第九章「赤い気球」-017
俺は管理委員長の4761から、うまく丸め込まれそうになったので、なんとか取り繕ってその場を離れた。
あのまま話を聞いていたら、4761から管理委員選挙への立候補を承諾させられそうになったからだ。
その足で、4761の言うところの『美術閲覧室の魔女』こと
4761から魔女呼ばわりされている事を教えると、
管理委員の人数の件を確認すると意外な答えが返ってきた。
「いや、そこまでは知らん。管理委員の人数などには興味は無いからな」
うん、まぁそれはそうか。俺だって
「しかし昔はもっと多かったような記憶もあるし、少なかったような覚えもある。まぁ、その程度の事だ。ようするに現管理委員長の言う通り、人数など大した問題では無いのだろう」
結局
これまた
「勘弁してくれ。どうせ女子生徒の相談相手を私に押しつけようと言うのだろう? それほど暇じゃ無いんだ」
いやいや、どうみても暇だろう。今もクリムトの画集を眺めているだけだ。
俺ががっかりしているのを見て取ったか、
「しかし悪い考えでは無いぞ。確かに生徒が悩みを相談するシステムは必要かも知れない。一般生徒が立ち上げるのは無理だろうが、管理委員なら出来るかもだな」
「『管理者』が何か言ってくるかな?」
「分からない。でもこういうシステムは無かった。その一方で誰でも考えつく事だ。つまりそういう話だ」
なるほど。『管理者』は歓迎しないというのが
「分かった。有り難う」
俺は
◆ ◆ ◆
さて、特にやる事も無くなった。いや、学生の本分という意味では、勉強をするべきなのだが、そういう気分でも無い。
俺の足は何気なく、あの『赤い気球』のオブジェへと向かって居た。
今は誰の姿も見えない。見たところ、また少しばかり上へと伸びたようだが、言われなければ気がつかない程度だ。いや、そもそも伸びたというのも気のせいかも知れない。
そうか、周囲には誰もいないのか……。
2800との話を思い出し、俺は周囲に連中のような気配が無いか探ってみた。
人の気配は無い。声や物音も、離れた校舎から聞こえてくる物だけだ。風もない。
やはりこの前、感じた気配は気のせいだったのだろうか。
目蓋を閉じて見る。そうしてみると、どこに居るのだか分からなくなりそうだ。
本来、こんな山の中でも風は吹いているはずだ。しかし風らしい風は無い。太陽の温かさは感じるけど、日は傾いている為か、はっきりと分かる程ではない。
校舎の方から聞こえてくる生徒たちの声で、ここが広い空間だと分かる。しかし山の中なのかどうかは、目蓋を閉じるとはっきりとは分からない。
しかし周囲に人の気配が無いのも確かだ。
無駄か。
俺は目蓋を開けて嘆息した。見上げる『赤い気球』が、また少し高くなったような気がするけど、それも気のせいかも知れない。
何もかもはっきりとした尺度は無い。みんな『そう思う』『そう感じる』という程度だ。
正直、疲れてきた。生活棟で一寝入りして休む事にしよう。
俺は生活棟の方へ歩き出し、そして数歩で足を止めた。
足下を見る。すでにグラウンドの上だ。グラウンドは堅く押し固められた土と、その上に少し粗めの砂が薄く捲かれている。
グラウンド整備も生徒の仕事だ。体育の授業の後、グラウンドをならしたり、あるいは表面の砂が薄くなったりした場合、倉庫に保管してある物を捲いたりする。
雨が降らないせいか、その程度でかなりグラウンドは維持できている。
そうか、表面に粗い砂か。
改めてその可能性に気づいた。
むしろこの方がいいかも知れない。水は乾燥すると跡形無く蒸発するけど、雨も降らなければ風も吹かない、この環境ならこちらの方がいいはずだ。
俺は子供のように、グラウンドの表面の砂を、スニーカーのつま先でかき分けて、模様を書いてみた。
まず直線を引き、つづいて意味の無い円を描く。
ちょっと離れて観察する。うむ、いけそうだ。グラウンドの隅なら、あまり生徒もこない。しばらくこの状態が維持できるはずだ。
念の為、もう少し隅の方へ寄る。コンクリートの歩道ぎりぎりの場所だ。出来るだけ大きい方がいいだろう。しかし余り大きすぎると文字だと分からなくなる。
その辺の頃合いが難しい。
さてと思い、スニーカーのつま先を立てて見て思案する。何と書いたものか。
『誰か居るのか?』では、他の生徒への呼びかけに思えてしまうだろう。目に見えない人間が本当に居るとして、そんな連中に呼びかけるのに良い文面……。
う~~ん、考えても良い文章が出てこない。あまり考えすぎても本末転倒。向こうに意味が分からない可能性がある。
ここはシンプルにいこう。
『だれだ?』。漢字で書くと読みにくくなるから、ここはひらがなだな。
俺はグラウンドの隅にそう書いた。少し離れれば読めるはずだ。これで何か反応があるかどうかは分からないが、しばらく放って置いても面白い。
俺は満足して一旦、生活棟へ引き上げる事にした。
幸い生活棟のカプセルベッドは空いていた。俺は適当なベッドに転がり込むと天井を見上げて考えを巡らせる。
見えない人間。消える生徒。管理委員選挙。なんか色々有りすぎて頭の中が混乱している。
そもそもいつの間にか、この異常な状況になれてきている自分が恐い。
いつも日が傾いているのに、それをおかしいと思わなくなっているのだ。俺よりも長く『学園』に居る生徒は尚更なのだろう。
確かに『学園』から脱出しようとはしなくなるはずだ……。
そんな事を考えているうちに、徐々に睡魔が忍び寄り俺は寝入っていた。
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