第十章「うつろな仮面」-002
セミを取って女の子に見せたら、その子が虫嫌いだったみたいな。そんな感じだ。
しかし……。この後はどうしたものか。
俺は
このままにしておくのもなんか惜しい。それに俺と
「いるのかよ?」
俺は誰もいない空間に声を掛けてみた。無論、答えは無い。気配もない。
いや、待て。『?』を書き加えたのが『管理者』側の存在だとしたら……。別に地上で書き加える必要も無いな。
グラウンドの表面に捲いてある砂をかき分けて、文字を書くのならば、地下からだっていいはずだ。
例えば地下に何か振動するものがあって、それを動かして砂の上に文字を書くとか。作ろうと思えば、そんな装置も作れそうだ。問題は作るだけの価値があるのかという点だけど。
まぁ、ないな。
しかし『?』を書き加えた張本人が俺たちの近くに居た。そしてまだどこかで俺の様子を見守っている可能性は高い。
もう一度アプローチしてみる価値はありそうだ。
俺は少し考えてから、改めてスニーカーのつま先で、またグラウンドに捲かれた砂をかき分けて文字を書いてみる。
『ヒトなのか?』
長い文章になると書くのも大変だし、目立つから悪戯されそうだ。ここは日本語の特性を生かして主語を省略してみた。
最初は『人間』にしようかと思ったが、漢字だと書きにくくなるし、ひらがなだと分かり難そうだ。ここはカタカタで『ヒト』でいいだろう。
うん、これでちょっと様子を見てみるか。さっきは俺と
それを考えしばらくその辺をうろうろして戻ってきたが特に変化はない。それはそうか。十分も経っていないしな。
今度は『赤い気球』の真下へ行ったり、花壇の中をうろうろして戻ってくる。やはり変化はなし。
出来ればこのままずっと着きっきりで居たいけど、こちらもそうも行かないし、向こうも同じなのかも知れない。
俺は校舎へ戻る事にした。
数歩、校舎へ歩き出し、途中でメッセージの方へ振り返って声を掛けた。
「じゃあな」
もちろん、答えは返ってこなかった。
◆ ◆ ◆
食堂へ行き食事をする。その後、教室に行って授業を受けるが身が入らない。グラウンドのメッセージもあるが、2800の件も気がかりだ。2800だって俺に相談すれば、解決するとは思っていないだろうが、聞かされた方としてはそのまま放置というわけにもいかない。
まぁ同じような夢を見ているからと言って、2800の言うように『「赤い気球」が無くなった時、生徒が消える』なんて事はあり得ないだろうが……。
いや、あり得ないのか?
管理委員が把握していない生徒の出入りもあるらしいと
生徒が一人二人消えても、最近、見かけないなで済ませてしまいそうだ。第一、普通の生活なら生徒が消えたら、親や教師が気づく。しかしこの『学園』には親も教師もいない。家庭すら無いんだ。
誰かが消えても気づかない。気づいても行方不明とは認識しないだろう。かくして生徒はいつの間にか消え、そしていつの間にか増えている。
そう言う事なのかも知れない。
しかしそんな事を俺が考えていても仕方が無い。手が出せない。何とかしたくとも、どこへどうやって、何とかすればいいのかも分からない。
「う~~ん……」
俺は数学の課題を解いている振りをして、俺は頭を抱え込んだ。
いずれにせよこのまま抱え込んでいると、こちらの精神もやられそうだ。
「よし!」
声に出して俺はそう言うと、ほとんど白紙の課題を丸めて、教室の前にある
これでほとんど白紙の課題は『管理者』の元へ届くはずだ。もっとも課題の評価はろくでもない事になるだろう。しかしそれも承知の上。これ以上、課題をやっていても頭の中はまとまらないし、結果は同じだ。
俺は呆気にとられている他の生徒たちを尻目に教室を出て行った。
◆ ◆ ◆
こういう時に相談できる相手はただ一人。そう、
「最近よく来るな。私に惚れたか?」
画集からちらりと顔を上げて
「いや、そういう事じゃ無くて……」
俺はそう前置きしてから、ここまでの色々な出来事を
『赤い気球』の夢、2800から相談された事。そしてグラウンドに書いたメッセージと、それに書き加えた文言が着いた件。さらに
「ふうむ」
マティスの画集を閉じると、
「まず一つ言っておくが……。私はこの『学園』に長く居るようだが、自分でもどれくらい居るのか分からん。一年、二年という事はないだろうが、十年なのか五年くらいなのか分からない。そしてここから動かないし、生徒も余り近寄らない」
そう前置きしてから
「つまり『学園』の事なら何でも知っている生き字引ではないという事だ。そうそう都合良く、お前にアドバイス出来る訳でも無い。あくまで私見で良いなら、相手になろう。それで良いか」
「ああ、構わない。俺も誰かに相談したいけど、なかなか相手が見つからなくて。
「お前友達いないんだな……。いや、皮肉や非難では無いぞ。この『学園』なら当然だ」
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