三周目 声豚、元カノにシメられる
俺と星野柚菜との出逢いは二年前に遡る。
家はすぐ近くなのだが、たまたま小学校の校区は違っていて、同じ学校になったのは中学から。一、二年は別のクラスで同じクラスになったのは三年からだ。
新学期の恒例行事としてクラス全員の前での自己紹介というものがあると思う。
そこで俺は柚奈の声に衝撃を受けた。
「初めまして、星野柚菜です」
決して大きな声ではなかったが、可愛らしくも透き通るような声で、自然と耳に入ってきた。
また、どこか包み込んでくれるような優しさも感じられた。
声にばかり意識がいってしまいがちだが、見た目も普通の中学生レベルでは考えられない程可愛いかった。
髪は黒のミディアムのハーフツインで、スタイルはやや華奢ではあるものの、均整が取れていて、美しかった。
そんな柚菜は当然学年の男子からかなりの人気があった。
だが、かなりガードが硬かったらしく、尽く男子達は振られていたようだ。
柚菜曰く「私と同じくらい頭が良くて、私の良さをちゃんとわかっている人」としか付き合いたくなかったらしい。
柚菜の声を聞いて以降、完全に惚れてしまっていた俺は、ひとまず成績を上げることにした。
柚菜の志望校は上新高校という高校で、偏差値は70越え。うちの中学からは毎年一人か二人しか進学していなかった。
中学で柚菜と交友することよりも、高校生活を一緒に過ごすことを優先した俺は、とにかく勉強に打ち込んだ。
その結果、無事に柚菜と同じ高校に進学できることになった。
そして、卒業式の後、体育館からできてきた柚菜に声をかけて、告白する。
「星野さんと一緒に高校生活送るために偏差値30上げて、上新高校に合格したんだ。もし良かったら俺と付き合って欲しい……」
「すごいじゃん。それで、私のどこが好きになったの?」
「『包み込んでくれるような優しさ』があるところ(声)かな?」
「へぇ……そんなこと言ってくれる人今までにいなかったかも。いいよ、付き合ってあげても」
こうして約一年前、俺と柚菜は付き合い始めた。
その一ヶ月半後のGW中に別れたのだが、その話はまたの機会に。
◇
GW明け。
登校すると、窓際に昨日の握手会で見かけた顔があった。
柚菜だ。
名簿で今年は同じクラスだということは知っていたが、柚菜は四月から一度も出席していなかった。
何か事情があるんだろうとは思っていたが、恐らく声優の仕事が忙しかったんだろう。
昨日衝撃の再会を果たしたところなので、何となく顔を合わせずらく、俺はそそくさと自分の席に座る。
唐突だが、俺は声優さんと付き合うためにライトノベル作家になろうと思っている(本気)。
そのためにちょうど柚菜と別れた頃あたりから、小説投稿サイトにラブコメを投稿し始めた。
毎日更新を一年続けてきたので、長編と言えるようになったと思う。
フォロワー数もかなり増えてきているので、近日開催されるコンテストにも応募してみるつもりだ。
ということで、始業開始まで、スマホで今日アップする分を読み返してチェックしていた。
「豚、ちょっと来なさい」
後ろから突然声をかけられたかと思うと、制服の襟の部分を思い切り引っ張られる。
首が締まっていく。
「うう……苦しい」
「ブヒブヒうるさいわね、離してあげるからついてきなさい」
すると、柚菜は俺の手を引いて走り出した。
行き交う生徒達がなんだなんだと囁いているのが聞こえてくる。
この後絶対に甘いイベントは待っているはずはないんだが、俺は昨日の可愛らしいなぎさちゃんにまた手を握られてると思うと、ドキドキとしてくる。
そして屋上手前の階段まで連れて来られる。
「あんた何ニヤニヤしてるのよ? もしかして私に手握られて興奮してるの!? キモっっ!!」
「いや、昨日のなぎさちゃんを思い出してたんだよ」
柚菜は、はぁとため息をついてから言った。
「あれは全部演技よ。あんなのに騙されてたらこれから先も女に騙され続けるわよ」
「あんな可愛い女の子になら騙され続けてもいいかな……」
「――!? あんたのそういうところが嫌い! それよりあんたのせいで私、大変なことになってるの! どうしてくれるの!?」
柚菜は俺の胸ぐらを掴みながらスマホの画面を見せつけてくる。
どこかのニュースサイトの記事のようだ。
『期待の新人アイドル声優は女王様!? 初握手会でファンに向かって豚呼ばわり! イベントは大盛況で初回限定盤シングルCDは即完売。彼女の今後の活動に注目だ!』
「女王様系のアイドル声優って新しいよね。いいんじゃないかな……」
「あんた全然いいと思ってないでしょ! それにツブヤイターなんかじゃ私、豚声優って呼ばれてるのよ!?」
「豚声優? プスっwww」
「あんた笑ったわね! 私、清純派のアイドル声優路線で行こうと思ってたのに、あんたのせいで全部台無し! 責任取りなさい!!」
柚菜は俺を突き離し、睨みつけている。
「責任ってどう取ればいいんだ? 想像がつかない」
「私が清純派のアイドル声優として成功するまで、いつでもどこでも何でも言うこと聞きなさい! あとファンとしても私のことを全力で応援すること! あんた、いい意味でも悪い意味でもトップオタなんだから、周りのオタクに影響を与えられるくらいになりなさい!」
「俺ってそんなに悪いことしたのか?」
「当たり前よ。見た目でも声でも元カノって気づかずに握手会に来たんだから」
推しのアイドル声優からトップオタ認定をされて嬉しい反面、これからの生活に不安を覚える俺だった。
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