第十章「うつろな仮面」

第十章「うつろな仮面」-001

「一体なによ。ちゃんと説明しなさいよね」


 俺は校舎へ戻ると、たまたま見かけた1103ヒトミを連れ出して、グラウンドの例の場所へと向かった。


 他の生徒の目もある。すぐには1103ヒトミには何が起きたかは説明しなかった。グラウンドに出て、周囲に他の生徒の姿が見えなくなってから、ようやく掻い摘まんで説明した。


 しかしそれでも1103ヒトミは俺の言う事が即座に理解できなかったようだ。それはそうだ。居るのか居ないのかも分からない、見えないにメッセージを書いていたなんて、最初から説明していない。また水で何者かがメッセージを送ってきたなんて、9999フォアナインが話した事も説明していない。


「どういう事!?」


 途中で1103ヒトミは足を止め、憤然として言い放った。


「だから、『見捨てられた町の学園』同様、ここにも目では見えないみたいなのがいるらしいんだ。それでそいつらが何か答えてくれないかと、グラウンドに隅に砂でメッセージを書いたら返答があった」


「え、誰から?」


 1103ヒトミは、まだ今ひとつ飲み込めていないようだ。


だ。目に見えないけど、そこに居るのは確実な誰か」


「いや、だからそれは誰なのよ?」


「俺も想像が付かない」


「貴方が知らない人間なら、どうして返答して寄越したのよ」


 うん、まぁ。それももっともだな。


「それは、向こうも自分たちの事を知って欲しかったんじゃないか?」


「じゃあなんで今まで黙っていたのよ」


「それは、まぁ機会がなかったんじゃないかと……」


 だけどまぁ1103ヒトミの言う事ももっともだ。意思表示が出来るのなら、以前からそういう試みはしていたはず。


 それをしていなかったというのは……。


 俺は1103ヒトミに何か納得出来るような説明を考えていたが、思いつかぬうちにグラウンドにメッセージを書いた場所まで来てしまった。


 まぁ、いい。メッセージを書いた場所へ来た。これを見れば、1103ヒトミも考えを改めるだろう。


 誰かに悪戯されていたり、消されたりしていないか、ちょっと不安だったけど、グラウンドの砂を退けて俺が書いたメッセージと、書き加えられた文はそのまま残っていた。


『だれでもない』。俺は砂の上に書かれたメッセージを、1103ヒトミに示して訊ねた。


「ほら、これだ!」


 1103ヒトミは一時、白けたような表情で、それを見つめ、そして嘆息してからはき出すように言った。


「で?」


「……で? って何だよ。いや、俺が書いた訳じゃ無いぞ!!」


 俺はもう一度、順を追って分かりやすく1103ヒトミに説明した。9999フォアナインから、水でメッセージが書かれた話を聞き、ひょっとして思いグラウンドの砂を除いて文章を書いてみた。一寝入りしてから来てみたら、文章の一部が消されて『だれでもない』と付け加えてあったのだと。


「ふ~~ん……」


 しかし1103ヒトミは白けた表情のままだ。そして身も蓋もない事を言う。


「誰かの悪戯じゃ無いの?」


「悪戯にしても意味が分からない。書き加えるにしても……、ほら。馬鹿とか間抜けとかにするだろう」


「いや、そっちの方が意味わかんないし」


 1103ヒトミは不服そうだ。まぁ言わんとする事は分かる。俺だってこのメッセージに着きっきりだったわけでもない。誰かがちょっと悪戯書きした可能性はあるだろう。

 それにしたって……。


「う~~ん」


 呻く俺に1103ヒトミは重ねて言った。


「仮にこの『学園』にも、見捨てられた町の『学園』にいたみたいなのが居たとしましょう。今まで大人しくしていたのに、どうして今回、貴方が書いたメッセージに反応してきたの?」


「いや、それは今まで誰もやらなかっただけじゃ……」


「生徒が書かなくても、その目に見えないの方から、アプローチする事も出来たはずよね?」


「……まぁ、そうだな」


 分かった、分かった。今回は俺の負けだ。


 俺が意気消沈しているのは1103ヒトミにも分かったようだ。少し慰めるように言った。


「でも確かにみたいなのが、この『学園』にも居るかも知れないというのは面白い考え方ね。あたしたちが他の『学園』で見たような……」


 そこでいきなり1103ヒトミの言葉は途切れた。表情を見ると、信じられないものを見るような面持ちだ。


「え、嘘……」


 小さくそうつぶやくのが聞こえた。そしてやにわに俺の方へ振り返る。


「ロクロー! 貴方、そこから動いてないでしょ?」


「え、動いていないけど……。それが」


 1103ヒトミの視線の先を見て、俺もその理由に気づいた。


 つい先ほどまで、そこには『だれでもない』とだけ書いてあったはずだ。


「おいおい、嘘だろう……?」


 俺は一歩、砂に書いたメッセージの方へ歩み寄ってつぶやいた。


「誰が、書き足したんだ?」


 いつの間にか『だれでもない』の後に『?』の一語が書き加えてあったのだ。


 俺と1103ヒトミが問答している間に、誰かがそっと忍びより書き足した? それとも最初から書いてあった? 


「『?』マーク、来た時には無かったわよね?」


 1103ヒトミが確認するが、俺は肯く事しか出来ない。


「誰かが近寄ってきた気配はあった?」


 今度は首を振る。俺は1103ヒトミに納得して貰うだけで精一杯で、とても他には注意は回らなかった。


「じゃあ誰が……」


 改めて周囲を見回す。近くに他の生徒は居ない。ここはグラウンドの隅だ。皆、グラウンドの中央で運動をしている。俺たち二人に気づかれずに忍び寄るのは無理そうだ。


 しかし逆に言えば二人だけだから隙はある。それこそ悪戯半分で何か一文字だけ書き足すのは可能だろう。ただしそんな事をすれば、絶対に俺たち二人の視界に入る。


「勘違いだったのかしら……」


「何が?」


 俺が聞き返すと1103ヒトミは答えた。


「そうよ、きっと勘違いだったのよ。最初から『?』はあったのよ。そうよね、ロクロー」


 俺への返答と言うよりは、自分に言い聞かせるように1103ヒトミは言った。


「いや、無かったぞ! 確かに無かった!! 1103ヒトミも見たじゃ無いか!」


「見逃していたのよ! 気がつかなかった! そうでも考えないと辻褄が合わないわ!」


「最初から辻褄なんて合っていないんだ。この『学園』は!!」


「それは……」


 1103ヒトミは何か言い返そうとしたが言葉にならないようだ。そしてしばらく考え込んでいたけど、やにわにメッセージの方へ歩み寄り、それを足でかき消した。


「おい、何をするんだ!!」


 俺は慌てて止めようとしたけど、1103ヒトミはもう大半を消してしまった。


「こんなのがあるからいけないのよ! こんなのが無ければ、混乱する事もなかったのに!!」


 あらかた消してから、1103ヒトミは俺の方へ振り返ると、視線を合わさずに言った。


「えっと……。なんか……、その。御免。あたしも混乱していたかも知れない」


 意外と素直に謝ってきた。


「でもこういう事は一人でやらないでね。二人以上でしっかりと確認してからやらないと意味ないし……」


「じゃあ、いままた何か書くか?」


 俺がそう切り出すと、1103ヒトミはしばし黙考してから答えた。


「それはまた別の機会に。あたしも少し頭の中を整理したい……」

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