゃない、私がしきなんだから」
「ええ!?」
俺が今なぎさちゃんと同じくらい好きなしきちゃんが東條さん!?
驚いている間になぎさちゃんがステージの上に立った。
間も無くライブが始まるようだ。
「東條さんがしきちゃんだったなんて驚いたよ。リツイートしてくれてありがとう。なぎさちゃんがコールで豚、豚言われかねない状況だったから助かったよ。一緒にライブ楽しもうね」
「本当に助かったのかしらね? ちなみに言っておくと私はあなた達の敵よ」
しきちゃんが不穏な言葉を残すと同時にライブが始まった。
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元カノがアイドル声優デビューしていた件。元カノだと気づいていない声豚の俺は、今なら最古参になれると思い、初握手会で周回を試みる。 碧井栞 @_yokku
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